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dOLls〜私はヒトか考え中〜  作者: 卯月よひら
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1話 通り雨

―――人生の分岐点は、それまでの空気や温度をなかったかのように変えてしまう、夏の通り雨のようだ。









 街中を歩いていた少女は、ふいに見知らぬ男に名を呼ばれ、振り返る間もなく、身体に強い衝撃を受けた。





 彩愛(あやめ)は、目を開けると見たことのない天井とベッドの硬さに戸惑いを覚えた。


 ここはどこで、何故自分がここに寝かされているのか、夢現で考えていると、自分と同じ年くらいの少女が、眼の前にひょっこり現れた。


 彩愛の視線が自分を捉えたと気づくと、少女の顔に笑みが咲いた。


「気がついた?話せる?」


「なな実?」


 少女の名前は棚倉なな実。彩愛とは、同じ高校に通う友人である。


 そのなな実は、茶色く染めたボブヘアを耳にかけながら、ニコニコ笑っている。


「そう、なな実だよ!自分のことわかる?名前とか年とか」


「私?宗方彩愛。十七歳だけど?」


 なんでいまさらそのようなことを聞くのかと不思議に思っていると、ベッドの横にあった椅子に、なな実は大きく息を吐きながら座った。


「よかった。記憶はちゃんとしてそうだね。あっ、ナースコール、ナースコール」


 彩愛の手元付近にあった、オレンジ色のナースコールをなな実が押した。


 ベッド脇の壁についている小さなスピーカーから女性の声がして、すぐに向かうと応答があった。


「記憶がちゃんとあったってなに?ここは病院?私はどうしちゃったの?」


 彩愛が早口になりながら聞くと、なな実は、眉根を寄せて困った顔をしたが、意を決したように口を開いた。


「ここに来る前のことを覚えている?」


「ここに来る前?学校にいたと思うけど…」


「凛の誕生日プレゼントを買おうって、一緒に駅ビルに行ったのは?」


 凛とは、彩愛のクラスメイトで友人だ。今週末が誕生日だったため、なな実と一緒にプレゼントを買いに行ったのだ。


「うん、行ったね。レーザーウォッチの可愛いベルトがほしいっていってて…」


 レーザーウォッチは、光を放射し、空中にディスプレイを映して映像を見たり、メールを打つことができる腕時計である。


 メーカーは色々あるが、本体自体はみな似たような形や色をしているため、ベルトの柄を変えてお洒落を楽しむ人が多い。


 買った商品の柄まで覚えていたが、その後のことをいくら考えても彩愛は思い出せなかった。


 懸命に思い出そうとしていると、病室に白衣を着た三十代くらいの女性と、彩愛の祖父である宗方龍之介が入ってきた。


「おじいちゃん」


 彩愛が呼びかけると、龍之介は深く安堵した表情になった。


「彩愛、名前や私のことをわかったよ。一緒に駅ビルに行ったことも覚えているみたい」


 なな実が、白衣の女性に話しながら立ち上がった。


 白衣の女性が胸につけたネームプレートを彩愛に見せてから、なな実があけた椅子に座った。


「私はあなたの担当医の、等々力(とどろき)華菜(はな)です。

 どこか、不調はありますか?頭や身体が痛いとか、だるいとか」


「…なんとなく、身体が重いです。重石つけているみたいで。

 あの…私、どうしたんですか?」


 華菜は、ちらりと龍之介を見てから、淡々と説明した。


「あなたはなな実と別れてから、何者かに銃で撃たれました。一部は肺や心臓をかすめており、幸い人のいるところだったので、病院へ搬送が間に合い、一命を取り留めましたが、身体の多くの臓器に損傷がみられ、人工臓器になっています。あなた自身の各臓器の細胞を採取できたので、現在臓器の培養をしています」


 彩愛は無意識に胸を触った。撃たれたことも、死線を彷徨っていたことも記憶にない。


「私はサイボーグになったってことですか?」


 サイボーグとは、四肢や臓器の一部を人工物に変えるまたは、能力を機械によって補足する技術であり、義足や義手も含まれる。


 脳以外のすべてを人工物に変えるという実験もあったが、脳という有機物と、機械という身体の無機物双方を人の形に納めて維持するのが難しく、二一〇〇年を過ぎた現在も普及には至っていない。


