表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
81/262

葵巻〜六条御息所の苦悩〜

六条御息所は、身分も立場も教養の深さも、他人から尊敬されるはずの人でした。

残念なことに、恋人に軽く扱われているという話が貴族社会に広まってしまったので、不名誉な状況に置かれています。年の差を気にしていたので、そもそも光る君との仲は秘密にしておきたかったでしょう。

誇り高い人には耐え難いことですね。

すっぱり関係を切ってしまえばいいのに、と思いますが、そう単純にいかないのが人の心というものです。



『御息所は、物思いに沈むことが以前より増えるようになった。

 薄情な方だと諦めきってはいらしたが、光る君との関係を断って伊勢に下るのは心細いに違いないし、世間の物笑いになるだろうとお思いになる。かといって都に留まるのも、この上なく軽蔑されるだろうと思うと、心穏やかではなく、釣人の浮きのように気持ちが揺れて、寝ても覚めても思い悩んでいるためだろうか、お気持ちも不安定で体調もお悪かった。

 大将殿(光る君)は、伊勢への下向を強くお止めすることもなく、

「物の数でもない私を捨てるのはもっともですが、最後まで見限らずにいてくださるのが、浅からぬ愛情というものでしょう。」

などとからんでこられる。不安定な気分が晴れはしないかと御禊(ごけい)見物にお出かけになったのだが、荒っぽい扱いを受けて、さらに全てが嫌になってふさぎ込んでしまった。


 北の方(葵の上)は、物の怪のせいかひどくお苦しみで、誰も彼も嘆いているので、光る君も夜毎のお出かけなどするわけにもいかず、二条院にも時々しかいらっしゃらない。

 やはり、格別に重んじている女君で、普段と異なること(妊娠)もあるので、いたわしく思い、ご祈祷など色々と行わせている。

 物の怪や生霊などが多く出てきて様々に名乗る中に、特に騒ぐわけではないが、憑坐よりましにも全く乗り移らず、ただ姫君にぴたりと寄り添って片時も離れないものが一つある。優れた修験者にも従わず、執念ぶかい様子は、尋常なものではないと見える。

 大将の君(光る君)のお通い所からして、

「この御息所と二条の君などは、大将殿が並々でなくお思いのようなので、恨みも深いでしょう。」

とささやきあうが、正体は分からない。

 物の怪といっても、葵の上には特に敵という人もいない。亡くなった乳母や、代々つきまとっていて弱った隙に出てきたものなどが、ばらばらに現れる。葵の上は、ただただ声をあげて泣いていらして、時々は胸をつまらせて堪えがたそうにしているので、周囲の者は不吉にも悲しくも思ってうろたえている。


 院からも御見舞いが絶え間なく届いて、畏れ多いことにご祈祷のことまでお心遣いいただく。世間の誰もが葵の上を大切に扱うのをお聞きになるにつけても、御息所は平静ではいられない。ここ数年はそれほどでもなかった競争心を、たわいもない車争いが突き動かしたことを、左大臣家ではお気づきにならなかったのである。』



妊娠や出産の前後というのは、女性ホルモンの変動で精神状態が不安定になります。色々な体調不良も出るし、合併症に苦しんだり亡くなる人も現在の比ではなかったでしょう。

昔の人は、これを物の怪の仕業と考えたのですね。なので、治療法は加持祈祷。当時の人は、これをたいへん頼もしいものと考えていたようです。

それにしてもですね、物の怪や生霊がわらわら出てくるって・・・なんだか嫌ですね。当人から引きはがした物の怪などを憑依させる憑坐よりまし役の人間を用意して、調伏していくらしいのですが、ちょっと想像できない光景です。



『このようなお悩みがもとで、気分がすぐれないままなので、六条御息所はよそにお移りになり、ご祈祷を行わせる。

 大将殿(源氏の君)はそれをお聞きになり、どんなお加減かと、御息所の所にお出かけになられた。いつもと違う仮のお宿なので、人目を忍んでこっそりおいでになる。

 心ならずのご無沙汰を許していただけるよう、お詫びをひたすら申し上げて、ご病気の方(葵の上)の容態についても心配が絶えないことを申し上げる。

「私自身はそれほど深く考えてはおりませんが、親たちが大変心配しておられるのが気の毒で、放ってはおけませんので。万事、大らかにお許しいただけるならば、とても嬉しいのですが。」

 六条御息所はいつもより苦しそうなご様子で、光る君も気の毒に拝見なさる。

 うちとけない気持ちのまま早朝にご出発なさる光る君のお姿の美しさにつけても、やはり別れることはできないと、御息所はお考え直しになる。

(でも、大切になさっているお方(葵の上)に、ますます愛情が増すにちがいない慶事までも加わるのだから、そのお方(葵の上)に、お気持ちが落ち着いてしまうでしょう。それを、このように待ちつづけているのも気力が尽き果ててしまう。)

