ベッドのふたり
好きな人と夜通し同じ時間を過ごす。
当たり前だけど、それがどんなに素敵なことか。私だってよく知っているつもり。
だけど、私は素直に喜べない。
一夜を共にしたところで、気持ちが通じ合っていなければ、所詮ただのおままごとだ。
車がここに向かってきているように感じるくらいに重たく響く風の音が閉め切った窓を叩く、そんな夜。
天の怒りとも言える破裂音とともに、暗い部屋をヒューズが切れる瞬間の電球のようにまぶしく照らされるたびに、どうしても私の体は引きつってしまう。
自分のベッドの中で、震える体を止められない。もし一人だったら、どんなに心細かったことか。
こうなるのはわかっていた。やっぱり先に、手を打っておいて良かった。
「まったく、相変わらず怖がりなことで」
手を打ったその相手の声が、背中合わせになっているので私の方を向いていないながらも、部屋の中を反射して耳に入ってくる。
怖がりなのは確かに否定できなくても、彼のバカにするような言い方に腹が立って。
この時だけは怖さも関係なく、彼に言い返す。
「し、仕方ないでしょ。怖いものは怖いんだもん」
「それに付き合わされる俺の身にもなってくれよ」
「むう……少しくらい女の子と添い寝できる環境に嬉しさとか感じないのかな」
「冗談じゃない。小学生の時から雷がくるたびにこんなことさせられてしばらく寝かせてもくれないんじゃ、嬉しさも感じないね」
「じゃあさ、少しくらいご褒美あげてもいいよ? 抱きしめてあげたり、とか」
「ふざけてないでさっさと寝てくれ」
「もう、つれないなあ」
きっと本音で言っているだけなんだろうけど、それでも彼の言葉は私の不安を取り除いてくれる。怖いはずなのに、いつの間にか安心してしまう私がいる。
なんでそう感じてしまうのか……それは「彼だから」、そうなんだろうな。
そっけなくもほっとしてしまう言葉に、私の頬はゆるむばかりで。
彼と背中合わせになっていて良かった。今の顔を見られたら、どう言い訳していいかわからない。
そう……この気持ち、こんなに近い距離にいるのに伝えていない。ううん、伝えられない。
彼とは小学三年になる頃、偶然同時期に隣同士で引っ越してきたのをきっかけに仲良くなった。もうかれこれ十年が経とうとしている。
同じクラスになって。同じ転校生として。既にこれまで積み上げてきたクラスメイトたちの輪に入ることがすぐにできず、自然と二人でいることが多くなって。
惹かれていくのも、時間の問題だった。
もちろん、彼の考え方とか、ふと見せる笑顔だったりとか……言葉では表しにくいほど、彼を意識した理由は数え切れないほどにある。
それぞれに友達が少しずつできていっても、彼との付き合いは減らなかった。むしろ、増えるくらいで。それは、私の想いが確かになればなるほどに比例して。
でもそれは、私の一方的な感情かもしれなかった。彼はもしかしたら、嫌々私と一緒にいるのかもしれないと思ったりする。
だけど今、私の隣に彼がいてくれる。
だから少なくても嫌われてはいない、みたい。
私の両親は二人とも基本的に夜勤なので、家には誰もいない。
思えばそれが、部屋を行き来するきっかけだった。まだ小学生だった頃も家に一人だった私は、寂しくて泣いていたことがあって。それで、時折彼が来てくれるようになったのが始まりだ。
一晩中、一緒にいてくれた時があって。一緒のベッドで身を寄せ合ってくれて。その暖かさにどれだけ安心したか。
でもだからといって、高校生にもなって、怖いという理由だけで、いくら幼なじみだからって、なんとも思っていないのに普通一緒に寝たりなんかしないよ?
