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dOLls〜私はヒトか考え中〜  作者: 卯月よひら
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5話 人形

 彩愛はどのくらい、その場に座りこんでいたのかわからない。


 翼はバツが悪そうに、頭をくしゃりと搔いてから彩愛の前でしゃがんだ。


「自分がアンドロイドだったって、知らなかったのかよ」


 彩愛がのっそりと顔を上げると、翼は彩愛の腹のカバーを閉じて服を下ろした。


「たっく、アンドロイドなのに、死んだ魚の目みたいにしやがって。完全に等々力先生のしわざだな。

 未成年のあんたが、高性能なアンドロイドを依頼できるわけがない。あんたも、あんたの家族も騙されたんだろうよ。

 先生のところに行って、クレームつけてこい」


 翼は彩愛の腕を掴んで立ち上がらせ、駐車場にあるエレベーターまで彩愛の肩を支えて歩く。


 彩愛は翼に支えられていることも、目の前の景色も見えていなかった。


 エレベーターは二階で扉が開くと、病院のような白い壁に、同じ形や色の扉が向かい合うように並んでいた。


 病院とは違い、消毒液の臭いはしないが、大学の研究室のような造りであった。


 等々力華菜とプレートがかかっている扉の前に立ち、翼はノックした。


 ガチャリと施錠が外れる音がすると、翼はドアノブを回した。


 壁には本棚があり、数冊あるだけで、部屋の真ん中に机とタブレットがあるシンプルな部屋だった。


 白衣姿の華菜がタブレットから目を離し、彩愛に座るよう促す。


 翼は座る気も、部屋から出ていく気もないらしく、扉の前で腕組みをして立っている。


「よく来たね。彩愛。色々ショックだったと思うが」


「…私はずっとアンドロイドだったんですか?」


「君が撃たれてからね。おじいさんには、君に話すように伝えていたんだ。今までの君はなな実と同じく、アンドロイドをアバターにして、君の脳神経を繋ぎ、操作していた。

 ただなな実と違うのは、本体…生身の君を失っても、データを引き継ぎ、自立して動くように設計したというところだ。

 君の選択肢を少しでも残せるようにと」


「私は死んだの…?」


 アンドロイドになったというのなら、どうして声が震えるのだろう。


 彩愛は現実を突きつけられても、半ば信じられなかった。


 華菜はタブレットを操作し、画面にはたくさんのフォルダが広がった。


 その中の一つ、Ayame Munekataというファイルを開いて見せた。


 すべて英語で書かれ、彩愛は読めないものもあったが、心電図のグラフらしきものが止まっている。


「宗方彩愛という人間は死んだ。他人の身勝手な思想によって、十七歳という短い生涯を終えなければならなかった。

 私はそんな理不尽な死を味合わなくてはならなかった君に、選択肢を示したかったんだ。生身の君が死んでも、宗方彩愛という記憶と意思を受け継ぐAIをこの世に残し、得られなかった人生を生きて(・・・)みるかどうか。

 本当なら君の生身が生きているときに、答えをもらう予定だったんだが…。君のおじいさんは、君の蘇生を信じて疑わなかった。だから、話すつもりはなかったのだろう。もちろん、我々も脳や人工臓器が正常に動いていたから、君は培養臓器の移植まで持つと考えていた。だから、それまでベッドに張り付いて数ヶ月過ごすより、アンドロイドと繋げて日常生活を送ってもらうことを選んだ。

 死因については、病院から連絡待ちだ」


「…撃たれた臓器がサイボーグっていうのは、何だったの?」


「それは事実だ。生身の身体を寝かせたままにしたのは、人工臓器が不完全だからだ。患者の行動を制限してしまうし、君の場合あらゆる臓器がダメージを受けた。自由に動けず、二十四時間、病院の管理下に置かれることを余儀なくされる。

