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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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賢木巻~伊勢下向~

後朝(きぬぎぬ)の御文がいつもよりも細やかで、気持ちが折れそうなほどであるが、決心をひるがえすことはない。

 男は、それほど思っていない場合でも、恋情のためならうまく言い続けるようである。まして並の相手とは思っていない方が、こうして別れようとなさるので、光る君は残念に思い悩んでおられるのだろう。

 旅の装束から女房たちのものまで、調度品などを立派にととのえてお贈りなさるが、御息所は何ともお思いにならない。伊勢下向の日が近づくにつれ、軽々しく辛い浮名を流してしまった我が身のありさまを、今さらのように寝ても覚めても嘆いていらっしゃる。


 お若い斎宮は、母御息所の御出立が、こうしてはっきりと定まっていくのを、うれしくお思いである。世間の人は、例のないことだと、非難したり同情したり、さまざまに取り沙汰するだろう。何ごとも、人から非難されない低い身分の者は気軽である。かえって、抜きん出て高い身分の方々は、窮屈なことが多いのだ。』



今さらですね、光る君。ところどころ特別に思っていても、けっこう放置してたし、生霊になるほど追い詰めましたからね。この一年は紫の上に夢中で完全放置。何を思って引き留めようとしているのか、むしろ謎です。


さて、野宮での潔斎を終えると、斎宮は桂川で御禊をして、宮中での儀式に臨みます。その後、いよいよ伊勢へと向かうのです。

この野宮、毎回占いで場所が決まります。現在の野宮神社もその跡地の一つだそうですが、一年程度しか使わない宮を、毎回新しく造営するなんて大変です。伊勢までの六日ほどの行程も、事前に道を整えて、毎晩の宿所も用意しておかなければなりません。宿場町とか高級旅館とか、ありませんからね。朝廷に力がないとできないことです。そのためか、南北朝の頃を最後として、斎宮の派遣は行われなくなりました。



『十六日、桂川で御祓をなさる。いつもの儀式よりも立派で、長奉送使ちょうぶそうしやそれ以外の公卿も、身分高く名声のある人々をお選びになっている。院の御心添えもあったからだろう。

 野宮をお出になる時、大将殿(光る君)から「口にのぼらせるのも畏れ多い御前に」と木綿(ゆう)に結びつけて、文を差し上げる。

「鳴る神(雷)でさえ、思い合う仲を裂くことはないといいますのに

 八洲(やしま)もる 国つ御神も 心あらば 飽かぬ別れの 仲をことわれ

(日本国を守る国つ神も心があるならば、尽きぬ思いで別れねばならない訳をお聞かせください)

考えますに、納得できない気がいたしますよ」


 ひどく騒がしい時だが、御返事がある。斎宮の御歌は、女別当に書かせなさる。

 国つ神 空にことわる 仲ならば なほざりごとを まづや糾さむ

(国つ神が御二人の仲をお裁きになるなら、あなたの真心のない言葉をまずお咎めになるでしょう)


 大将(光る君)は、宮中にも参上してご様子を見たいと思われたが、うち捨てられて見送るような格好になるのもきまりが悪いので、思いとどまって、ぼんやりと物思いにふけっていらした。

 斎宮の御返事が大人びていらっしゃるのを、ほほ笑んで御覧になる。お年のわりには情緒を心得ていらっしゃるものだ、と心を動かされる。このように、普通ではないことにこそ、必ず心惹かれる性分であるので、

「いくらでも好きに拝見することができた幼い頃に、会わずにいたのは残念であったな。世の中はどう変わるか分からないものだから、いつか対面することもあるだろう。」

などとお思いになる。』



光る君は誰にこの歌を送ったのでしょう。

これから伊勢で斎宮を務める人への餞別とは、とても思えませんが。しかも、愛人の娘に対して。

この後出てきますが、斎宮は現在十四歳だそうです。幼くはありませんが、なぜ仲を割くのかと泣き言を言うほど大人でもありません。

それに対して、斎宮の返歌は毅然としてます。十四歳なら、母親の不実な恋人に対してピシリと言えるくらいしっかりしている子はいるでしょうね。

でも光る君、反省するどころか、良からぬことを考えてませんかね。いつか対面することも・・・って、御簾ごしでしょうか、直接でしょうか。意味合いが大きく違ってきますが・・・。



