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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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葵巻~御禊の日、車争い~

伊勢神宮は、皇室の祖・天照大御神を祀っており、神宮が創建されて以来、皇族女性が派遣されて、斎宮として仕えていました。

賀茂神社は、京に都が置かれる前から朝廷が敬意を払う特別な神社で、平安時代に入ってから、やはり皇族女性が神に仕えるため、斎院として派遣されていました。

原則として、どちらも、皇位継承に際して交代する決まりです(斎院には例外もいましたが)。

伊勢に比べれば、賀茂はすぐ近くだから負担はないように思いますが、気軽に里帰りするわけにはいかないし、結婚もできません。家族にすれば、複雑な気分だったでしょう。



『そのころ、賀茂の斎院もお退がりになって、皇太后を母とする女三の宮が次の斎院となられた。

 帝も母后も、たいそう大切になさっている宮なので、このような特殊な立場になられることを、たいそう辛く思われたが、ほかの姫宮にはしかるべきお方がいらっしゃらない。

 その儀式は盛大に催される。賀茂祭の時は、いつもの行事に加えて行われる儀式が多く、見どころがとても多い。それもこの斎院の人柄によるものと思われた。


 御禊(ごけい)の日は、お供する公卿などは規定の人数があるが、特に人望があり容姿にすぐれている方々を選んで、下襲の色や表袴うえのはかまの模様、馬や鞍までみな調えている。特別の宣旨(帝の命令)によって、大将の君(光る君)もお仕えすることとなった。

 それだから、物見車で見物の人々は、前々から支度に気を配っていた。


 一条大路は車や人でいっぱいで、恐ろしいくらいに騒がしくなっている。あちこちの御桟敷に、思い思いに趣向をこらした飾りがつけられたり、桟敷の下から女房の衣の袖口が見えているのも見物である。

 北の方(葵の上)は、このようなお出かけも滅多になさらない上に、ご気分もすぐれなかったので、見物は少しも考えていなかったが、若い女房たちが、

「縁のあるわけでもない人たちが、身分の賤しい者にいたるまで、大将殿(光る君)を拝見しようとしているそうですよ。遠い国々からも妻子を引き連れて参っているといいますのに。」

と言うのを、大宮(葵の上の母君)がお耳にして、

「ご気分もよい折です。お仕えする人々も物足りなさそうですから。」

と言って、急なことではあるが、見物にお出かけになる。』



桐壺巻から、『大殿(おとど)』という言葉がしばしば登場します。

初めは左大臣を指していました。光る君の義父だからかと思いましたが、実はもう少し対象範囲が広い言葉のようです。大臣や公卿、その邸宅、女主人、はては女房や乳母のことまで『大殿(おとど)』と敬意を込めて呼びます。物語の中でも、左大臣や左大臣邸を指していましたが、このところは、どう見ても葵の上を指している箇所があります。光る君の正妻ですからね。

というわけで、現代語訳を北の方にしてみました。



『日が高くなってから、格式ばらない程度に車や装束を調えてご出発されるが、隙間もなく物見車が立ち並んでいて、美しく整えた車を引き連ねたまま、場所を探しあぐねてしまう。

 身分の高い女性の車が多く並ぶ中に隙間を見つけて、周囲の車を皆どかせたのだが、その中に、すこし使い古した網代車(あじろぐるま)で、下簾の様子なども風情があり、乗り手は奥深くにいて、ほんのすこし見える袖口や裳の裾、汗袗(かざみ)などの色がさっぱりして、意識的に目立たないようにしている車が二つある。従者たちは、

「これは、決して、そのように退けられてよい御車ではない。」

と強く言って、車に手を触れさせない。

 両方とも、若い者たちが酔いすぎて騒いでいるので、おさまらない。年配の供人たちは、「そんなことはするな」などと言うが、止めることはできない。

 六条御息所が、何かと悩んでいることの慰めにもなるだろうかと、こっそりいらしていたのだ。目立たないようにしていたのだが、自然と気づかれることになった。

「その程度の者に、そんなことを言わせるな。大将殿を頼みにするつもりだろう。」

などと言う者があるのを、大将の供人もその場にいて、六条御息所を気の毒とは思いながら、引き留めるのも面倒なので、知らぬ顔をする。


 とうとう左大臣家側が車を立ち並べてしまったので、その奥に押しやられて、御息所からは何も見えない。

 悔しいのはもとより、人目を忍ぶためにみすぼらしくしたのに、それが自分だと知られることが、ひどく口惜しくてならない。

 しじなどもみな折られて、間に合わせの車の筒にうちかけてあるので、またとなく体裁が悪くて悔しくて、何をしに来たのだろうと思う。見物もせずに帰ろうとなさるが、通り出る隙間もない上に、「来たぞ」と言う声がするので、薄情な人(光る君)がお通りになるのをつい待ってしまうのであった。しかし、立ち止まることもなく、そっけなく通り過ぎてゆかれるので、かえって辛い思いをされるのである。


