太郎君と停留
『依存症』
自身に心理的あるいは身体的に障害となるものがあると、安定を図るために、自分より力の強い他者や事物に接近・同一化をしようとし、自分の欲求をどうにか満たそうとする。
フロイトは自己の得たいものが得られないとき他の方法で欲求を満たそうとし、解決しようとする方法のことを『代償』と呼んだ。
……。
「た・ろ・お・くん~あははは」
う・ざ・い
彼女……委員長こと飛鳥真菜はイライラしたような顔でブッ細工人形を愛でる若草雪衣を睨んだ。
ちなみに彼女の横はトリューが座っていて、あまりの飛鳥の殺気オーラに危険を感じ、若干距離をとっている。
「あぁ~癒されるわぁ~」
「……で、この字が……聞いてるか?」
「あ、ごめんなさい。せっかく教えていただいてるのに」
「いや、いいけど」
クナとクロが目の前で飛鳥を眺めた。コロコロと変わる表情に興味を示していた。
今日はアンブロシアも二人の学校もお休み、特にこれといった物騒な話も無く、平和そのものだった。
なので
「えぇ~わぁ~太郎君いいわぁ、あは、あは」
「…………………(ぶち)」
がったん!!
「うっるっさぁあああああああああああああいぃ!!!」
飛鳥はそういうとユイのところまで素早く駆けて行くと腕に抱いていた太郎君を奪い取り、床にたたきつけた。
「うきゃぁあああああああああ!!」
ユイはそれを見て絶叫した。
「この、この!」
「あぁちょっと!ぶみぶみしないでよ!委員長酷い」
暴れる二人を見てトリューは嘆息をついた。
「元気なのはいいけどさ」
と言うとクロもクナも二人そろって笑った。
「そもそも!そんな風にソレで遊んでんじゃなくて、何かしたの対策を考えなさいよ!」
「例えば?」
「前回の紙はどうしたぁああああああああ!!!」
踏んでいた太郎君を持ち上げユイにたたきつけた。
「わぉ!?」
肩で息をするほど叫んだ委員長はつかれきった様子で椅子に座った。
ソレを見たクロは小さい声でクナに耳打ちした。
「女っていきなりヒステリーになるよな」
「ふふ、何でか知ってる?」
「知ってるのか?」
「女だもん」
はい?
ユイは埃だらけの太郎君の体を叩く。
「何をイライラしてるんさ?」
マリミアもキッチンから出てきて飛鳥の肩をそっと撫でた。
「……ごめんなさい、騒いで」
消沈しきった顔で下を向いた。
「私、連絡無しにコッチにの世界に来てしまって、それで帰れなくて、帰れる方法も無くて……それで、ちょっとイライラしてたみたい」
例えこの世界が良い国でも、やはり生まれた世界のほうが良いと思うのは当然のこと。
覚悟もなしに来てしまった飛鳥にとって、その焦燥は増していった。
「……そっか、ゴメンね」
ユイは飛鳥の頭を撫でた。
「大丈夫、帰れるよ……あ、うん、そうだ帰れるよ委員長!」
「え?」
そもそも、一度向こうの世界に戻された彼女を連れ戻したのは黄金のドラゴン、ルートなのだから、もう一度渡ることは可能だろう
「呼んでみよう!」
黄金の葉を取り出す、ぼふ!相変わらず酷い音だ……しかし向こうは現れた。
『あん?』
「物凄い態度悪いね」
『あぁ、体調不良でな言ったろ?人間の血は毒だって、早くどうにかならないか?』
「うん無理かな」
久振りの蹴りを受けた。
「ソレよりお願いがあるんだけど」
『無理だ』
「即答!?」
ルートはやれやれとしんどそうに机の上に降り立った。
『俺らからして言えば、いま毒霧の中ですごしているような状態でじわりじわりと弱ってんだ。お前の望みをかなえるほどの力は残っちゃいない』
「委員長を元の世界に返すだけでいいの」
『ソレこそ無理だ。異世界に渡るのに、どれほどの力がいることか』
「そこを何とか」
「もういいわよ」
飛鳥はユイの肩にそっと触れた。
「ゴメンナサイ、私がわがままを言って困らせたわね」
「でも」
「いいのよ、やるべきことがあるなら、ソレを優先してちょうだい」
「……。」
『血の匂い濃くなってきている』
「ヴィルエールフ北帝国は『マヤ族』を引き入れこの国を内側からじわじわと崩す気でおる」
「ル二ソーラ!」
よっこいしょと飛鳥の座っていた椅子に座ると一息ついた。
「ヴィルエールフ北帝国は一昔、神が人類を滅ぼす終焉のときに、唯一存在することを許された国じゃ。故に選ばれた存在と勘違いしている輩が多い」
「唯一?」
「うむ、理由は知らんがマヤ族に続く神が滅ぼさなんだ国での。ちなみに聖女エイル=ブリュンダルもあそこ出身の母を持つのでそれで聖女に選ばれたのだが」
ちょっとした豆知識?
「それはともかく」
あ、どうでも良かったんだ?
「この国をどうやら『漆黒の者』を隠しておるとて難癖つけて戦争にこじつけたいだけの様じゃ」
「アタシ?何でアタシ?」
「漆黒の崇拝している国の一つじゃからな。向こうにとって漆黒の者は神の使者だと思うておる」
「うーん、その差がわかんないよね」
災いの毒婦やら変革の使者やら……神殺しやら
アタシにどうして欲しいのやら
「マヤ族は純粋にこの世界を救いたいようじゃが」
「救う?」
「神が人類を滅ぼそうとするのは神が死ぬからじゃと思うとる」
「はぁ?死ぬ前に人を殺すの?」
「そのようじゃな」
わけ分からん
「うむ」
ル二ソーラはいきなり天井を見上げた。
「ワシはワシなりに情報を集めてきたが……」
頷く
「わけ分からんの」
亀の甲より年の功……の長年生きてきたおじいちゃんもどうやらお手上げのようだった。