第01話 タイトル回収は早い方がいい
コンコン――時刻はジャスト三時。
「い、いけませぬ魔王様! そこは敵陣ど真ん中でございますっ!」
今日も時間ぴったりにボクは魔王様のお部屋をノックします。
「だからこそだよ! だからこそそんな忌々しい場所は、この俺自ら出向いて破壊してやると言ってんだよっ!」
そこに聞こえてくるのは、先ほどより室内から漏れ聞こえる不穏な言葉の数々。
「もーゲロかあんた! いえ、ですから、それは無理なんですって魔王様。いいですか、あなたが軽率に破壊してやると言ったその場所は勇者を育て上げる学園ですよ?」
「レヴィ、お前はこの魔王がたかだか勇者のひよっ子どもに後れを取ると言ってるのか!」
再び遠慮がちにノックをしてみるものの、魔王様からのお返事がありません。
……ど、どうしよう……入りづらい。
「そうですよ! 後れを取ると言ってるんですよ! だから一年に渡って何度も何度も教えたでしょうが! 人界にある勇者育成機関《聖アルフォード学園》そこには手を出してはいけませんって! それこそ生徒は世界中から選りすぐられた勇者の素質を秘めたエリート。そして、それを指導する教師もまた例に漏れず元勇者。つまり、人界の最高戦力が集結してるんですって、そこは」
「それがどうした! 俺は魔王ダイチ・ヤギ・ヴェリドだぞ!」
「いや、だからそれも問題なんでしょうが! これも口を酸っぱく教えましたよね? 魔界と人界は多少の小競り合いがありつつも、バランスを保ち表向きは共存していると。あんたがそんなところに出張っちゃったら、それこそ魔界と人界の戦争が唐突に始まっちゃうでしょうが!」
「望むところだっ!」
「望まないんだよ! 死ぬなら一人で死んで土に還れよ、このゲロがああっ!」
どうやらレヴィ様と白熱したお話し中のようですが、ボクにも役目があるのです。
「あ、あの……ま、魔王様~?」
意を決して恐る恐る扉をそ~っと開けると――
漆黒のスーツに身を包み、魔王直属四鬼将であり、魔界の知将とも呼ばれるレヴィ様が、闇の上に真っ白な雪化粧を施したかのような銀髪を振り乱し、頭を抱えていました。
「スララン! 今はレヴィと大事な話をしている。下がれ!」
そのお姿に、そのお声に、ボクは只々平伏するだけなのです。
黒より黒く染まる闇色の髪、深淵を映し出す漆黒の瞳、ボクの前に悠然と立つお方は、先だって即位された、ご存じ魔王ダイチ・ヤギ・ヴェリド様。
はい、そうです。その通りです。
ボクらの王様であって、魔界の主。あの魔王様です。
本来であればボクなんか魔物見習いが扉を開き、おいそれとお声かけすることすら万死に値すべき愚行なのですが……。
「す、すみません……ですがあの……お、おやつのお時間、でしたので……」
「スララン!」
再度の呼名にビクッと身を怯ませたボクへ、
「……ちなみに聞くが、おやつは何だ?」
魔王様は声を弾ませ目を輝かせていました。
「は、はい。本日は、ボクの魔水を使い練り上げた、プルルンわらび餅でございます」
「おいっプルルン!」
あ、スラランです魔王様、ボクの名前はスラランです。
「今すぐ食べたいプルルン!」
ですから魔王様。
より一層頭を抱えたレヴィ様は、大きなため息ひとつに、
「はあースララン……いつものようにおやつの準備を……」
ボクにおやつの準備を促すのでした。
はい。そうです。これがボクのお仕事なのです。
このボクは、その身を構成する魔水が魔界で類を見ない特別製の魔水らしく、レヴィ様への研究協力と共に、魔王様直属のおやつ担当へ見事大抜擢。日々その身に宿す魔水を使用して、魔王様へおやつをご用意する役目を背負ったしがないスライム、というわけなのです。
「魔王様、本日はボクの魔水でたてた魔っ茶もご用意しました」
「な!? スラランッ!」
あ、これは失敗だったかもしれません。魔王様は甘いもの好き。
つまり、苦みのある魔っ茶がお気に召さな――
「ベストチョイス!」
あ、はい。心臓に悪いことはおやめください魔王様。
