太郎君の知らざる内密
朝、まだ日も上がらないうちに彼は部屋を出た。
「おや、トリューもう起きたのかい?」
「マリ姉こそ」
「忙しいからね、何処行くんさ?こんな朝早く」
「ちょっとした用事でな、んじゃ」
アンブロシアを出て、歩きなれた道を行く。
坂道を歩けばこの町一番の大樹『べべ』についた。
その木にもたれるように立っている青年がいた。
「よう、ゼシルヴァン」
「来たかトリューティテス」
二人は黙ってにらみ合った。
「こんな朝早く呼び出して、なんだよ」
「君に聞きたいことがあってね」
「ユイのことか」
「えぇ」
ゼシルは腰につけていた剣を抜いてトリューに突きつけた。
「忘れましたか?前回エイル=ブリュンダル聖女の家で君はユイを連れて逃げた」
トリューはそういえばというようなお茶らけた仕草をして見せた。
「逃げたんじゃなくて、散歩に夢中にんってただけだぜ?」
「君の散歩は随分と長いんだねぇ!!」
剣が交わる。
「反射神経だけは、あいからわず。頭の回転も早ければねぇ」
「お褒めに頂き光栄、とでも言ってやろうか?泣き虫ゼシル」
早朝の街中に金属が何度も交わる音だけが響く。二人を見守るのはべべの木のみ
まるで稽古をしているように二人は止まることなく、相手に一撃も攻撃を与えることもできず同じことを繰り返す。
「お前、ユイ取られて悔しいんだろう?!」
「なんのことやら。あの後聖女にいびられた腹いせですよ!!」
かの聖女は我ままの上に横柄で、言葉よりも拳が行動に示す女なのだ。
あれでも聖女
「嘘付け!」
きぃん!
ゼシルの剣が飛んでいく
「集中力散漫で何言ってんだよ」
「っく」
「何イライラしてんだ」
トリューは刃を押さえた。
「……」
夜が明けていく
「もうすぐ戦争が起こる。それも今世紀最大の大戦争」
「何言ってるんだ」
「戦争なんだ、ヴィルエールフ北帝国との」
「っ!?」
この大陸で最も大きな国家は三つあり、そのうちの一つはこの国で、もう一方がヴィルエールフ北帝国である。
長らく休戦状態であった大国同士がぶつかるということは、小国も巻き込まれ結果的に世界大戦になるのだ。
「……なんで、話がそんな大きくなってるんだ?」
「漆黒の……せいだよあれが災いを呼ぶ」
「ユイはそんなんじゃねぇ」
「分かってる。本当は……」
ゼシルは下を向いた。
「頼む、ユイを守ってくれ」
「言われずとも」
男だけの内密話、譲れないものもあるが、思うべきものは同じ。
そこだけは、変わらない