 可能だったとしても、重い機器をつけ、学校に通うのも体力的にもきつくなり、結局は部屋からあまり出られず、リモートで授業を受けることになっただろう。

 ならばアンドロイドに行かせたほうがいいと、おじいさんの考えだった」


 彩愛はうつむき、自分の手を見つめていた。


 生身と変わらない血色と弾力。ぬくもりさえ感じる。


 だが、これは宗方彩愛を真似した偽物。


「私は死んで…今はアンドロイドになった」


「宗方彩愛という人格をコピーしたアンドロイド(人形)。だが、ただの人形ではない。宗方彩愛が生きた記録や感情は、AIが学習し、()の中にある」


 ピピッと音がし、華菜のタブレットに着信が入る。


 ごく自然に華菜は通話のボタンをタップした。


「はい、等々力です」


「先生。彩愛のアンドロイドは、そちらにいませんかね?」


 龍之介の声に彩愛は、ピクリと肩を震わす。


 冷たい目と声を嫌でも思い出してしまう。


「いますよ。混乱しているようです」


「混乱?あなたが勝手に、彩愛のアンドロイドをいじったんだろうが!私は、彩愛が死ねば、アンドロイドも止まるようにしてくれと依頼したはずだ」


「あなたの依頼はそうでしたが、肝心の彩愛さんは何も知らされず、選ぶ権利も与えられていなかった。それはあんまりでは?」


「私がクライアントだぞ!今すぐ彩愛のデータを消去し、アンドロイドを破棄してくれ」


「だ、そうだ。どうする?彩愛」


 祖父に突き放され、抱いた失望感も偽物なのだろうか。


 涙が溢れ、震える身体もAIが作り出した産物なのか。


「ヒドい。おじいちゃんは私がいなくなれっていうの?」


 龍之介にも彩愛の声が聞こえたのだろう。


 華菜への剣幕は消え、怯んだようだ。


「…彩愛。いや、お前は彩愛ではない。彩愛をコピーした模造品。人形だ。役目を果たしたんだ。怖がることはない。機械のお前に死はないんだから。

 肉体は、これからお骨になり、お父さんやお母さんたちが眠る墓に入る。ヒトはそうして死ぬのが自然なんだ。

 彩愛の記憶を学習しているAIなら、私の話は理解するはずだ。今すぐ、自分でデータを消しなさい」


 AIに死はない。生物ではないからだ。


 本物の彩愛は死んだ。生物だからだ。


 本物の彩愛が抱いた感情や考えから、AIの彩愛の感情から作られている。


 ならば、もう彩愛自身ではないのか。


 生物が誰しもがもつ、死へのおそれ。


 この世から自分の存在が消えてしまう、恐怖。


 人の感情を知らないAIならば、自分が抹消されることを怖いと思うのだろうか?


「私は生きたい。この世界から消えたくない!」


「答えは出ているようだね」


 華菜は彩愛の言葉を待っていたようだ。


 龍之介が映し出されているタブレットに目を落とした。


「宗方彩愛を記録させたAI搭載型アンドロイドは、こちらで預からせていただきます。これからのお代は結構です」


「何を勝手に!金を出したのはこちらだ。そのアンドロイドは、私のモノだぞ!」


「お孫さんはあなたの所有物ではない。彼女の遺志が決定したことです。

 私は何度も、彩愛さんが存命の時に伝えるべきと言いました。私も他の医師たちも、彼女への説明責任があります。それを未成年だからと、宗方さんが拒否された。すでに彼女は自己決定できる、一人の人間でした。その遺志を、アンドロイドは受け継いでいます。

 アンドロイドの彩愛さんには、こちらから改めて説明し、どうするかは彼女が決めます。話し合いたいというのなら、お好きにしてください」


「アンドロイドには、人権も決定権もない!モノなんだ」


「あなたのおっしゃるモノに頼って、彩愛さんのアンドロイドを作製依頼をしたのは、そちらでしょう?

 もう少し我々のことをご理解いただけたと思ったのですが、残念です。

 彩愛。おじいさんと話すことはあるかい?」


 彩愛は、ためらいもなく抹消しようとする龍之介と距離を置きたかった。


 というより、龍之介の意思に押され、自分の意見を言えずに流されて、データもアンドロイドも破棄されてしまうのではないかと思った。


 彩愛は一度も龍之介に反抗したことがなかったし、これが初めての反抗だった。


「…ないです」


「では、一度切らせていただきます」


 龍之介が返事をする前に通話を切ってしまった。すぐに連絡しなかったことから、龍之介も気まずい思いをしたのだろう。


 改めて、華菜は彩愛と向き直った。


「おじいさんとの話は、おいおいしよう。

 まずは君は一人ではないとだけ、先に言っておく。私もそこにいる翼も、生きていた人の記憶を引き継いだAI搭載型アンドロイドだ。

 我々も現実という残酷さを知っているし、受け入れるのはつらいものだと経験してきた。つらい、悲しいというときは、一人で抱えずに話してくれ。つらいと感じるのは人間であったことの証だ。我々はただのアンドロイドや、生成AIではないことを忘れないでほしい」


 華菜が味方といえばそうなのかもしれないが、長年龍之介に守られ、言うことを聞いてきた彩愛は果たして、これでよかったのだろうと思った。


 龍之介は、人の記憶を引き継いだり、生成されたAIが、人類を管理したり、滅ぼすことを危惧していた。


 祖父が危惧していたものに、彩愛はなったのだ。


「私は彩愛としていていいの?この世界にいていいの?」


「その答えを共に考えることはできるが、私が与えることはできない。私は技術者で、その技術を使うかどうかは人間や社会が決めることだ。君自身が考えなくてはならない。考えて、悩んで、苦しんで、答えを導き出すことが、彩愛というヒトが、培ったモノを受け継いだ君だからできるんだ。