 かえってもの思いを新たにしておられたところに、お手紙だけが暮れに届いた。

「ここ最近少し回復していたのですが、また急にひどく苦しそうにしておりますので、捨て置くこともできませんで」とあるのを、御息所は、いつもの口実と思われるものの、


「袖ぬるる こいぢとかつは 知りながら おりたつ田子の みづからぞ憂き

(袖が濡れるこひぢ=恋路と知りながら、田に足を踏み入れる農夫のように、この恋に踏み入ってしまう我が身のなんと悲しいこと)」

とお返しになる。


 光る君は、ご筆跡はやはりすぐれていると御覧になりつつ、

(どうして男女の仲というのはこうなのだろうか。気立ても顔だちもそれぞれ捨てていいものではなく、またこの人のみと思い定めることもできない。)

と苦しく思われる。


 光る君からのご返事は、すっかり暗くなってから届いた。

「袖だけが濡れるとは、どういうことでしょう。お気持ちの深さが足りないことですね。

 浅みにや 人はおりたつ わが方は 身もそぼつまで 深き恋路を

(貴女は浅いところに下り立つのでしょうか。私のほうは身体が濡れるほど深い恋路に踏み入っておりますのに。)

いい加減な気持ちでこの御返事を差し上げているとお思いですか?」

とある。』



なんだかもやもやするのは私だけでしょうか。

どの女性も捨てがたいけど、これと決められる女性もいない、とか・・・そんなことを苦しく思わんでもらいたいです。

私の方が愛情が深いですよ、なんて口先ばかりですよね。相手はかなり苦しんでいるのですから。

辛いから離れたところに行こうとしたら、「僕を振るの?どうせ大した男じゃないけどさ、あんまり愛してないんだね。」とか言うのは、相手が年上だから甘えているんですかね。

(おとうさん)、息子さんを叱ってやってください。



『北の方(葵の上)には、物の怪がひどく現れて、大変お苦しみになる。

 六条御息所は、その物の怪が自分の生霊だとか、故父大臣の御霊など言うものがあるとお聞きになり、あれこれお考えになってみると、わが身の悲しみを嘆くだけで他人の不幸を願う気はないけれど、魂は物思いによってさまよい出るというから、もしかしたら、と思い当たることもある。

 ここ何年か、あらゆる物思いを尽くしてきたけれど、ここまで気持ちが砕けてしまうことはなかった。あのつまらない車争いの折に、相手が自分を無視して蔑ろにしたために、あれ以来不安定になった心が静まりがたく、少しうとうとする時の夢に、あの姫君(葵の上)とおぼしき人の所に行って、あちこち引き搔きまわし、普段とは違う激しく乱暴な心で、荒々しく揺さぶったりするのをご覧になることが度重なった。


「ああ、なんと嫌なこと。たしかに、魂がさまよい出たのだろう。」

と、ご自分が正気でないように思われることも時々あるので、

「大したことでなくても、世間は他人を良くは言わないものなのに。ましてこれは、どのようにも噂を立てられるに違いない。」

と思われるにつけ、ひどく悪評が立ちそうな気がして、

「亡くなった後に怨みを残すのはよくあることだけれど、それさえ罪深く忌まわしいと思われるのに、生きながら、そのような疎ましいことを噂されるとは、前世の因縁の辛いこと。もう一切、あのつれない人に、心を寄せることはするまい。」

と思い直されるのだが、『思うもものを』なのである。』



 思はじと 思ふも物を 思ふなり 言はじといふも これも言ふなり(源氏釈)


訳がなくてもこれは何となく分かりますね。

好きの反対は無関心。

残念ながら御息所はその境地に達することは出来なさそうです。

あらすじだけ読んでいた時はよく分かりませんでしたが、本文を読んでみると、なぜ御息所が生霊になったのか分かってきました。

誇りを踏みにじられることは、誰だって我慢ならないことです。身分の低い人だって足蹴にされたら恨みを抱きます。御息所は身分も高く誇り高い人ですからなおさらでしょう。なまじ育ちが良いだけに、その怒りと悔しさを外に向けることもできず、内にため込んでため込んで、自分でも気づかないうちに怨念を育んでいたんですね。

光る君がもっと御息所を気遣って慰められる人だったら、また違ったかもしれません。それ以前に、光る君の愛人ではなく、しかるべき人の正妻だったなら、こんな思いをしなくて済んだでしょうね。



『斎宮(御息所の娘)は、去年宮中に入るはずだったが、さまざまな差し障りがあって、この秋にお入りになる。

 九月には、そのまま野宮(ののみや)にお移りになるので、二度目の御祓の準備が重ねて行われることになっているのだが、御息所は変にぼんやりして、物思いに沈んで臥せっているので、斎宮にお仕えする者たちは、これを重大事と考えて、御祈祷などさまざまに行う。

 御息所は、とくに重体というわけではなく、なんとなく月日をお過ごしになる。大将殿(源氏の君)も常に御息所をお見舞いするのだが、より重要な方(葵の上)がひどく患っておいでなので、大将殿の御心は、お暇がなさそうである。』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