『御息所と斎宮は奥ゆかしく、風情をわきまえたご様子であるので、物見車がこの日は多かった。申の刻(午後四時-六時)に、参内なさる。

 御息所は、父大臣が限りない地位につけようと、大切に扱われていた頃とは境遇が変わってしまって、晩年になって内裏をご覧になるにつけても、物思いは尽きず、しみじみと悲しくお思いになる。十六歳で故東宮に入内なさり、二十歳で先立たれ、三十歳になって、今日また九重(ここのえ)(宮中)をご覧になったのだ。


 斎宮は十四歳におなりである。とても可愛らしい方であるが、立派に装われたお姿は、不吉なまでに美しくお見えである。帝は御心を動かされて、別れの櫛を挿す時は、しみじみと感に堪えず、涙を流された。』



宮中を表す言葉はいくつかありますが、その中に九重(ここのえ)というものがあります。昔の中国の宮城が九重の城壁で守られていたことに由来しているらしいです。

伊勢大輔(いせのたいふ)の有名な歌がありますね。

 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな

八重桜がより華やかに、九重に見えるほど見事に咲いている、という意味かと思っていました。それに加えて、古都奈良の桜が、今日(こんにち)の宮中で美しく咲く、の意味もあったのですね。改めて、見事な歌です。


三十歳で晩年と言われると現代人にはピンときませんが、この頃はそういう感覚だったのですね。今はむしろ、現役世代の中でも若手の部類に入ると思います。五十代後半の典侍(ないしのすけ)さんが、高齢者扱いされるのも仕方ないですね。

前東宮が亡くなったのは、光る君が元服する直前のようなので、子供だった光る君と御息所は、直接顔を合わせる機会もあったのでしょう。御息所が年の差を気にするわけです。


ところでこの場面、帝と斎宮は御簾などで隔てずに顔を合わせているように読めますが、実際そうでした。

伊勢下向の際に宮中で行われる儀式を「群行(ぐんこう)の儀」といって、太極殿で行われます。

帝も神事の際に着る白装束になり、普段は玉座に座るところを床に座って、斎宮と直接顔を合わせるのです。そして、黄楊(つげ)の櫛を斎宮の額髪に差し、「京の方に赴き給うな」と言います。

元々私的な行事だったのでいつから始まったものかわかりませんが、おそらく父娘の別れの儀式として、自然発生的に始まったのではないかと思います。歴代の帝の中には、かわいがっていた娘を泣く泣く送り出した人もあり、そのまま二度と会えないこともあったでしょう。代替りか身内の不幸か本人の病気がなければ、斎宮が交代することはありませんから。

そんなわけで、従妹ではあっても普通なら顔を見るはずのない斎宮を直接見た帝、思わずキュンとしてしまったようです。

光る君のお兄さんですから、それほど年齢差がないとしても二十五歳くらいでしょうか。二十五歳が十四歳にキュン・・・。ダメなわけではありませんが、なりますかね?



『伊勢下向のお供をする女房たちが車を八省院のあたりに立てているのだが、御簾から出している袖口や色合いも、目新しく奥ゆかしい風情なので、殿上人たちも、個人的な別れを惜しむ者が多い。

 暗くなってからご出立になり、二条院の前を通る時に、大将の君(光る君)は、「私を捨てて行かれても鈴鹿川を渡りながら後悔するのでは?」という文を榊に結んで渡された。

 後日、逢坂の関の先から、「遠い伊勢にいる私の袖が濡れているかどうかなど、誰が思い起こすでしょうか」というご返事が来た。簡潔に書かれているが、筆跡はとても情緒があって優雅であり、これに情深い感じを少し加えたらとお思いになる。


 霧が降るように立ち込めて、普段と違う感じのする明け方に、ぼんやりと独り言をおっしゃる。


 行く方を 眺めもやらむ この秋は 逢坂山を 霧な隔てそ

(あの御方が行く方を眺めやろう。だから今年の秋は、霧よ、逢坂山を隠してくれるな。)


 西の対にもお渡りにならず、何となく物寂しく、物思いに沈んでお暮らしになる。まして旅路の御方は、どれほどの物思いをなさったことだろう。』



生霊を見た直後は、気味が悪いとか『心憂し』とか思っていた光る君ですが、手の届かないところに行ってしまうとなると、ずいぶん未練がましいことです。そもそも御息所に対しては、ずいぶん甘えているようなところがありましたが、受け止めきれなくなった相手に逃げられてしまった、ということですね。

個人的には、御息所にもう少ししっかりしていただいて、ピシャっと撥ねつけてもらいたかったのですが、なんとも煮え切らない二人でした。


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