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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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賢木巻~野宮の別れ~

斎宮は、新帝即位の年に卜定(ぼくじょう)(占いで決定)されます。

その年か翌年の秋に、賀茂川で御禊をして、内裏の斎院で約一年の潔斎生活に入ります。

その後、賀茂川で二度目の御禊をして野宮に移り、さらに一年潔斎を行った後、伊勢へ向かうのです。

物語では、斎院に入るのが遅れたことと、二度目の御禊の頃、六条御息所がぼんやりしていて周りがやきもきしていたことが書いてありました。新帝即位から三年目、葵の上が妊娠中の出来事です。

葵の上が亡くなった後の九月、御息所と斎宮は野宮に移りました。

それからすぐに、若紫ちゃんが紫の上になり、光る君は紫の上にご執心になって、他の女性達のことはおざなりになります。

それから約一年が経ち、光る君二十三歳の秋です。



『斎宮の伊勢下向が近くなるにつれて、御息所はなんとなく心細く思われる。

 身分の高い正妻で、けむたく思っていた大殿の君(葵の上)がお亡くなりになった後、ぎくしゃくしているとはいっても、御息所が光る君の正妻になるのではと、世間の人も取り沙汰し、御息所にお仕えする人々も期待していたのだが、その後の訪れはまったく絶えてしまい、冷たい態度であるところをみると、本当に嫌悪される事があったに違いないと、すっかり悟られて、未練を捨てて伊勢へ赴くことになさる。

 親がつきそって下向する先例も、特にないのだが、斎宮がとても手放しがたいご様子であるのを口実に、嫌な世間から遠く離れようと思われる。大将の君(光る君)は、さすがにこれが最後というように遠く離れていかれるのは残念とお思いになって、お手紙だけは、情を込めてたびたび交わされる。

 お逢いになることは、今さらありえないと、女君(御息所)もお思いである。


 六条御息所は、少しだけもとの邸にお戻りになることはあるが、ひっそりお忍びで行かれるので、大将殿(光る君)は、知ることができない。

 野宮は、心にまかせて気軽に訪れることはできないので、気がかりではありながら月日も経ってしまった。院のご気分がすぐれず、時々ご病気をなさるので、光る君も心の余裕はないが、本当に薄情な者と思われるのも嫌だし、人が聞いても自分を情知らずと思うのではないかと、御気持ちを取り直して、野宮に参られる。


 九月七日ごろのことなので、伊勢下向の日ももう間近に迫っていて、女君のほうも気ぜわしいが、立ったまま話をするくらいはと、たびたびご連絡があったので、どうしたものかと思い悩みながら、物越しの対面ならばと、人知れずお待ちしていた。

 はるかに広がる野辺に分け入ると、とても心惹かれる物寂しさである。秋の花はみなおとろえつつ、浅茅が原も枯れている中に、嗄れがちに鳴く虫の声に松風が寒々と吹きあわせて、何の音と聞き分けられないほど、さまざまな音が聞こえるのが、とてもしっとりした風情がある。

 気心のしれた前駆が十余人、従者は目立たない服装だが、特別に気を配っている様子はとても立派で、御供の風流人たちは、場所がら、しみじみと風情を感じている。

 光る君としても、どうして今まで立ち寄らなかったのだろうと、後悔なさる。


 小柴垣を外囲いにして、多くの板葺きの小屋がそこらじゅうに仮設してある。黒木の鳥居がさすがに神々しくて、憚られる雰囲気である。神官たちが、あちこちで咳ばらいをして話をしている様子も、他の場所とは違って見える。

 警護の役人が火をたく小屋がかすかに篝火で光って、人気が少なくしめやかで、ここに物思いがちなあの御方(六条御息所)が、長くお過ごしになっている様子を想像するに、たいそう気の毒にお思いになる。


 北の対の屋でご挨拶を申し上げると、管弦の音はみな止まり、奥ゆかしい気配がさまざまに伝わってくる。女房を介したご挨拶ばかりで、ご自身は対面なさる様子もないので、光る君は物足りなくお思いになる。

「こうした外出も今は不都合な立場になっております。それをお察しくださるなら、このように神域から締め出すような扱いはよしてください。心の中のわだかまりを、晴らしたいのでございます。」

と、真剣に申し上げると、女房たちも、

「たしかに、心苦しいことで。」

「お立ちになられたままでは、お気の毒で。」

など、取りなす。

(どうしたものでしょう。女房たちに見られるのもばつが悪く、あの御方のお思いになることも年甲斐もないので、出ていくのは今さら気が引けること。)