「プルプニュ。ズズゥ~。レヴィ、俺は行くからな? プニュプニュ」
頬を緩めおやつの時間を満喫される魔王様は、ボクにプルルンわらび餅のお代わりを要求しながらも、レヴィ様には再度変わらぬ要求を口にするのでした。
「やれやれ。決心は……変わらないのですね?」
「ああ、変わらない! つい先日魔王の力が発現し王座を受け継いだ俺には、こんなところで毎日毎日魔王学を学ぶことより、やるべきことがあるだろ!」
「魔王学より優先してやるべきことは、今の魔王様にはございませんよ?」
「いや、あるだろ。俺は魔王になったんだぞ? これでようやく魔王としての責務を果たすことができるってわけだよ……そう! 世界征服をするという役目がな!」
「そんなに急がなくても平気とお教えしましたよね? あなたが役目を終え元の世界に戻った場合、それは召喚されたその日その場所に戻るのですと。裸の女性に何の価値があるかは知りませんが、それもそのまま無事であると」
「ああ、それこそ最初に確認すべきことだった。元の世界に戻ったらみんながお爺ちゃんお婆ちゃんになっている、なんていう浦島現象が起きるかどうかなんて」
「でしたらその不安は解消されているのですから、そんなに慌てて行かな……ん、魔王様? あなた、ひょっとして……勉強が嫌で逃げ出そうとしてないですよね?」
れ、レヴィ様!? なりません! そんなことを言ってしまうと……。
「は、はぁ――っ? ちちちち違うし。スラランがさ……い、言ってたんだよ『魔王様が勇者をプルルンするところ見てみたいプルン』て。な?」
魔王様はボクへ向けて片眼をバキュンバキュンしてきます。そのたびに噴き出す風圧でボクの体はダメージをくらうのです。
「な? そう言ってたよな? な? なッ!」
……魔王様、ちょ、ちょっと、ボク死んじゃいます!
「では一つお聞きしますが、なぜ聖アルフォード学園を標的に選んだのですか?」
「だって勇者を倒しても、聖アルフォード学園がある限り何度も勇者は現れるんだろ? いわゆるそこは勇者製造工場ってわけだ。だったらその生産ラインを絶つとどうなる?」
魔王様はニヤリと笑い、レヴィ様は依然として頭を抱えます。
「はあ……つまり、未来永劫に渡る勇者の根絶……またそんな夢物語を……」
「そうなるとこの世界の根幹は崩れるよな。でもって俺は元の世界に戻れるんじゃない?」
「その考えを紐解くと、世界征服は気が引けるってことですよね?」
「……まあ正解だよ。一年に渡ってレヴィから魔界のあれこれを教えてもらって、俺だってわかってるよ。人類を絶滅させて魔物の世界を作り上げる……それが理想だってことは。でも、そうじゃない方法で俺が元の世界に戻れるなら、それに越したことはない」
「理想と言うより悲願なんですがね。ですが一体どうやって人界の最高戦力が集結する敵陣ど真ん中を絶つんですか?」
「そりゃー、この魔王様自ら学園に潜入して、内部から引っ掻き回して機能不全を」
「どうやって潜入するんですかね……」
「ふっふっふー、だからこその召喚だったんだよ! これは運命ってわけだ。俺ってば見た目はほら、この通り人間ってわけ! つまり正面から堂々と」
「ゲロですかあんた! 何度も教えたでしょうが! そこは敵陣ど真ん中の最重要施設。セキュリティーがそんなゲロのわけないでしょうが! このゲロ!」
あ、ドヤ顔だった魔王様がゲロゲロ言われてシュンとしています。は、吐かないで魔王様、わらび餅のお代わりお持ちしました。
「但し、目の付け所は悪くないです。それに運命というのもあながち間違っていません」
「――!? れ、レヴィ?」
「おっしゃる通り、聖アルフォード学園が存在する限りこの魔界に勝利がないこともまた事実です。そして魔王様の姿が偽りのない人間であるということは、奴らにとっての穴となります。目を曇らせる。つまりは節穴。墓標ならぬ墓穴とも言ってやりましょうか」
レヴィ様は言うと、スタスタと黒板へ歩を進め、
「はい、魔王様。では、問題です」
こうして勇者を滅ぼすための授業を開始するのでした。