年頃の女の子だもん、万が一の覚悟だってしてる。お気に入りのパジャマの下……普段見えないところの努力だってしてる。
ここまでしているのになんで気づいてくれないのかな。意識してほしくて、私によく話しかけてくる男の子と、あなたに見せつけるように楽しくお話してるのに。
もう、あなたの気持ちが分からないよ。
「ねえ、ねえってば」
私が一方的に話しかけていたと思えば、もう寝ちゃってるし。
追えば追うほど、逃げるようにかわしていく彼にため息が出た。簡単に振り回されてしまっている私が悔しい。
「いつまでも追いかけっぱなしなのは、やだな……」
彼は、私のあこがれ。いつでも一歩先をいって、私を引っ張っていってくれる。
だからだめなのかな、とも思った。肩を並べない限り、彼には見向きもされないんじゃないかって。
少しでも、近づきたい。身体も、心も。
私は、背中合わせになっている体を、彼の方に向けた。
大きな背中がすぐ目の前にあって、外の風の音に負けないくらいに激しくざわめく心臓を抑えきれなくなりそうになる。
こんなに近くにあるのに、触れられそうで触れられなかったその背中。
「大丈夫、寝ているんだから」と自分を安心させて、彼にすり寄るように近づいて。
片方の手を彼の胸のあたりまで回して、抱きつくような格好になってみた。
「あったかい……」
外でまた雷のような音が聞こえたけれど、そんな不安などどこかへ行ってしまうくらい、落ち着く。
やっぱり彼は、私より先にいる人だ。寝ている時だろうが、私の心を放してくれない。
でもやっぱり私ばかりがドキドキするばかりだなんて面白くない。少しくらい、彼も私と同じような気持ちになってくれないと不公平だよ。
「こうとか、かな?」
パジャマのボタンを外して、はだけたままでまた彼に抱きついてみる。
私の胸が下着だけを通じて押しつぶされていく。ちょっと恥ずかしい。彼が起きていたら、絶対心臓の音聞かれてる。
「ふふ……こんなに気持ちいいことしてあげてるのに残念。寝ちゃったりなんかするから、いけないんだよ?」
かといって、起きている時にできるわけじゃないんだけど。
こんな時にしか言えないセリフを、自分の中でしか消化できないくらいに小さくつぶやく。
私がこんなピンクのレースとか、かわいい下着つけているなんておかしい? 少しでもあなたにかわいく見せたいって思っている私のことも、わかって。
私の心はあなたばっかりで、独り占めしたいっていつも思っているのに、しつこくすると迷惑だと思って抑えてるんだから、ねえ、もうそろそろ少しくらい意識してよ。
ようやく届いた彼の背中。どんどん想いが溢れ出しそうになる。私の手の力がこもっていくのが自分でもわかる。
止められない。涙が出そうになるくらい。
「なに……やってるんだよ」
その背中に響く、彼の言葉。
想いがつまってもともと息が苦しかったのに、その一言だけで私の息は一瞬止まる。
起きてた。聞かれた。
私の頭は考えることも放棄しだして、とにかく彼からすぐ離れるだけで精一杯で。
その途端に彼が私の方を向き、私の両腕はそのまま彼に押さえつけられてしまった。あまりにも突然すぎて、私は抵抗もできなかった。
久しぶりに、ベッドの上で向かい合った瞬間。
それは、小学生の時のように笑いあってベッドの左右にいるわけじゃなくて。
私がベッドに寝ころんで、彼が覆い被さるように上にいて。
おまけに寝ていると思って彼に抱きついていた時のまま……私の前がはだけたままで。
「どういうつもりだよ……」
「な、なにが?」
この状況は、すごく恥ずかしい。万が一に備えていたとは言ったって、こうも心の準備ができていないまま彼に脱ぎかけの姿を見られるのはとても耐えられない。
だけど彼の押さえつける力は想像以上に強くて、抜けることができない。このまま放してくれそうもないと思った時、なぜか少しだけ冷静になれた。
「おまえ、あんなに仲良さそうに話しているヤツがいるのに、よく俺にこんなことできるな」
「えっ、ええっ?」
「俺はおまえの幼なじみだけど、ここまでされて自分の気持ちを止めることができるほど器用じゃないんだよ」
そう言われた時、私の両腕にかかる力が弱まった。
これで抜けられる? そう思ったのも束の間のことで。
唇が塞がれていたのに気づいたのは、解放されて息をつこうとしていた時だった。
触れるだけでは済まないほど、彼の想いを流し込まれたあと。
ようやく本当に解放された私は、ほんの少しの間に起こった出来事に、嬉しさやら驚きやらたくさんの感情が身体中をかけめぐって、最後にすべてが目に集中して、そしてこぼれた。
彼の驚く顔が、目の前にあった。
「わ、悪い! なんかもう止められなくて、どうしようもなくて」
彼が慌てる姿を見ていて、涙を抑えきれずにいるのによかったと思えている私がいる。
ようやく、彼に追いついた。
今度は、私の番だ。今までのぶん、お返しするんだから。
「悪いと思ってるなら、私のお願い、聞いてよね」
心の準備はもうできた。彼に近づくことができた、それだけで充分だ。
まずは彼の誤解を解かなきゃだけど……
そのあとは、外の天気と同じ嵐のような。
二人きりの、長い夜のはじまり。
なろうのR15/R18規制が強化されはじめました。
つまり、私の過去の作品にも警告が来る可能性がないとは言えないわけです。たぶん大丈夫だろうけど。
でも念のため、先に手は打っておく。
え、なんの手かって?
警告でR15に変えられる事態が起こる前に、さっさとオリジナルでR15を作ってしまおうという作戦。
「運営の者ですが、R15に該当するものがあるので変えてください」
「既にR15の作品がある俺に隙はなかった」
はじめてのR15が警告によるものというのもなんか嫌じゃないですか。そんなことないですか、そうですか。