 気はすすまないが、かといって冷たくあしらうほど気丈にはなれないので、ため息をついて、ためらいながらにじり出ていらっしゃる。そのご様子は、とても奥ゆかしい。光る君は、

「せめて簀子でのご対面は、お許しいただけるでしょうか。」

といって、簀子縁にあがってお座りになられる。


 明るく照りわたる夕月夜に、光る君の立ち居振る舞いの美しさは、似る者もないほどすばらしい。

 もっともらしく弁解なさるのも決まりが悪いほどご無沙汰になっていたので、榊を少し折ってお持ちになったのを御簾の内にさし入れて、

「榊の葉の色が変わらぬように、変わらない心で斎垣も越えてまいりました。それなのにつれないですね…」

と、申し上げる。


 神垣は しるしの杉も なきものを いかにまがへて 折れる榊ぞ

(野宮の神垣は目印の杉もないのに、どう間違えて榊葉を折ったのですか)


 少女子が あたりと思へば 榊葉の 香をなつかしみ とめてこそ折れ

(このあたりに少女子がいると思ったので、榊葉の香をなつかしんで、訪ねてきて、折ったのです)』



こんな時でも二人のやりとりは、古歌をふんだんに引用しています。解説が面倒なほどです。知らなければその妙がよく分からないのですが、平安貴族の教養というのは、こういうものだったのでしょうね。



『光る君も、思いのままにお逢いできて、相手にも慕われていると思っていた年月は、のんびりかまえていい気になっていらしたから、それほど顧みられることはなかった。嫌なところが見えてからは、愛情も冷めて、こうして仲も隔たってしまったのだが、久しぶりのご対面が昔を思い出させて、しみじみと心乱れることは限りがない。過去や将来のことを思いつづけて、心弱くお泣きになる。

 女(御息所)は、そうは見られまいと堪えているようだが、堪えきれないご様子に、ますます苦しく思い、やはり伊勢下向は思いとどまるよう申し上げる。

 月も隠れてしまったのか、しみじみと情緒深い空をながめつつ、恨み言を申し上げているうちに、積もり積もっていた辛さも消えてしまったようだ。

 御息所は、ようやく「もう終わりにしよう」と諦めがついたところであったのに、心配していたとおり、対面したことでかえって心が乱れてしまった。


 若い殿上人などが連れ立って、立ち去り難く歩き回るという庭も、なるほど優美な風情があるという点でどこにも負けない様子である。

 物思いの限りを尽くされているお二人が交わされるお話の数々を、そのままここで伝えることはできない。

 だんだん明けていく空の様子は、ことさら人の手で作り出したようである。


 あかつきの 別れはいつも 露けきを こは世に知らぬ 秋の空かな

(明け方の別れはいつも悲しく涙にくれるものだが、今朝は今までになく、しみじみ悲しい、秋の空であるよ)


 立ち去りにくそうに、手をつかんでためらっておられる光る君は、とても心惹かれる様子である。

 風がとても冷やかに吹いて、松虫の鳴き枯らした声も、今がどういう折か知っているようである。さほど物思いがない時でさえ、聞きすごしがたいものを、ましてどうにもならない御悩みがさまざまある中なので、かえって歌もうまく詠めないのだろうか。


 おほかたの 秋の別れも 悲しきに 鳴く音な添へそ 野辺の松虫

(並大抵の秋の別れでさえ悲しいのに、さらに鳴いて悲しませないでおくれ、野辺の松虫よ)


 悔やまれることが多いが、どうしようもなく、空も明るくなっていくのでお帰りになる。道中、ひどく露が多く、袖を濡らす涙も多い。


 女(御息所)も気丈にはできず、面影をしみじみと思い出して、ぼんやりと物思いに沈んでおられる。ほんの少し見えた月明かりに照らされた御姿、今もまだ残っている香の匂いなど、若い女房たちは深く心に残って、神域で過ちを犯しかねないほど、お褒め申し上げる。

「どれほど避けられない旅立ちだとしても、あのような御様子を見ては、お別れできましょうか。」

と、埒もなく涙ぐみあっている。』



ふたりともスッキリしませんね。

割り切れない心の機微に共感して、切なさを感じる人もいるでしょうが、なんとも焦れったいです。

光る君はずっと放置していたのに今更だし、御息所はようやく決心したはずなのに、また引き戻されそうだし。理屈通りにいかないのが人の心、とはいえ、こういうものでしょうか。

光る君はちょっと都合の良いこと考えてるので置いとくとして、御息所は、もう思いを断ち切って距離を置いたほうがいいと思います。このままで、いいことないですから。


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