 決して、考えることを放棄してはいけない。放棄したならば、ただのアンドロイド、人形だ」


 華菜の言葉は重く、彩愛の心に深く刻まれた。


 画面いっぱいにあったファイルの数だけ、何人もこの先生は人の人生を見てきているのだと彩愛は思った。


 トントンと扉をノックする音に、ずっと黙っていた翼が脇へ動く。


 華菜が机の上にあるボタンを押すと、扉の鍵が開いた。


 ひょっこり、扉からなな実が顔を出した。


「やっぱりここにいた。ツバサ、来てくれてありがとうね」


「あ、うん。お前は大丈夫だったのか?」


 翼は目をそらし、彩愛は身じろぎしてから、腹を隠すようにシャツを引っ張った。


 華菜となな実は、二人の態度を不審に思った。


「どうした?お前たち」


「なんでもない。俺、行くわ」


 と逃げようとする翼の腕をがっしり、なな実が掴んだ。


「ツバサ??まさか、彩愛に言い寄ったんじゃないでしょうね?この子はあんたと違って、超がつくほどピュアなんだよ!」


 華菜が彩愛にコソコソっと小声で聞いた。


「何かされたのか?」


「…あの人が、私の服をまくって、お前はアンドロイドだって。

 おじいちゃんが、アポトーシスにお金を渡したとか言ってきて…」


 華菜となな実の侮蔑の目に、翼は必死にあらぬ方向を見ているが、結託した女性たちから逃げられるはずがない。


「あんた、女の子の服をまくるなんて、セクハラ通り越して、犯罪だよ!!!最低、超最低!!!

 警察呼んでやる!!」


 華菜はなな実のように罵らなかったが、大きくため息をついた。


「翼。ムネカタ製薬が、アポトーシスの前身となる組織にお金を渡していたのは事実だが、過激な組織になってからは関係を絶っている。

 それも彩愛のおじいさんの代ではなく、もっと昔の話だ。情報をアップデートしろ、アップデート!」


「あーもう!俺が悪かったって!」


「私たちではなく、彩愛に謝れ」 


 なな実は容赦なく、翼の腕をつねった。


 翼が痛がりながら謝るが、彩愛は不愉快なままだった。


「なな実は、その人と友だちなの?」


「友だち…。親戚のお兄さんって感じかな。こんな見た目してるけど、実年齢は超ジジイだけどね。いい奴だけど、女の人が絡むと最低なのは間違いない」


 言い返せないのか、翼はつねられた腕を擦りながら、なな実を睨んでいる。


 華菜は、はいはいと軽く手を叩いて場の雰囲気を変えようとした。


「彩愛は翼と仲良くなれとは言わない。ただ、彩愛はしばらくこの研究所で暮らすことになるから、翼とは顔を合わすこともあるだろう。

 挨拶するくらいの関係ではあってほしい。同じ生前の人間の記憶を持った、AI搭載型アンドロイド仲間としてね」


「アンドロイド…。なな実は、私がアンドロイドだったって知っていたの?」


 思い返せば、アンドロイドの彩愛を病院に連れて行き、生身の彩愛がいる病室まで把握していた。


 なな実は初めから知っていて、黙っていたに違いない。


 なな実は怒られた子犬のように上目遣いで、彩愛を見上げた。


「ごめん。彩愛のおじいさんから、彩愛に黙っててくれって頼まれてたんだ。私がアンドロイド使ってるって知っていて、おじいさんからアンドロイドの扱いとか使用感とか色々聞かれて…。

 ハナちゃんもそうだけど、私もおじいさんには、何度も彩愛に話すように言ったんだよ。本人が知らないのってよくないし、彩愛なら絶対生身ではないって気がつくからって」


 華菜もなな実も、龍之介と彩愛の間に挟まれてつらかっただろう。


 彩愛は二人を責められなかった。


「そうだったんだね。ありがとう。色々私のために考えてくれて。おじいちゃん頑固だったでしょう」


「うん、本当に。彩愛から聞いていたけど、テンプレな頑固親父って感じ」


「でしょう」


 二人がふふと笑うと、華菜は安心してから、タブレットのファイルなどを閉じていると、思い出したように彩愛にいった。


「アンドロイドの使用注意について、全部話していなかったんだった。

 今聞く?それとも明日にするかい?」


 自分がもう死んだ人間でAIであると知ったばかりの彩愛が、アンドロイドの身体を受け入れるには時間がかかるだろうと華菜は考えたのだ。


 笑ったこともあるのか、緊張がほぐれ、なな実もいることが心強く、彩愛は聞くことにした。


「今聞きます。教えてください」


 

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