我が儘聖女
彼女の家はごく普通の家と何の変わりもなかった。
この家に来るまでの家のほうが何倍も立派で上々なものが多かったような気がするが、あえて口に出さないでいることにした。
「えっと、誰だっけボインさん」
「ユイ、直球過ぎるぞ」
トリューに頭を押さえつけられた。だってボインしか目に……
「一応聖女のエイル=ブリュンダルよ」
「なんで一応?」
「こんな性格だから」
彼女は彼女の座っている椅子の後ろに飾ってある、ドラゴンの肩翼を親指で指した。
「まさか一人で?」
「いいえ、偉大なる騎士ウォーレンと一緒にね」
「誰それ」
「貴女を殺す方ですよ」
ゼシルが素っ気無く言うとトリューが足を机の上に持ち上げて、ゼシルの飲んでいたコップをわざと倒した。
「なぁつっ!?……コレだから素行が悪いのは」
「はっはっは、わりぃわりぃ、足癖が悪くてな……下民生まれなもんで」
氷のような火花が散っているのが見える。昔は男の親友はムゲンナリ~って仲良かったのになぁ
っていってもアタシと仕事ドッチが好きなのよ!レベルかなぁ
……なんか違うな
「二人とも、おやめなさいよ。じゃないと、息の根を止めてやるぞ」
なんともいい笑顔で凄いことを言う聖女様だ。
怖い
「あの~、アタシ死にたくないんだけどぉ」
「そりゃそうさ、ははっ」
いや、ははっじゃなくて
「さてと、ねぇ、貴女は感じてる?」
「感じています!」
「さすがね!」
「ずっともう気になってました!」
そう、現在進行形で危機的なものをビンビンと、……ちょー今トイレ行きたい。
「そう、なら話は早いわ、今世界は有限廻廊の終焉へと」
「ちょおっと、まったぁああああああ!!!」
限界だ
こっそり耳打ちする。
「お手洗い、貸して下さい」
「はぁ?」
捕まってから一度も人が途絶えなかったから……しかも男の人ばっかり傍にいたから、もう言いにくいわ行けないわそんな状況じゃないわ、洩れそうだわで……やばかった。
じゃー
トイレから帰ってくると険悪だった空気がもっと険悪で、聖女さんだけ爽やかに楽しそうに笑っていた。何したんだろう
トイレ昔式のボットンで怖かったな~下のほうでコォォ!って風吹いてたし。
「ねぇ、えーっと、ユイ」
「なんですか?」
楽しそうにニコニコしている
「今、好きな人とか、彼氏とかいないの?」
あれ?世界規模の話は?
「いまは、フリーですけど?全く関心ないんで」
「へぇ~」
にたにた、楽しそうににやけている。
あぁ、恋愛といえば思い出す。
向こうから告白してきたくせにいざ付き合ってみれば二週間も経たない内に、お姉ちゃんに寝取られちゃったっけ?
心に傷は負わなかったけど、目の前で事後の裸の男女を目撃した中学女子の精神的ダメージは相当だったなぁ……トラウマにならないアタシって、やっぱ神経図太い?
「あ、そういえば、マルクムやヘイムたち大丈夫かな」
「男?男の名前?しかも二人?ふふふ~何々~?どうゆう関係」
「どうゆうって、恩人かな……」
楽しそうなエイルに比べトリューとゼシルのテンションは一気に下降していく。かなり殺気が出ていて怖いんですけど?
「そういえば、助けなきゃ……」
「彼らなら恐らく平気ですよ」
ゼシルは首のネクタイを絞めながら言った。
「『マヤ族』には予言を見ることの出来る巫女がいますから、巫女を怒らせることは教会にとって不利でしかありませんから」
「聖女と巫女って違うの?」
「違うわよ、聖女は『人のために戦い救い栄光をもたらす』巫女は『魔物と共存し神と通じ人に伝える』物、根本的に違うわよ」
「なるほど」
つまりカレーはカレーでもハヤシとライスの違いですね
「……その顔、多分違うと思うわ」
あれ?
「ところで、世界規模の話は?」
「それより、ユイの事聞かせてよ」
「えぇ?」
世界規模ぉぉ!?
「じゃないと、重要なこと教えない」
わがまま!?
聖女がそれでいいのか?!
そう思って二人を見ると首を横に三度も振った。
訳:諦めろ
諦めることにした。