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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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須磨巻~離京の別れ1~

『今の世はまことに厄介で、体裁の悪いことばかり増えるので、素知らぬふりをしてやり過ごそうとしても、さらに悪い事態になるかもしれないと、光る君は考えるようになられた。


 あの須磨は、昔こそ人の住処などもあったが、今はすっかり寂れて、漁師の家さえ滅多に無いとお聞きになるが、「人の出入りが多い住まいは望ましくないが、都からあまり遠ざかるのも、家のことが心配になるだろうし。」と、思い悩んでいらっしゃる。


 嫌なものと諦めきった世間も、これが最後とお思いになると、ひどく捨てがたいことが多い。

 中でも、姫君(紫の上)が、毎日のように嘆いているのが悲しいことである。一日二日離れて過ごすときでさえ気がかりで、女君も心細くお思いになるのに、何年と決まっていることでもなく、いつかまた逢えると思いながらも、先の分からない世の中であるから、そのまま今生の別れとなるのではないかと、たいそう悲しく思われる。

「いっそ、こっそり連れていこうか。」と思いなさる折もあるが、波風のほかは行き来する人もないような心細い海辺の土地に、こんなかわいらしい女君を連れていっても全くそぐわないし、ご自身にとっても、かえって物思いの種になるだろうと思い直される。それでも女君は、

「どんな辛い旅路でも、ご一緒できさえすれば・・・」

とほのめかして、悲しそうにしていらっしゃる。


 あの花散里は、心細い境遇をこの君の庇護下でお過ごしになっておられるので、光る君のお訪ねこそ稀であるが、今の情勢を嘆いていらっしゃるのは当然である。わずかでも、お付き合いをされた御方々は、人知れず心を痛めていらっしゃる方が多いのだった。


 入道の宮(藤壺宮)も、世間が聞いたらまたどのように取り沙汰されるだろうかと憚られるが、人目に触れないようお見舞いが常に寄せられる。「昔もこのように優しさを見せてくださったら」と思い出されるが、それほどまでに、心労の限りを尽くさねばならないような宿縁であったのだと、辛くお思いになる。


 三月二十日すぎあたりに、都をお離れになった。人にはいつ発つとお知らせにならず、ただいつも近くにお仕えしている人々七八人ほどを御供にして、ひっそりとご出発なさる。

 しかるべき所々には、お手紙だけをこっそり差し上げた。』




出発した、と言いつつ、時間は少し巻戻ります。お別れをしなければいけない人々がいるのです。

出家してから一年以上、藤壺の宮は、中宮の位を降りたのでしょうか。入道の宮になっていますね。

密通事件から九ヶ月ほど経過していますが、その間何があったのかは、徐々に描かれていきます。

なぜいきなり須磨が出てきたかと言うと、古今和歌集に、須磨に蟄居させられた人の歌が載っているからです。光る君のモデルとも言われる在原業平(ありわらのなりひら)のお兄さん、在原行平(ありわらのゆきひら)は、兄弟の中では最も出世して中納言まで昇進しましたが、一時期、須磨で謹慎していました。一説には、謹慎中に現地の美人姉妹と恋仲になったとか。兄弟揃って、光る君のモデルだったのでしょうか。




『ご出発の二三日前に、夜陰にまぎれて前左大臣邸にお越しになった。

 粗末な網代(あじろ)車で、隠れるようにして御邸にお入りになるのも、人々はひどく胸がつまるように思われる。

 御部屋はたいそう寂しげな感じがして、若君の御乳母たちや、昔お仕えしていた女房の中で残っている者たちが、久方ぶりのご訪問を聞いて集まってくる。光る君を拝見するにつけても、それほど思慮深いわけではない若い女房たちさえ、世の無常が思い知られて、涙にくれている。

 若君はとても可愛らしく、はしゃいで走り回っていらっしゃる。

「長く会わなかったが、私を忘れていないのは感心だ。」

といって、膝にのせておられる面持は、涙を堪えかねていらっしゃるようである。


 大臣がこちらにおいでになり、対面なさった。

「昔話でもしにお邸へ参上しようかと思いましたが、病気が重く、職を辞して位も返上しておりますのに、私用では出歩くのか、などと世間からは言われるでしょうから。世を憚る必要のない身にはなりましたが、たいそう厳しい世の中が、ひどく恐ろしく感じます。このような御事を拝見するとは、長生きが嫌に思われる末世でございますな。天地を逆さまにしても、思いもよらない事態でございますよ。」

と、涙を落とされる。

「どのようなことも、前世の報いだそうですから、つまるところ、ただ私の運のつたなさです。このように官職を剥奪されたわけでもなく、ちょっとした罪に関わって朝廷からお咎めを受けた者でも、普通に生活をしているのは罪が重いと、外国でも定められているそうです。ましてや私を遠流にという話もあるそうですから、特別に重い罪に当たるような事なのでしょう。潔白であると申しましても憚りは多く、今より大きな恥を受ける前に、ここを離れようと思い立ちまして。」

