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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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賢木巻~世は移ろい~

『中宮(藤壺宮)は、日常の事や東宮に関することなどは光る君を頼りになさっている様子だが、他人行儀な御返事のみなさる。恨めしくは思われるが、これまで何事においてもお仕えしてきたので、これ以上距離を置くと不審に思う人もいるだろうとお思いになって、退出なさる日にお迎えに参内なさった。

 

 まず帝の御方へ参上なさると、帝はくつろいでおられる時で、いろいろなお話をなさる。御顔立ちは院にとてもよく似ていらっしゃって、そこにもう少し優美な雰囲気が加わり、優しく柔和であられる。

 尚侍かむの君(朧月夜)についても、光る君との関係を御存知で、そうした雰囲気にお気づきの折もあるのだが、

「何ということがあろうか、今に始まった関係ではないのだし。そのように心を通わせても、おかしくはない二人なのだ。」

としいてお考えになり、お咎めにもならないのであった。』



本当ですか、(おにいちゃん)?!

それでいいんですか?人がよすぎませんか?どんな経緯があれ、今は自分の妻でしょう?普通なら嫉妬で兄弟関係壊れますよね。

こういうお兄さんて実際いるものでしょうか?寛容というか、謙虚すぎるというか。

これが天子の徳というものでしょうか。

まあ、だからこそお母さんやお祖父さんを抑えられないんですよね。



『ありとあらゆる物語や、学問で疑問に思われる事をお尋ねになり、また恋歌にまつわる話などもお互いになさるついでに、斎宮が伊勢に下向された日のことや、その顔だちの美しかったことなどを、帝がお話しになるので、ご自分も気を許して、野宮のしみじみ心にしみた明け方のことを、すっかり打ち明けられたのだった。』



この兄弟は仲が良いようですね。

あのお母さんでよく息子がこんな温厚に育ちましたね。誰に似たんでしょう・・・。

藤壺宮が、漢の(せき)夫人に自分を重ねたシーンがありましたが、(せき)夫人を死に追いやった呂后は政敵に容赦のない強い性格で、その息子の恵帝は温和な性格だったそうです。紫式部はそのあたりもヒントにしたのでしょうね。

それにしても光る君、仲のいいお兄さんなら、なおさら申し訳ないと思わないんでしょうか。



『二十日の月がしだいに出てきて、しみじみ風情の深い頃であるので、

「管弦の遊びなどもしたくなる時分であるな。」

と帝が仰せになるが、

「中宮(藤壺宮)が今夜退出なさるのでお迎えに参ったのです。故院のご遺言がございますし、他にお世話申し上げる人もいないようでございますので。東宮の母君であられますし。」

と申し上げる。

「東宮を我が皇子にせよと、故院がご遺言なさったので、東宮には格別に気を遣っているのだが、ことさらに分け隔てをするのもどうかと思ってな。年のわりには、とりわけ上手に字を書くようで、何事においても目立つところのない私の面目も立つというものだ。」

「大方は、とても賢く大人びたようでいらっしゃいますが、まだとても幼いので。」

など、東宮の普段のご様子も奏上なさる。

 退出なさるとき、大后の御兄の藤大納言とうだいなごんの子の頭弁とうのべんという方が、妹の麗景殿の御方に行くところに行き会った。時勢に合ってはなやいだ若者で、思いどおりにならないこともないのだろう、しばらく立ち止まって、「白虹日を貫けり 太子畏ぢたり」と、とてもゆったりと口ずさんでいく。大将は聞くに堪えぬ思いであるが、咎めることもできない。

 大后の御機嫌はとても恐ろしく、厄介そうなことばかり耳に入ってくるが、このようにお身内の人々までも態度に現して何か言うような事もある。面倒にはお思いになったが、素知らぬふりをされていた。』



『白虹日を貫けり。太子畏ぢたり。』

始皇帝を暗殺するため、(えん)の太子が荊軻(けいか)という人を送り込みましたが、太陽を白い虹が貫くのを見て、計画が失敗しないかと恐れた、というエピソードが『史記』に載っているそうです。

頭弁とうのべんという人は、「東宮が光る君を帝のもとに送り込んだようだけれど、暗殺は失敗するだろうよ。」と揶揄しているのです。物騒ですね。面と向かって直接言えば注意もできるけれど、漢詩を口ずさんだだけだし、大后の縁者なので強く出られないんですね。


月に(かさ)がかかっているのはよく見ますが、太陽にも(かさ)がかかることがあって、この日暈の事を白虹といいます。光の輪が太陽の周りにあるような感じですが、同時に幻日や幻日環というのも見えることがあります。太陽ではないところに光が見えたり、光の筋が太陽を貫いて見える現象です。

古代中国では、「白虹が太陽を貫く」「太陽が二つ見える」「彗星が現れる」は兵乱の予兆とされていました。(えん)の太子がこれを見てポジティブになれなかったのは、そもそも暗殺の成功率は低いと思っていたからかもしれません。



『「帝の御前に参っておりましたので、遅くなりました。」

と、中宮(藤壺宮)にご挨拶申し上げる。

 このように月の見事な折は、故院が管弦の遊びを催されて、はなやかにお過ごしになられたものだが、同じ御垣の内であるのに、変わってしまったことが多く、中宮は悲しく思われる。

 宮中に深く霧が立ち込めて隔てられているようだと嘆くご様子は、ほど近いところにいる光る君にもほのかに感じられ、自然と辛さも忘れて、まず涙が流れ落ちる。

「月は昔と変わりませんのに、霧が隔てるのが辛いことです。桜と隔てる霞は人のようだと、昔から言われておりますが。」とご自身の気持ちも織り交ぜて返答なさる。


 中宮は東宮との別れが名残惜しくて、あらゆる事をお話しなさるが、東宮が深くご理解なさらないので、とても不安にお思いである。

 東宮は、いつもはとても早くお休みになられるのだが、今夜は、母宮がご退出なさるまでは起きていよう、とお考えのようである。残念そうにしておられるが、ついて行くことはできないのを、中宮はとても悲しく御覧になる。


 大将(光る君)は、頭弁とうのべんが口ずさんでいたことを思うと、御心がとがめて、尚侍(かむ)の君(朧月夜)にもご連絡なさることもなく月日がすぎた。

 初時雨がそろそろ降るかという頃、尚侍(かむ)の君から、

「木枯の 吹くにつけつつ 待ちし間に おぼつかなさの ころも経にけり

(木枯が吹くたびにお便りはないかと待ってる間に、もどかしい思いの日々が過ぎてしまいましたよ)」

とお便りが来た。しみじみと感じる時節であり、人目を忍んでお書きになった様子もいじらしいので、御使を引きとめて、特別な唐の紙を選び出し、筆なども特別に心をこめて調えていらっしゃるのを見て、御前にいる女房たちは、「どのような御相手なのでしょう」と、互いにつつきあう。

「申し上げても甲斐がないので気が滅入っておりました。自分だけと思っておりましたが、心が通じているのなら、この長雨の空を眺めながら物思いに沈む気持ちも、どれほど紛れることでしょうか。」

など、心のこもった手紙になった。


 このように光る君の興味を引こうとする文は多いようだが、無愛想にならない程度に返事をなさって、御心に深く留めることはないようである。』



人付き合いを控えていても、女性からの手紙はたくさん来るということでしょうか。さすがですね。

それにしても、朧月さんも朧月さんですね。せっかく自然消滅の機会だったのに、自分から誘いをかけてしまいました。立場上よろしくないことは、当然分かっていると思います。

困った人たちですね。


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