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dOLls〜私はヒトか考え中〜  作者: 卯月よひら
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8話 相原ジェームズの場合

 ジェームズが向かった先は、ナースセンターの奥にある小さな会議室だった。


 ナースセンターを通るときに、コーヒーの匂いが微かにして、看護師は生身の人間が多いのだろう。


 三人が座ると、ジェームズは優しい口調で話しだした。


「彩愛は人の記憶を移したAI搭載型アンドロイドがどう造られているか、どのくらい知っている?」


「詳しくは知らないですけど、記録された人の記憶をAIに学習させると。さっき、等々力先生に少し聞きました。生身の私の脳波を取ったりして、感情を記録していたって」


「等々力先生が話したんだね。

 俺の仕事は依頼者、例えば生身の彩愛のデータをAIに学習させることだ。ぶれねっとに大量の静止画や動画が保存されているよね。撮影された日も記録されているから、その日にあった記憶としてAIに移した。ただそのまま移すとAIの中で鮮明に再生されてしまい、脳の記憶を思い出す作業としては違和感を覚えてしまう。生身のときと変わらないようなクオリティになるよう、そういった細かい作業をしている」


「ぶれねっとに記録がないと、記憶として蓄積されない?」


「そうだね。もちろん、他の媒体も使うよ。でも動画や静止画は、彩愛が見た景色でしかない。そのときどう感じたかまでは、わからないよね?

 通常日記なども使って、対象人物の性格や行動をプロファイリングして、AIに落とし込むんだ。

 彩愛の場合、おじいさんから日記や学校で書いた文集などの彩愛の性格がわかるものをもらっていないから、過去のことはAIに落とし込めていない。脳波や心拍を測定した一カ月間のデータしか収集できなかった。逆に言えば、その期間だけ生身の彩愛のデータが取れたことになる。

 ほら、文集とかって人に見られるから、建前や本音が混ざってしまう。日記もすべての感情を書いてあるわけではないだろう?

 その分、脳波や心拍の反応は素直なんだ」


 撃たれて入院していたとき、華菜から過去を思い出すように言われていた。


 学校にいる間、修学旅行の話など高校生活での思い出をしきりになな実が話しかけてくれた。


 そのため、高校生活の記憶と感情は鮮明だった。


 逆に中学の頃までの感情や記憶は希薄だ。


 それでも、過去の写真や動画を整理したことで、AIが反応を学習し、生身の彩愛の感情が記録された。


 両親の顔や両親への思いも、ちゃんと残っている。


「なな実がたくさん高校に入ってからのことを話してくれたから、思い出がすぐに出てくる。中学のときまでのことは抜け落ちてしまっているけど、高校であった気持ちや思い出は生身の私が感じていた本当の感情」


「そういうことになるね」


 なな実がいなかったら、過去のデータはもっと欠如していただろう。


 協力してくれたなな実には、感謝してもしきれなかった。


「なな実、本当にありがとう」


「私ができるのは高校のときのことからだから、これからたくさん記録がなくて、戸惑うことがあると思う。

 不安かもしれないけど、私にできることはなんでもするから」


 ジェームズは考えていたよりも、彩愛が大丈夫そうだと思ったようだ。


「過去も大切だけど、これからのことも大切だ。生身の記録があるから、勝手の違いに驚くこともあるだろう。

 アンドロイドは外見が成長しないし、髪も伸びない。切ったり、染めたりしてもいいけど、失敗したり飽きたときに、取り替えることになるっていう話は聞いた?」


「あっ、それは聞いてないです」


「話できてよかった。髪切った後で戻せないとショックだからね。アンドロイドは定期的にパーツを交換するから、その前に髪型をかえる人は多いよ。

 外見を変えたいとなると、お金が発生するから、作ったときのままの人が多いな。余裕がある人はコロコロ変えたりするけど」


「わかりました。なな実は何回か変えているの?」


 なな実は幼児期からアンドロイドの操作の訓練をしているため、当然、アンドロイドを成長に合わせて変えているだろう。


「大きくなるから、小学校まで既成のアンドロイドを使っていたんだ。機能もあんまり高くなくて、動作も遅いから、学校に行くのも一人じゃ行けなくて、親に車で運んでもらった。

 席に置くと友だちの席にも自由にいけないから、休み時間は一人だったし、動かすのも疲れるから、寝てたな。

 中学のときからこの顔になったけど、小学校のときのこともあって、ずっとコミュ障だった。

 この顔も気に入っているから、大人になっても、今のところ変える気はないかな」


「そうだったんだね。私は…」


 龍之介が作成費を出していたが、学生でアルバイトもしていない彩愛は無一文である。


 メンテナンス費どころか、生活費も出せないのだ。


 必需品のぶれねっとの使用料も月々発生している。


−−−私は未成年だったから、ぶれねっとの契約者はおじいちゃんだけど、止められちゃうのかな。


 色々確認することも山積みだ。


「お金がない…。どうしよう」


 本気で困り果てている彩愛に、ジェームズは必死に笑いをこらえた。


「大丈夫。うちの研究所で働いてもらう予定だから。後で仕事リストを送るよ」

 

「ありがとうございます!あっでも、お給料って仕事したらもらえるんですよね?ぶれねっとの使用料とか、服代とかどうすれば…」


「ぶれねっとは研究所で契約しているのがあるから、後で付け替えるよ。

 服とかはしばらく経費で落とすから、電子マネーのアカウントを渡しておくね。

 人間の彩愛は死亡届を出されると思うから、使っていたクレジットカードや電子マネーは止められるだろうから、使わないようにね」


 彩愛はクレジットカードは持っていなかったが、電子マネーのアカウントは持っていて、よく使っていた。


「あっ、そうですね。貯めてたお小遣いはどうなっちゃうんだろう…」


「AI搭載型アンドロイドには相続権とかはないから、遺産は近親者に渡るようになっている。彩愛の場合は、おじいさんの手元に行くんじゃないかな。その辺含めて、等々力先生から君のおじいさんに話してもらうようにするよ。

