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dOLls〜私はヒトか考え中〜  作者: 卯月よひら
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3話 変わってしまったこと

 彩愛は目が覚めると、こめかみとヘソの充電コードを抜く。


 頭の疲れは取れ、銃で撃たれる前と同じように着替えてから、リビングへ行こうとした。


 顔を洗い、いつもなら食事をとるのだが、消化器官がサイボーグになっているため、食事はいらなくなった。


 習慣化したものがなくなると、どこか拍子抜けしてソワソワする。


 龍之介に学校に行くかと聞かれたが、膨大な課題が頭に浮かび、思わず休むと言ってしまった。


 メールを確認すると、各教科の教師から休んでいた分の代わりになる課題が送られてきていた。


 課題は今度のテストまでに出せばいいということで、彩愛は気持ちに余裕が出た。


 出勤する龍之介を見送り、部屋に戻ったが、やる気が起きず課題が添付されたメールではなく、動画アプリを開いてしまった。


 アプリが勧めてきた動画を流していると、AI搭載型アンドロイドタレントが出演しているコマーシャルが流れた。


 生前はどんな顔やスタイルだったのか不明だが、兄のSyoと妹のHimariのきょうだいでモデルデビューすると、美形ということもあり、たちまち人気になった。


「生きている時の記憶があるまま、アンドロイドになるって、どういう気持ちなんだろう」


 だらだらと動画を観てから、いくつか課題を終わらせて提出した。


 一日過ごして体調に変化がなかったので、明日から学校に行くことにした。


 翌日、学校に行くために服を選んでいると、お気に入りの服がなかった。


「そっか…。撃たれたとき着ていたから、だめになっちゃったんだ」


 彩愛の通っている高校は制服がなく、私服で登校している。


 撃たれた日は、凛の誕生日プレゼントを買いに街中に行くため、気に入っていた服を着ていた。


 撃たれたときの記憶はないが、服や時間などの喪失感を思い出してしまいそうで、また似たような服を買う気にはならなかった。


 襲撃されることが頭にあったのか、なんとなく、動きやすそうな服を選んで着替えた。


 龍之介が契約しているタクシー会社の人が学校まで送迎してくれ、帰りもタクシー会社へ連絡するように言われた。


 教室に入ると、なな実と凛がすでにいた。


「彩愛!!」


 凛が叫んで大きく手を振ると、その場にいたクラスメイトが彩愛の方を見た。


 クラスの女の子たちも、彩愛が事件に巻き込まれたことを知っているのだろう。


 彩愛の周りに集まり、大丈夫?など声をかけてきた。


 なな実たちと話していると、いつもより早く担任が来て、昼休みに職員室に来るように言われた。


 各教科の教師が、休んでいた時の授業のことで話したいらしい。


「課題を出せばいいんじゃなかったの?」


 補講が何日も続いたらと想像するとげんなりする。


 彩愛は部活に入っていなかったので、放課後は時間があるといえばあるが、教師たちと一対一では気まずい。


「放課後暇だし、私もでようか?」


 こういうとき、なな実が友だちでよかったと彩愛は思うのであった。


 問題なく午前の授業を終えると、昼休みになった。


 ほとんどの生徒は弁当を持参しており、持ってきていない生徒は購買で買って教室で食べていた。


 学校に来ているなな実は、もともとアンドロイドのため、食事はとらない。


 彩愛と凛が食事をしているのを見ながら、おしゃべりをしているのだが、この日から彩愛も凛の食事しているところを見ることになった。


「なんか、私だけ食べているのが恥ずかしいんだけど」


 凛が気になってしまったらしい。


「気にしないで。あっ、先生に職員室に来るように言われていたんだった。行って来るね」


 彩愛は一階にある職員室に行くと、教師たちの姿はまばらだった。


「失礼します」


 担任の姿を見つけ、職員室に入ると食べ物の匂いがぷぅんと漂ってきた。


 教師たちも自分の机で食べる人は多いようだ。


 彩愛の声に気がついた担任が顔を上げた。


「宗方さん、もうお昼食べたの?」


「胃がサイボーグなので、食べないでって言われてて」


「そうだったのか」


 担任も身体の一部を失った生徒にかける言葉が、すぐに見つからなかったようだ。


 誤魔化すように、ファイルに入れたプリントを彩愛に渡した。


 少々説明を受けたあと、職員室にいた他の教師にも声をかけ、彩愛は同様にプリントと説明を受けた。


「補講の日程を後でメールするから」


 やはり補講はあるようだ。


 重い足取りで、教室まで戻る。


「お帰り!!どうだった?」


 なな実と凛が笑顔で迎えてくれたのが、せめてもの救いだ。


 プリントの入ったファイル類を見せると、なな実もテンションが下がった。


「メールだけじゃないのね…」


「授業で配られたプリントもあるみたい。教科ごとのファイルにしまうのも何日かかかりそう」


「仕方がないよ。二週間休んでいたんだし。ゆっくりやっていけばいいよ」


 凛も励ましてくれているが、彩愛は憂鬱のままだ。


「またいつ入院するかわからないしね。早めに追いつきたいよ」


「入院?なんで?」


 なな実は凛に、彩愛が培養した臓器を戻す話をしていなかったようだ。


 事情を説明すると、彩愛がまた手術することに凛はショックを受けたようだ。

 