 例年より趣向をこらした多くの車が、我も我もと下簾の隙間からこぼれんばかりに袖などを覗き見せていて、光る君はそしらぬ顔をしながらも、微笑んで横目にご覧になることもある。

 北の方(葵の上)の車ははっきりそれと分かるので、真面目そうにその前をお通りになる。お供の人々も畏まって敬意を表しつつ通るのに対し、六条御息所は、押しやられてしまったご自分の姿をひどく無様に思われる。嘆きはますます深く、涙がこぼれてきて、それを人に見られるのも体裁が悪い。しかし、光る君のまぶしいほどのご様子やご容貌が、晴れの場でいちだんと素晴らしいのを見なかったなら、やはり心残りであったろうとも思われる。』



牛車を止めるとき、牛をつないでいた(くびき)しじという台に乗せます。牛車は二輪なので、固定する台がないと車が傾いて、下手をすると中に乗っている人が外に転がり出てしまいます。高貴な女性が姿を見せない時代、大勢の人がいる中にその姿をさらすことになったら、大変な恥になることでしょう。

そうでなくても、高貴で誇り高い人が、見苦しい状態で公衆の面前に晒され続けているのです。悔しいどころの話ではないでしょう。

元東宮妃って、もっと尊重されるものではないんでしょうか。葵の上は、車の外で何が起きているのか把握していたのでしょうか。止めさせようとは思わなかったのでしょうか。皇女腹(みこばら)とはいえ臣下の娘で、臣下の妻です。元東宮妃で斎宮の母である人に、こういうことをするのは失礼ではなかったんでしょうか。

これは恨みを買うでしょうねえ。身分が高く重んじられるべき立場でも、これが愛人と正妻の差なんでしょうか。



『それぞれの身分に応じて、装束やお供の人をしっかり整えている中でも、公卿は格別であるが、ただ御一人の輝きに、みな圧倒されているようだ。

 大将の臨時の御供として殿上人がつくのは、特別な行幸の時だけであるが、今日は蔵人で右近衛府の判官(三等官)がおつとめしている。そのほかのお供たちも、容貌や姿をまばゆいまでに整えて、そのご様子は、木や草もなびかぬものはあるまいと思われるほどである。

 身分の低くはない女房が壺装束で来ており、また俗世を捨てたはずの尼も倒れんばかりである。いつもなら、「ひどいものだ。なんと見苦しい。」と思うような、歯が抜けて口がすぼんでいて、髪の毛を上着の中にたくしこんでいる身分の低い女たちが、合掌しながら拝見しているのも、無理もないことである。

 愚かそうな身分の低い男まで、自分の顔がどのようになっているか知らずに、満面の笑みである。

 光る君の目にとまるはずのない、つまらない受領の娘までも、思いつく限りの趣向を尽くした車に乗り、わざとらしく気取っているのが、それぞれの面白い見物であったのだ。

 まして、お忍びでお通いになっている女性たちは、人知れず物の数にも入らない我が身を嘆いて、その思いがつのるのであった。


 式部卿宮は、桟敷で御覧になった。

「まばゆいまでに、見事に成長していくことよ。神などが目をお留めになるのではないか。」

と不吉に思われている。

 姫君は、長年にわたり御手紙をくださる光る君のお気持ちが世間の人とは違っていることに、御心をひきつけられていた。平凡な男であったとしてもここまでされたら心も動くだろうに、ましてこのように素晴らしいならば、と思う。しかし今まで以上に近づいてお逢いになろうとまでは思われない。』



光る君を褒めちぎる場面なんですが、違うところが気になってしまいました。

紫式部もやはり貴族です。下男・下女や庶民に対する視線が冷たいですね。

古くから民草という言い方をしますが、貴族階級は庶民を同じ人間と思っていないんですね。牛馬と同じ、別種族と考えているみたいです。これは平民から見てもそのようで、宮中に出入りする貴族なんていうのは、天上の人、雲上の人で、自分たちと同じ人間とは思っていなかったようなんですが、現代人からすると、大分気持ちがざわつきます。


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