 ほら、私物とか勝手に捨ててほしくないだろう?」


「はい」


 着の身着のままで来たので、お気に入りの服やアクセサリーが捨てられてしまうのは嫌だった。


 ジェームズはレーザーウォッチを起動させ、何かメッセージを打ち込んでいる。


 さっそく、華菜に連絡してくれているようだ。


「等々力先生から、先方も心の整理も必要だろうから、日を改めて連絡するつもりだそうだ。他にご家族に聞きたいこととか、やっておきたいことある?」


「うーん。思い浮かばないです」


「今日の今日だもんね。思いついたら俺か、等々力先生に連絡して。研究所用のアプリと俺らのアカウントはレーサウォッチに入れておいたから」


「ありがとうございます」


 他に聞きたいことはないか考えていると、華菜や翼の年齢が気になった。


「あの…。私のことじゃないんですけど、等々力先生って年はいくつなんですか?」


「AIやアンドロイドに年齢は関係ないけどね。俺も聞いたことあるけど、レディに年を聞くのかってはぐらかされたね。

 噂だと令和生まれで、油科さんは先生の生身のころを知っているらしい。油科さんは令和生まれではないって、言い張っているけどね」


「れ…」


 外見が三十代に見えるので、歳がいっているように思えなかったが、ジェームズの話が本当ならば、華菜の年齢は九十歳近いということになる。


「令和のころって、AIあったんですか?」


「AIは令和の頃からあったよ。そんな昔の扱いすると、等々力先生が怒るから言わないほうがいいよ。

 令和はAI黎明期で色々技術が出てきた時代だったけど、アンドロイドの精巧性はまだまだだったと言われている。

 油科さんは研究所の中で、古株のAI搭載型アンドロイドになるから昔のことはよく知っているよ。個人情報になるから、このくらいにしておくね。

 彩愛のことを俺は色々調べて知っているけど、彩愛は俺のことを知らないからフェアではないね。俺について少し話そう」


 ジェームズはアメリカで生まれで、幼少より日本とアメリカを行き来していた。


「日本で国籍を選べと言われた時、困ったな。どっちも俺の故郷だし、愛しているからね。親はAI技術が進んでいるアメリカがいいんじゃないかって言ったんだけど、飯のうまい日本に住みたいと思ってたし、等々力先生のところで働きたかったから、日本の大学にしたんだ。

 それがそもそもの間違いになったけどね」


 大学の研究室で、嫌に外国人を差別する日本人がいたそうだ。


 ジェームズは最初無視していたのだが、その日本人は他の日本人を巻き込み、ジェームズを孤立させていった。


 動じないジェームズに腹が立ったのか、その日本人はジェームズのぶれねっとにコンピュータウィルスを送り込んだのだ。


 ジェームズもコンピュータのエキスパートである。


 対ウィルスソフトはいくつも入れていたが、相手もエキスパートだ。


 ソフトでは対応できないウィルスを送り込まれたジェームズは、歩行中に酷い頭痛に襲われ、倒れたところに運悪く車が通り、はねられてそのまま息を引き取った。


 当初警察はコンピュータウィルスによる、不運な事故死で片付けるところだった。しかし、ジェームズの残した大量のぶれねっとや頭につけた小型カメラの映像から、いじめていた日本人が容疑者として浮上し、本人が犯行を認めたため逮捕したのだ。


「記憶をAIに移す技術に興味があったから、自分でもデータをとっていたんだよ。

 簡易的なものなら、心拍計や脳波計は学生でも手に入ったからね。人間の俺は死んでも、大量のデータがあったから俺を復元できたんだ」


 生前のジェームズは研究室で、自分の記憶を移したAIを作っていたのだ。


 それを知った両親が、華菜のところに持ち込み、ジェームズのAI搭載型アンドロイドが作られたのだ。

 

 ジェームズが所属していた研究室に、両親が持ち込まなかったのは、いじめを知りながら対応しなかった教授たちに不信感があったからだろう。


「聞きかじってはいたけど、ジェームズの人生って壮絶だったんだね」


 なな実も少し面食らっていたようだ。


 当の本人は、カラリと笑っている。


「そうかな?俺はなな実の方が壮絶だと思うよ?

 生まれてから身体が動かせない、声も出ない、食べられないって、俺だったら絶望するよ。よくここまで元気でいてくれたと思う」


「そういうところが、親戚のオジサンっぽいんだよね」


「ははは」


 ジェームズと雑談した後、彩愛はなな実と別れて、用意された研究所の五階にある部屋に案内された。


 ビジネスホテルのシングルルームのような簡素な部屋だったが、病院っぽさはなかった。


 アンドロイドの身体のせいか、疲れはなかったが、ベッドに寝転んだ。


 彩愛の部屋のように充電用のコードが、ベッドの横の壁にあった。


「ここで暮らすのか」


 生身の彩愛が死んだことで帰る家もなく、学校も行けない。


 特に将来の夢や目標があるわけではなかった。


「これからどうしていこう」


 時計を見たら昼過ぎであった。もちろん、腹は減らない。


 アンドロイドのため、毎日シャワーを浴びる必要もなく、生身だったころのルーティンがことごとくなくなってしまった。


 妙に悲しくなり、現実から逃れるように目を伏せたが、いつまで経っても眠気は襲ってこなかった。


「私は人間じゃないんだ」

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