第00話 最初を0話というとカッコいいことに気が付いた
「えっと……思ってたのと違ったんですけど?」
その出来事に喜び勇んだのも束の間。俺は返す刀でクレームを叩きつけていた。
「フハハハハッ! 何が違うと言うのだ!」
視線の先、クレーム相手は高笑いの後に訳のわからぬことをのたまう。
「いや……何もかもが違うんですけど?」
「フハハハハッ! 魔王の器として何が不服と言うのだ!」
「だからそれが不服だっつってんだよ――っ!!」
その怒号が響く世界は、悪臭にまみれ瘴気が蔓延する暗黒の世界。
母さん……あなたの息子、柳下大地は現在、魔界で声高らかに叫んでいます。
赤黒く揺らめく炎に、黒光りするひんやりとした床、眼前に広がる長い階段の先には、がしゃどくろの玉座。その相手は何と言いますか、魔王のようでして……。
どうやら俺はその後を継ぐ魔王として異世界召喚されたみたいでして……。
そんなことより、母さん、ひとつお願いです――
「ところで確認なんですけど……、俺のいた地球。部屋の様子。もっと直接的に言いますと開きっぱなしのパソコンの画面は今現在どのようになっているのでしょうか?」
「我がお主を召喚した時のままだろうな。つまり裸の女子がプルンプルンしておる」
――どうかお願いします。すぐに帰るので、それまで部屋に入らないでください。
***
「はあ……魔王様もなぜこんなゲロのような人間風情にその力を――」
「あ、あの~っ、レヴィさぁ~ん」
「……なんでしょうか……次期ッ! 魔王様」
話の通じぬ魔王との邂逅を終え――現在。
俺は、黒いスーツをビシっと着こなし、キリっとした銀眼に、青白い肌、長く伸びる白金色の髪を後ろ一本に束ねた、いわゆるできる系の美形キャラ、レヴィによるレクチャーを受けていた。魔王直々の勅命により俺の教育係を担当することになったそうだが、イヤイヤ感が半端ない。
「ねえ、でしたらやり直しません? 俺ちょっと元の世界に帰りたいので……これノーカンってことになりません?」
固唾を呑みその回答を待つが……。
「ゲロ無理です、次期魔王様。戻るには召喚陣を戻りたい世界に描かないと無理なんですよ。召喚は一方通行。つまり、強制的に出口のみを作り出す魔法なんですよ、このゲロ!」
「ってことは、召喚魔法って、召喚されたらされっぱなしってこと?」
「いいえ、戻りますよ。召喚されたものがその役目を果たすと元に戻ります」
「ん? 役目?」
「ごく一般的な召喚魔法を例にとって説明しますと。その目的は敵への攻撃。要するに、召喚された側の役目は――対象物への攻撃。もしくは殲滅。それが相成った場合。元の世界に戻りますよ。いわゆる契約成立。お役御免ってやつです」
あれれ……ってことは。
「ですので、次期魔王様が元の世界に戻るには、それに相応しい役目を果たす必要があります。つまり――」
あれあれ? やっぱこれって……。
「この世界、アルレキアの征服です」
ゲロマズだった。
「ほ、他に戻る方法を希望します! ありますよね? 他にあるんですよね?」
「ええ。ありますよ」
口角が弧を描き、冷淡に答えた魔物が次に発した楽しげな言葉は、
「勇者に討伐される。これもまた魔王様の役目ではありますよ。その場合に還る場所は元の世界ではなく、土ということになるのでしょうがね。クックック」
到底受け入れることができないものだった。……早くも詰んでません?