など、こまごまと申し上げる。

 昔のお話、故院の御事、故院のご遺言などについてお話しして、大臣は直衣の袖を離せないほど涙を流されるので、光る君も気丈にしていることができない。

 若君が無心にそこらを動き回って、あちこちの人になついていらっしゃるのを、たいそういじらしくお思いになる。

「亡くなった人(葵の上)を忘れる時はなく、いまだに悲しい気持ちですが、もし存命であれば、この事をどんなにか嘆くでしょう。このような目を見ずにすんで良かったのだと、そう思って慰めております。幼い方が、こうして年寄の中に残されて、父君に甘えられずに月日が過ぎていくと思いますと、何よりも悲しいことです。実際に罪を犯した人も、ここまでの処罰を受けた前例はありません。異国の朝廷にこうした例はありますが、何か根拠があったからこそでございますのに。どのように見ても、思い当たるところがありませんので。」』



思い当たるところがない・・・帝の妻と密通するのは罪にならないんでしょうか。国によっては死罪になりそうですが。

史実では、三条天皇が東宮だった時に、妃の藤原綏子が源頼定という公卿と密通事件を起こしています。頼定は四位の参議になっていましたが、三条天皇が在位中は昇殿を許されず、昇進もなかったそうです。しかし官位が剝奪されるわけでもなく、三条天皇が退位すると、正三位まで昇進しています。そう考えると、官職剥奪はやりすぎで、まして流罪は重過ぎる、ということになるのでしょう。


ここでいう罪というのは、謀反の事ではないかと思います。皇太后は、光る君が帝の事も右大臣一族の事も軽んじていると怒っていましたからね。謀反の意志あり、と決めつけて流罪にしようとしているようだ、と光る君は感じたので、その前に自分から人里離れたところで謹慎しようとしたのです。


ちなみに、藤原綏子は藤原道長の異母妹で、尚侍(ないしのかみ)として入内しました。三条天皇の母は、綏子の異母姉なので、物語同様、甥と叔母の関係です。密通が発覚した後は里に下がりましたが、道長の後ろ盾があったので、位階はむしろ上がり、生活の心配もなく、頼定の子供を産んだらしいです。朧月夜さんのモデルでしょうか。

いろいろな登場人物がいますが、こうしてみるとモデルには事欠かないですね。




『三位中将も参られて、お酒など召し上がられているうちに夜が更けたので、今夜はお泊りになる。女房たちにお話などさせて、皆が寝静まると、密かに情けをかけていらっしゃる中納言の君と、とりわけ睦まじく語らっておられる。この人のために今夜はお泊りになったのだろう。

 夜が明けてしまう前に発とうと、妻戸を押し開けてお座りになり、

「再び逢うのは難しいようだ。このような事態になってしまうとは予想もできず、気軽に逢おうと思えば逢えた時を、のんびり構えて過ごしてしまったものだ。」

などとおっしゃると、中納言の君は、ものも申し上げず泣く。


 若君の御乳母の宰相の君を介して、大宮よりお手紙が届いた。

「私自身で申し上げたかったのですが、目の前が真っ暗になるような心地でためらっておりますうちに、夜の深いうちからご出発なさるとうかがいました。情勢が変わったのだという心地ばかりしますよ。不憫な子が眠っている間くらいはと思いますのに、少しもゆっくりとなさらず・・・」

 光る君は涙をこぼされて、御返事というわけでもないが、亡き妻を思いつつ、これから赴く地をお詠みになる。

「暁の別れは、こんなにも辛いものだろうか。」

「いつでも別れという言葉は嫌なものだと聞いておりますが、今朝はやはり、比類もなく辛いと存じます。」

と、宰相の君は鼻声で、心底辛そうな面持ちをしている。

「申し上げたいことも、返す返す考えてはみたのですが、ただ胸がつまるようですので、どうかお察しください。眠っている子は、会えばかえって離れ難くなるに違いないので、あえて会わずに行くことにします。」


 ご出発なさる時、女房たちがのぞいてお見送りする。入方の月がたいそう明るく照らす中、ますますしっとりとお美しく、物思いに沈んでいらっしゃるご様子は、虎や狼でさえ泣いてしまうにちがいない。まして、幼い頃からお世話申し上げてきた人々なので、たとえようもない御境遇を、おいたわしいと思う。

悲しみばかりが尽きず、お帰りになった後、不吉なまでに人々は泣きあっていた。


 亡き人の 別れやいとど 隔たらむ 煙となりし 雲居ならでは

(亡き娘ともますます離れてしまうでしょう。娘が煙となった都の空の下から居なくなってしまうのでは)』


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