 サイボーグはロボットと混同されがちだが、ロボットは人間に似た動作機能持つ機械だ。ロボットの中で人間の形をしているものが、アンドロイドと呼ばれている。


「現時点、では。すべての臓器が完成次第、また手術になる。大丈夫。あなたは死線を切り抜けた。自分の生きる力を信じなさい。

 記憶障害があるかもしれないから、おじい様やなな実とたくさん話して、昔のことを思い出してみなさい。

 記憶もそうだが、身体も少しでもおかしいと思ったらすぐにおじい様か、病院に連絡して」


「わかりました」


 真顔だった華菜が、彩愛の不安を和らげようとしたのか、頬を緩ませた。


「自分の身に何が起きたのか、混乱しているでしょう。身体以外でも、不安に思ったら周りの人に相談して。

 さて、身体は自力で起こせたみたいだけど、立てるかな?」


 ベッドについている手すりを掴みながら、ゆっくりと床に両足をおろした。


 しばらく寝ていたせいか、足にうまく力が入らず、膝が砕けそうになる。


 一歩を踏み出そうにも、まるで濁流に足が取られているかのように重い。


 だが、息があがったり、疲れは感じなかった。ただひたすら身体も足も重く、スムーズに動かせないのだ。


「自分の身体じゃないみたい」


 彩愛が困惑していると、華菜は彩愛の腕を支えて歩行を助けた。


「リハビリすれば大丈夫。あなたは若いし、すぐに感覚をつかめるようになるよ」


 病室内をぐるりと一周歩いたあと、空のコップを掴む練習をしたが、距離感が掴めず握れなかった。


「今日は入院して、しばらくリハビリしましょう」


 華菜が言うと、龍之介が黙って頷いた。


 なな実が、ベッドに腰を下ろしていた彩愛の手を握った。


「また来るね。早く元気になって。凛も心配していたから、連絡してあげて」


「わかった。あっ、凛の誕生日…」


「私からプレゼントを渡しておいた。凄く喜んでて、その場でつけていたよ」


 ありがとうと連呼して、ニコニコ笑っている凛の姿が想像できて、彩愛は早く凛に会いたいと思った。


 華菜も龍之介たちと一緒に病室から出ていってしまい、手持ち無沙汰になった彩愛はもう一度コップを掴む練習をした。


 一度距離感がわかると、失敗することがなかった。


「やった」


 と小さく呟いてから、病室を見渡した。ベッドの他には窓に沿って木製のテーブルがあり、その上にタブレットが置いてあった。


 テレビなどの大型スクリーンは、病院に置かれておらず、動画を観たい時はタブレットで観る。


 レーザーウォッチで動画を観る人もいるが、画面が小さく向こう側が透けるため、タブレットやテレビで観るのが一般的だ。


 タブレットやテレビも百年前に比べて、紙のように軽く薄く、折りたたんだり、丸めて持ち運べるものもあり、広い壁のある部屋ならどこにでも設置ができる。


 キャンプなどに持っていき、車の車内やボディに貼り付けて観るという楽しみ方もあるようだ。


 タブレットの他に、病室にはトイレとシャワールームが別々にあり、すべてに手すりが備え付けられている。


 彩愛は入院したことがなかったので、ドラマなどで病室を見たことはあったが、実物は初めてであった。


 龍之介がわざわざ個室を取ってくれたのだろう。


 他の病室も見てみたかったが、一人で歩く自信がなく横転するのが怖かった。


 タブレットが繋がれているコンセントには、彩愛のレーザーウォッチが充電されていた。


 レーザーウォッチの電源を入れると、問題なく起動した。


「壊れてなさそうでよかった」


 レーザーウォッチのトップ画面に示された日にちに、彩愛は実感なかった。


 凛の誕生日プレゼントを買いに行ってから、二週間以上が過ぎており、月が替わっていたのだ。


「よく、生きていたな、私」


