葵巻~若紫と賀茂祭~
平安時代、特に都では、祭りといえば賀茂祭りのことでした。毎年春、朝廷からの勅使が訪れて、神に捧げる流鏑馬や舞楽などの行事が行われます。行事は公開されてませんが、朝廷の勅使や斎院の行列を見るために、地方からも人が押し寄せる一大イベントでした。
この祭りに先立って、斎院が鴨川で禊を行います。と言っても、川に手を浸す程度ですが。
前回の行列は、このときのものです。実は、斎院に選ばれてから祭りに参加するまで、二年の潔斎期間が必要なので、新帝が即位してから三年目、ということですね。
『賀茂祭の当日は、左大臣家では見物をなさらない。
大将の君(光る君)は、あの車争いをすっかりお聞きになり、六条御息所がたいそう気の毒で、残念なことに思われる。
「(葵の上は)重々しい性格の人だが、惜しいことに、情が薄いところがある。自分ではそこまで思わなかったのだろうが、こういう間柄は情の通った交際をすべきものとも考えていないから、下の者たちがそのように振る舞ったのだろう。御息所は、こちらが恥ずかしくなるほど気高くて奥ゆかしい方なのに、どんなにか嫌な思いをされたことだろう。」
六条の邸へ参られたが、斎宮(六条御息所の娘)がまだお邸にいらっしゃって、潔斎中であることを理由に、気安くは対面なさらない。もっともなことだとは思われながら、「なぜこのように、よそよそしくなさるのか。」とつい呟かれる。』
『かかる仲らひ(こういう間柄)』というのは、「正妻と妾の間柄」のことでしょうか?
正妻と愛人、正室と側室は仲良くできるものでしょうか。宮中のように複数の后妃がいるところでも、心から仲良くするのは難しいでしょうに。『かかる仲らひは情け交わすべきもの』と光る君は思っているようですが、普通は無理なんじゃないでしょうか。
『今日は光る君は二条院に離れて、祭を見にお出かけになる。西の対にお渡りになり、惟光に車の用意をお命じになった。
姫君(若紫)がたいそう可愛らしく装束などを整えていらっしゃるのを、微笑んで拝見なさる。御髪がいつもよりさっぱりと美しく見えるのをかき撫でなさって、
「久しく髪を切り揃えていないが、今日は吉い日であろう。」
と、暦の博士を召して、髪を切り揃えるのに適した時刻をお尋ねになる。
姫君に仕える童女は、たいそうかわいらしい感じの豊かな髪の先をはなやかに切り揃えて、浮紋の表袴に垂れかかっているあたりが鮮やかに見える。
「貴女の髪は私が削ごう。」
と言って、
「ずいぶんとたくさんあるものだな。どれほど長くなるだろうか。」
と、切りづらそうにしておられる。
「たいそう髪が長い人でも、額髪はすこし短いだろうに、おくれ毛が少しもないのは、風情がないだろう。」
切り揃え終わって、「千尋」と祝い言を申し上げるのを、少納言は、なんとももったいないことと拝見する。』
髪の毛を切るだけなのに、吉凶を占ったり何か唱えてみたり、まるで儀式のようですね。
実は、本当に儀式だったんです。その割には、祭り見物の直前に思いつきでやっていますが。
そもそも髪の毛は呪術的な力が宿るところで、やたらと切るものではありませんでした。手入れは必要なので時々毛先を切りそろえてはいましたが、それにもだいぶ気を使ったのですね。
儀式次第が定まったのは、物語より後の平安末期だそうですが、事前に用意する小道具があったり、一族の偉い人に削ぎ役をお願いしたりするので、思い立ったが吉日というわけにはいかなかったでしょう。
切り終わった後に、「どこまで髪が伸びるか私だけが見届けよう」という歌を詠んでいますが、「他の男には見せない。あなたは私のもの。」と言っているようなものです。もしかして、当時の読者にとっては胸キュンシーンなんでしょうか・・・。
そして、出かける前に髪なんて切っているから、案の定出遅れました。
『今日も祭見物の車が隙間もなく立っている。馬場殿のあたりになかなか車を立てられず困っておられると、そう悪くはない女車から、扇をさし出して供人を招き寄せ、
「ここに車をお立てください。場所をあけてさしあげましょう。」
と申し上げる人がいた。
どんな物好きだとお思いになるが、よい場所ではあるので、車をそちらへ引き寄せさせて声をかけると、風情ある扇の端を折り、歌を書きつけて寄こした。
「今日の再会を待っておりましたのに、他の女性とご一緒とは」とあるその筆跡には見覚えがある。派手に袖を見せているその女車は、あの典侍であったのだ。
(呆れたことだ。年甲斐もなく。)
と思って、そっけない返歌を返したので、典侍はひどいと思うのだった。
誰かと相乗りをして簾さえお上げにならないので、心穏やかでない人が多い。
「先日の御様子はきちんとしておられたのに、今日はくつろいでお出かけですこと。誰でしょう、並んで乗っている人は。悪くはない人なのでしょうね。」
と想像している。
光る君は
(張り合いのないかざし争いだな。)
と物足りなく思われるが、この典侍くらい厚かましくなければ、どなたかがご一緒であることに遠慮して、ちょっとしたご返事も気軽に申し上げられないに違いないのだ。』
行列の通る距離はそれほど長くはないでしょうに、牛車がずらりと並んでいたら、邪魔ですねえ。
そして、ここでなぜか、あの典侍さん再登場です。実はけっこう紫式部は気に入っていたのかもしれません。
賀茂祭は現在では葵祭として知られています。葵の葉を挿頭したり、牛車に飾ったりするからです。
こじつけのようにも感じますが、『葵』は『逢ふ日』の掛詞で、「神に逢う日」だったり「男女が逢う日」の意味で使われるそうです。二人はこれを念頭に、『葵を挿頭す』祭の日に恋の鞘当てのような歌を詠みあったのです。なんだかんだ言いながら、光る君も楽しんでいたようですが、相手がもっと張り合いのある相手(若くてきれいで教養のある人)だったら良かったのにと思っているあたり、やっぱり失礼です。