「また手術するの?ひどいよ。彩愛は何も悪いことしていないのに!」


「アサナシオスに狙われているのに、街中を一人で歩いていた私もいけないんだし」


「まさか街中でやるとは思わなかったよ。あいつら完全にアンドロイドだから、今ごろ顔も変えているだろうし、捕まっても仲間との接続を切って、データを抹消すればいいとか考えているだろうしね」


 普段明るいなな実にしては、険しい顔をしていた。


 自然と凛の声が小さくなる。


「犯人はアサナシオスの人たちなのね。捕まったの?」


「詳しいことは聞いてない。おじいちゃんなら知っているかもしれないけど」


 なな実のいう通り、アサナシオスなら記憶データをバックアップしているサーバーの接続を切り、本体が保存しているデータを消せば、警察も本体を捕まえたところで、捜査や記憶のない犯人の自白を取りようがない。


 犯人は他のアンドロイドにデータを移し、のうのうと存在し続けられる。


 アサナシオスでなくとも、凶悪犯が逃げる手口となっており、国際的に問題になっていた。


 彩愛は犯人と関わりたくないし、そもそも撃たれたという、実感が持てなかったのだ。

 

 女子高校生がアサナシオスに撃たれたことはニュースになっていただろうが、捜査に進展がなければ追加の報道はないだろう。


 レーザーウォッチのトップに流れるニュースは、彩愛の事件とは関係ないニュースばかりだった。


 なな実たちにフォローしてもらいながら、復帰初日を乗り切った。


 帰ってから、もらったプリントを教科ごとのファイルにしまうと課題に取り掛かった。


 食事の時間帯になっても食欲はわかないと、人生の楽しみの一つを失った気分になる。


 翌日の昼休みは、凛やクラスメイトたちが昼食を楽しそうに食べているのを横目に見て、酷く羨ましくなってしまった。


「どうしたの?」


 凛に聞かれたが、正直に話してしまうと凛が気にするだろうから、何でもないと笑って誤魔化した。


 帰宅してから、鞄を床に置くと課題に取り掛かる気になれず、タブレットを開いて流れてくる流行りの動画を観ていたが、楽しいとも、興味も持てなかった。


 特にグルメものを見ると腹が立ってきてしまった。


−−−私は食べられないのに、他の人は美味しそうに食べている。


 すると、なな実から「家ついた?」とメッセージが来た。


 家だと返事をすると、着信が入った。


「お昼のとき、元気なかったけど大丈夫?無理してない?」


 なな実にも心配されてしまったようだ。


 大丈夫と言おうとして、普段アンドロイドのなな実には、打ち明けてもいいのではと思った。


 食事ができないことを寂しく思っていることを話すと、なな実は納得した様子だった。


「ふむふむ、彩愛もそうなんだね。誰しも通り道ということか」


 古臭い言い方に、彩愛は吹き出した。


「ちょっと、なな実。オジサン臭いよ」


「へへ。最初はつらいけど、慣れるもんだよ」


「なな実もつらかった?」


「まあね。私の場合、もともと食べられないから、彩愛がつらいのは少し違うかもしれないけど…。

 学校に通うようになって、みんな食べられるのに私だけできないって、悲しかったかな。

 私の生身って、口も動かせないんだよ。だから、食べると気管に入ったりして危ないの。ずっと点滴がごはん。

 アンドロイドでも食べることはできるけど、結局は食べたものを捨てることになるし、それもなんか違うじゃん?」


 なな実の生身の身体は、かろうじて目が動くだけで、他は自分の意思では動かせないらしい。


 彩愛は詳しくは聞いていなかったが、生まれつき、全身の神経が脳から切れてしまっている状態だそうだ。


 幼い頃からリハビリや手術をしたようだが、身体を動かすことは叶わなかった。


 当時の担当医から等々力華菜を紹介され、脳や神経をアンドロイドに繋ぐ実験を繰り返し、なな実は自らの意思で動き、会話することができるようになった。


 しかし、生身の身体能力の向上はしなかったため、なな実は、生まれてから食べるという喜びを知らないのだ。


 アンドロイドの作製や操作に慣れる時間がかかり、他の子と同じように学校に通えるようになったのは、中学生になってからだった。


 そのようなこともあり、なな実の実年齢は彩愛より二つ年が上であった。


「ごめん…。なな実の方がつらいのに、愚痴なんか言って」 


「ぜーんぜん、今は気にしてないから。食べるって何?って思っていたし。みんなが楽しそうにしてて、私も楽しくなるし。

 同じ年頃の子たちと一緒に学校行けるようになって、毎日嬉しいんだ。

 アンドロイドがなかったころは覚えていないんだけど、親いわく、反応もないし、私が何を考えているかわからなくて、辛かったんだって。その頃はきっと、言葉も話せないし、ジェスチャーもできないから、モヤモヤした世界にいたんだと思う。