 相変わらず、身体は重かったが、幸い痛みはなかった。


 レーザーウォッチに入れているSNSアプリを起動し、メッセージが来ているか確認すると、撃たれた当日に凛からメッセージが来ていた。


「なな実から聞いた。撃たれたって聞いたよ!大丈夫?」


 その後のメッセージはなかった。彩愛からの返事はなく、昏睡状態ではメッセージを見ることすらできないと気がついたのだろう。


 彩愛は今日起きたとメッセージを送ると、すぐに返事がきた。


「なな実から聞いたよ!目が覚めてよかった!!今、病院だろうから通話は無理だよね?声聞きたいよぉぉ!!」


 病室で通話していいか確認していなかったため、また連絡すると返信した。


 通話は、レーザーウォッチに内蔵されてあるマイクに話しかけるか、ブレインマシンインターフェイスの機能を使うかである。


 ブレインマシンインターフェイス・通称BMIは、脳やこめかみにインターネットを接続できる端末をつけ、検索や通話ができるシステムだ。


 マイクをオンにすればこちらの声を拾ってくれる。


 また検索は、カメラ付きメガネを起動させて視覚に捉えたものを検索するか、こめかみにつけたスイッチを押して特定のワードを言ってから検索できるようになる。


 令和の時代で例えるなら、スマートフォンの機能が頭と腕についている状態だ。


 BMIを利用した端末の操作方法はメーカーやサービスによって違うが、日本では、ぶれねっとというサービスが人気だ。


 数十年前にぶれねっとが登場したとき、日本は大騒ぎになった。男性の大臣がブラネットと聞き間違え、ブラジャーネットかと会合で失言したことで、退任したという事件もあった。


 脳に直接端末をつけることに抵抗がある人々も多く、日本ではなかなか普及しなかったが、こめかみにつけるタイプなどの登場により、若者の間に広まった。


 こめかみに音声端末をつけることで、骨伝導イヤフォンのようになり、音声が直接耳の内部に聞こえる。


 通話は相手の声は自分だけしか聞こえないが、自分が話す声は周囲に聞こえてしまうので、病院や公共施設での通話は避けるのがマナーになっている。


 音声と同様に脳の視覚部分に映像を流して観ることは可能だが、目を開いていると視覚情報と混乱するため、疲れやすく、目を閉じれば眠くなる人もいる。また広い空間で音響や臨場感を楽しみたい人は多く、年配者になるほどBMIの普及率は下がるため、今でも映画館は人気だ。


 BMIを利用した作品も多く上映されており、脳に情報を直接送ることで作品内が雨なら肌に雨が打つ感覚を体験できたりと、五感を作品に没入できる。


 ただ高度な技術が必要なことから、端末が高価になりやすく家庭での利用はハードルが高い。


 映画のみならず、低価格で作成されたもので家庭用ゲーム機も人気だ。


 これらは視界や聴覚を外界からシャットアウトしてしまうため、火災や地震が起きた時に気が付かず、逃げ遅れるというリスクもある。実際に、過去火災や地震で亡くなった人もいた。


 凛に返信すると、病室のドアが開いた。


「調子はどうだい?」


 龍之介がいないせいか、華菜の雰囲気や話し方は砕けていた。


「コップをつかめるようになりました」


 コップを掴んで見せると、華菜はうんと頷いてから、歩くように言った。


 先程と同様、一人で歩くにはぎこちなかった。


 華菜はノートのように薄いタブレットを開き、彩愛の動作と画面を交互に確認してから、何やらタブレットを操作していた。


 カルテでも書いているのだろうと、彩愛は思った。


「彩愛が寝ている間に、こちらで微調整しておくよ。起きたらスムーズに動けるようになっているはずだから。身体が重く感じるのは、元々の臓器より、機械である人工臓器の方が重いからだ。もし、体重計にのって増えていたら、それは君が太ったわけではないからね」


