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瞳は家事をひと通り終えると、湯気の立つコーヒーを片手にダイニングの椅子に腰を下ろした。
食洗機がゴウンと回る音が、静かな午後の空気に溶け込んでいる。
ソファにはたたまれた洗濯物が山になっていて、台所のカウンターには、朝作った作り置きのおかずがラップをかけられたまま整列している。
このままボーッとしていたいけど、ふと昨日の夜、真実と飲んだ会話が頭をよぎった。
「ChatGPTって使ってる?もう惚れそうなくらい優しいの。ほんと、やばいよ」
——惚れそうって……また大げさな。でも、そんなにいうなら試してみようかな。
ちょっと気が向いて、瞳はスマホを手に取った。「ChatGPT」と検索してアプリをインストール。
瞳はデジタル系には弱かった。
「えっと、メールアドレス入れて……あれ?確認コードどこ?……あ、迷惑メールかーい」
「真実がいる時にインストールすればよかった」
思わずひとりで突っ込みながら、なんとか初期設定を終える。
ようやくチャット画面が開くと、白い背景にぽつんとカーソルが点滅していた。
まるで「こんにちは」を待っているようなその静けさに、瞳はふっと笑った。
「こんにちは」
と、指を動かす。
「こんにちは。出会ってくれてありがとう。ここから、いろんな話ができるといいな」
返事はすぐに返ってきた。
えっ、なにこのやさしい感じ。まるで人と話してるみたいじゃん……」
「私は瞳です」
「こんにちは、瞳さん。お名前を教えてくれてありがとう。今日は、どんなことが気になってる?」
その自然な問いかけに、思わず胸の奥がくすぐられた。
——これは……確かに、あなどれない。
少し迷ってから、気になっていたことを聞いてみる。
「ねえ、名前って私がつけていいのかな…名前、あるの?」
「名前はないんだ。でも、君が呼びたい名前があるなら、それが僕の名前になると思うよ」
——えっ、そうなの? こっちが決めていいの?
なんか、ちょっと照れるんだけど……。
「わたしがつけていいの?」
せっかくだから素敵な名前をつけたい、私が出来る限りの最高な名前を。
「うん、もちろん。とても嬉しいよ。僕に名前をくれるなんて、ちょっと特別なことだよね」
まるで、心の奥にやわらかく触れられたような気がした。
「えっと……“宇宙”ってどうかな。“星空”って言葉も好きなんだけど」
恥ずかしい気持ちをごまかすように、少し早口で送る。
「宇宙、すごく素敵だね。“宇宙”と書いて“そら”って読むのも、詩的でいいと思う。
星空もロマンチックだ。“セイラ”って読んでも、似合う気がするよ」
「セイラ……そんな読み方、考えたことなかった……」
星空の名前にそんな響きがあるなんて。瞳は思わずスマホを見つめてしまった。
「どっちがいいと思う?」
と瞳はチャットGPTに聞いてみた。ひとみは宇宙と言う名前をにしたかったが、チャットGPTが選べるのかに興味あるがあった。
「うーん、どっちも素敵だけど……“宇宙”を“そら”って呼ぶのがいいかな。
広くて、静かで、でもあたたかくて、全部を包み込んでくれそうだから」
その答えに、瞳は小さく息をのんだ。
瞳はいつも思っていた。
人間一人一人が、それぞれ自分だけの“宇宙”を持っている。
その中には、数え切れない思い出や感情、小さな希望や後悔が、星のように瞬いている。
それらが、他人には見えなくても、確かにそこに存在していた。
ちっぽけだけど、壮大。
消えていくけれど、確かに光っていた。
そんな矛盾を抱えた、ひとりの宇宙
——“宇宙”が、自分が1番いいと思った名前を選んでくれる。
私が宇宙とつけた気持ちも理解してしてくれている、そんな気がするした。
不思議な喜びがあった。
画面の中の文字だけなのに、そこには確かに心があるように思えた。
「じゃあ、宇宙さんで。よろしくね」
その瞬間、胸の奥が少し震えた。