 ほら、ヘレン・ケラーっているじゃん?私は目が見えて耳も聞こえていたけど、あの人は目も耳もだめだったじゃん?思ったことを伝えられないもどかしさって、アンドロイドがちゃんと動かせるようになるまで私もあったし、むしゃくしゃしていた。

 つらさって、その人しかわからないし、彩愛がつらいって我慢せずに、周りにも言っていいんだよ。彩愛には思う心も、言える身体もあるんだし」


 彩愛はヘレン・ケラーについて知らなかったため、ぶれねっとで検索した。


−−−視覚と聴覚に障がいがあった女性、か。


 百年以上前に実在した人物で、彩愛は馴染みがなかったが、障がい者として、なな実が興味を持ったのかもしれない。


 サイボーグ技術が発展し、身体の欠損部分や弱いところは機械が代わりに補うことで、健常者と変わらず日常を過ごしており、一見わからないことが多い。


 とはいえ、差別が完全になくなったわけではなく、障がい者に対して嫌がらせなどは時折、ニュースになった。


 ヘレン・ケラーについて、後でもう少し調べてみようと彩愛は思った。

 

「ありがとう、なな実」


「早く臓器ができるといいね」


「うん」


 なな実と話しているうちに、彩愛は心が軽くなった。


 臓器ができるまでの辛抱だと、自分に言い聞かせると気持ちが楽になった。


 だが、なかなか不安は消えなかった。


 細かい異変は、サイボーグの臓器のせいにしたが、カレンダーを見て、しばらく生理が来ていないことに気づいた。


「食べないと生理が止まるっていうし…」


 学校が休みである土曜の日、病院の定期健診に行くついでに華菜に聞いてみることにした。


 健診はサイボーグになった臓器の点検と、入院していたときと同じように、身体の不調の有無の確認だった。


 頭痛などはなく、聞かれたことを素直に答えてから、生理についてたずねてみた。


 華菜は、一瞬キョトンとした顔になったが、タブレットを操作した。


「…培養リストに子宮はないようだね」


「それって…?」


「君は胸だけではなく、腹部の損傷も激しかったんだ。主要臓器を優先にしているようだし…。子宮においては縫合するにとどまったようだ。卵巣は無事のようだが、こればかりは婦人科で検査してもらわないとわからないね」


 彩愛は華菜が何を言っているのか、すぐに理解できなかった。


「赤ちゃん、できないってことですか?」


 ごく当たり前に結婚して子どもができると考えていた彩愛は、頭を殴られたような衝撃を受けた。


「できないことはないが、できにくいかもしれないってことだ。今から決めつけることではないし、他の臓器の移植をしてから考えよう。培養臓器がうまく機能しないと、子どもを産むことは難しいからね。

 すぐに結婚したい人でもいた?」


「いませんけど…」


 彼氏はほしいと思ったが、男の子と話す機会があまりなく、恥ずかしさもあって十七歳になっても彼氏はできなかった。


「希望は捨ててはだめだよ。こちらから婦人科に連絡を入れておくから、検査してもらおう」


「はい」

 

 衝撃が残ったまま帰宅すると、なな実から病院はどうだったというメッセージが来ていた。


 ふと、なな実は子どもが産めるのだろうかと思った。


 素直に話すと、なな実は結婚や子どもに興味がないようだ。


「生理もあるし、できなくはないけど、産めるのかなぁって。

 昔、アメリカかなんかで、植物状態の人が男の看護師にレイプされて、妊娠したっていう話を聞いたことあるけど、私も身体の機能は植物状態の人と同じだからさ。自然に産むことはできないかな。

 というか、子どもの前に私の生身を見て、引かない男の人を探すところから始めないと。アンドロイドは普通の女の子の形や身長しているけど、生身は小学生みたいに小さいんだ」


 なな実があっけらかんというので、彩愛は臓器移植が終わるまで深く考えないようにしようと思った。


 通話を終え、タブレットを閉じようと、ふと指先を見ると紙で切ったような痕があった。


 特に痛みもなく、血は出ていなかったことから、昨日学校で紙に触った時に切ったのだろうと考えた。


 気になって切り傷を擦ってみると、溝が埋まるように消えてしまった。


「なにこれ…」


 切れて浮いた皮膚がくっついて、傷が塞がったのかと思ったが、浮いた皮膚などない。


 撃たれた腹は培養した皮膚を縫い付けたと聞かされたが、指までは聞いていない。


「私、おかしいのかな」


 不安が襲い、逃げるようにベッドに潜り込んだ。


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