「平たく言うと、俺が倒されるか、勇者を倒すか、ってことになります?」
「まあ、魔王様の役目ともなるとそうなるのでしょうね。世界が救われるか、世界を滅ぼすか。勇者と魔王を記した物語はすべからく結末はこの二択です」
「俺の知ってる異世界って、もう少し緩く、明るい世界のはずなんだけど……」
「緩いかどうかはともかく、明るくはありませんよ。だってここ地の底ですので」
あー地下世界が魔界って設定なんですね。はい、もうその辺でおっけーです。お腹いっぱい。これ以上はゲロが出る。それにある程度の推測はできた。
「レヴィさん……ちょっと事実確認をしていってもいいですか?」
「はあ。めんど……ええ、どうぞ。次期魔王様のお気に召すままに」
ってなわけで、ここからは気を取り直して確認作業に入る。
「ではまず、元の世界に戻る方法は明確に決まっていないけど、魔王に相応しい役目を果たせば戻れる。現状そこから考えられる最適解は世界征服。ってことでいいんですよね?」
「いい」
「次に、召喚魔法があるってことは、即ち魔法があるってことですよね?」
「ある」
「攻撃魔法や防御や支援魔法、それから回復魔法。流れ的にその辺は一通りありそうな雰囲気ですが、少し重要な確認なんですけど、蘇生魔法はあります?」
「ない」
この回答に身じろぐ。ヤベーな、ハードモードの方だ。死んだらそこまでってことね。
「今の俺ってごくごく普通の人間だと思うんですが、次期魔王ってことは、俺の身に魔王の力ってやつが溢れ出てくるようになるんですか?」
「なる」
どうやら努力もなく勝手に強くなるみたいだな。それは願ったり叶ったりだ。但し、その力が希望と笑顔を振りまく光の力でなく、絶望と悲しみを与える闇の力ってことだけど。
ここまで聞いて、俺は一度しおりを挟む。他に魔界の状況や、食事から、ここでの過ごし方、そしてなにより勇者のことなど、細かく確認すべきことが多々あるのだが、それは追々だ。世界征服すれば戻れる。そして、それを可能にする力を手に入れることができる。
そこが確認できれば今はそれでいい。
――俺は元の世界に帰れる。その可能性を示してくれたらそれでいい。
そのためにもまずは。
「レヴィさん、俺の教育……ちゃんと頼む!」
「…………」
やる気のない短言から、拒絶の無言へシフトチェンジした教育係に向けて追撃する。
「あのさ、俺、ぶっちゃけ魔王なんてなりたくもないんだけど」
「き、貴様ッ!」
「モテモテ異世界ハーレムとかならまだしも。なんなのこの状況、元の世界の方がよっぽどマシなんだけど」
敵意むき出しに爪を伸ばす手を握り、間髪入れずに言う。
「だから、俺をさっさと元の世界に帰らせて、次の魔王はレヴィさんがやれば?」
この俺が現魔王の一存により次期魔王の地位を与えられたのであれば、俺の次の魔王を決める任命権は俺のはず。どうやらこの推測はビンゴのようで。
「つつつつつぎの魔王にッ!?」
「そう! 次の魔王に!」
「…………だれ……が?」
「レヴィさんが!」
食い込むように伸びた爪がスルスルと引っ込んだところで止めの一撃。
「なので俺が世界征服できるように教育をお願いします。次期魔王レヴィさん!」
真っ直ぐに俺を見つめる黒スーツの教師は、真一文字に結んだ口を緩め、
「……魔王様。問題ありません。呼び捨てで問題ありません。ですので、まずは吾輩のことをレヴィと呼び捨てにするところから始めてみてはいかがでしょうか?」
ニカっと笑い、教育を開始するのだった。
「ああ、わかった……レヴィ」
どうやら魔界も満更捨てたもんじゃないのかもしれない。
「ん? でもちょっと待てよ、だったら今すぐレヴィに魔王を譲ればいいんじゃ?」
「ゲロですか。あなたはまだ力の権限どころか魔王に即位もしてないですし、それによろしいのですか? 魔王の役目を果たすことなく力を譲るということは、元の世界に帰るための力を失うということですよ?」
「あ……やっぱ教育。特に魔王の力の使い方について重点的にお願いします」
こうして俺は魔王見習いとして、世界征服への第一歩を踏み出したのである。
母さん、親不孝者の俺をどうかお許しください。
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