 彩愛にベッドに横になるように言い、ベッド横の壁にあった小窓を開けるとたくさんのコードが垂れ下がっていた。


 その中にある赤いコードを、華菜は手に取った。


「人工臓器のチェックをするけど見ているのは嫌だろうから、今から寝てもらうけど、友だちとかに入院の連絡はした?」


「あっ、はい。そうだ、病室で通話はいけないですよね?」


「大声だしたり、診察中でなかったら構わないよ。通話する?」


「急ぎじゃないんで大丈夫です。あの…ごはん食べないで寝ても大丈夫ですか?」


 束ねたコードを解す華菜の手が一瞬止まったのを、彩愛は気が付かなかった。


「…残念だが、胃もやられていて臓器を作っているところなんだ。だから食べても消化できないから、しばらく点滴になる。空腹を抑える薬も一緒に入れておくから、お腹はすかないと思う。排泄とかも寝ているときに終わらせるようにしておくよ。

 撃たれたショックもあるし、以前と変わってしまった身体を見て傷つくだろう。今は焦らず、徐々に現実を知って向き合ってほしいと、君のおじいさんは言っていた。

 自宅にも病院と同じ機材を用意していると言っていたから、退院まで接続の仕方を覚えてほしい」


 華菜の話に違和感があったものの、臓器がサイボーグになった人が身近におらず、何がおかしいのかはっきりわからなかった。


 そのため、彩愛は華菜の言葉を鵜呑みにするしかなかった。


―――明日起きたら、検索すればいいし。


 赤いコードを渡され、頭についているBМI端末に差すように言われた。


「充電開始から五分後に眠るように設定してあるから、寝る時の設定や起きる時間を変えたかったら言ってほしい。あと、これをヘソに差して…」


 青いコードは赤いコードより太かった。


「おヘソに、ですか?」


「ヘソの下にバッテリーがあって、そこから各臓器へ電気がいく。充電を忘れると人工臓器が動かなくなるし、君の心臓も止まってしまうから、必ず毎日充電すること。

 新しいバッテリーだから、激しい運動しない限り、二十四時間ちょっとは動くけど、バッテリーが古くなれば持続時間も短くなるから注意だね。まあ、その前に培養臓器が完成していると思うけど」


 ヘソにプラグを差すのを抵抗があったが、心臓が止まっても困る。


 彩愛がヘソに差す時によほど渋い顔をしていたのか、華菜は笑った。


「不愉快だったかい?」 


「少し、くすぐったかったから」


「くすぐったかったか。腹部を切開しているから、傷が目立たないように培養皮膚を移植している。ちゃんと反応しているようでよかった」


 皮膚も人工的に作られたものだと知り、無意識に彩愛は腹をさすった。


「私はボロボロだったんですね」


「ああ、執刀医いわく、生きているのが不思議だったそうだ」


「執刀医?先生ではないの?」


「私はメカ担当でね。君の人工臓器が正常に機能しているか診るために、私に担当が変わったんだ。

 培養した臓器がすべて出来上がったら、君の身体に戻す手術をするから、担当が変わるよ」


「そう、だったんですね。メカ担当…。なな実も担当しているんですか?」


 なな実と華菜が親しげに見えたし、華菜がなな実を呼び捨てにしていた。


 なな実は慣れれば人懐こいのだが、人見知りするため、彩愛の見舞いに来てすぐに華菜と仲良くなるとは思えない。

 

「ああ。なな実が普段アンドロイドを使っているのは、知っているんだね。彼女のアンドロイドを作るのに私が協力したよ。彼女が幼いときから知っている」


 彩愛はなな実の生身に会ったことはないが、本人から生まれつき五体不満足で、ベッドから自力で起き上がれないと聞かされていた。


 そのため、学校に行ったり、日常生活を送るのに、アンドロイドと自分の脳をインターネットで繋げて、遠隔操作しているという。


 いわば、身体は部屋にいて、アンドロイドがなな実のアバターとなって、なな実の身体の代わりに活動しているのだ。


−−−アンドロイド、アバター…。


 彩愛の脳裏にひっかかったが、ピピっと、アラームが鳴るのが聞こえると、まぶたが落ちて眠りについた。



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