源氏物語の世界⑬女官のあれこれ
この辺で後宮や女官の役職についてみておこうと思います。
靫負命婦とか大輔命婦とか出てきましたが、当然のことながら原作に立場の説明なんて出てきません。
そしてこの後も後宮の人々が登場します。
後宮というのは、どこの国でも王や皇帝の私的空間で、妻子が住んでいます。大抵男子禁制で、そこに勤める女性職員が必要になります。
日本でも律令が作られたころは、原則男子禁制で、十二の部署(司)に分かれた宮人(女官)達が、天皇や后妃に仕えたり後宮内の雑務を行ったりしていました。
それぞれの部署には、表の役所と同じように、尚(長官)、典(次官)、掌(判官)という管理者がいました。その下に女孺とか采女とかの下級女官がいて、それ以外にも下働きの人たちがいました。
この頃は、三種の神器の管理も、宮にいる天皇と役人たちの連絡係も、女官が行っていました。
平安前期の嵯峨天皇の時代、宣旨(命令)を伝える男性官人が必要となり、蔵人と呼ばれる人たちが登場します。元々は秘書役ですが、天皇の私的空間である内裏に政治の中心が徐々に移るにつれ、内裏内の諸事全般を担当するようになりました。彼らは後宮にも出入りできるので、女官の役割が減り、十二の部署が縮小して内侍司(内侍所)に統合されていきます。
他の国だと、後宮に出入りする男性は去勢して宦官となるところですが、日本は宦官制度を取り入れませんでした。
物語の中には女官という言葉は出てきません。女房という言葉は出てきますが、これは女官のことではありません。内裏でも貴族の屋敷でも、専用の部屋を与えられた身分の高い使用人のことです。中級や下級貴族の受領階級が多く、容姿が良いとか教養が豊かとかで良い待遇を得られました。
では内裏にいる女房はすべて女官かと言うと、これも違います。
正式な職員で、帝に直接仕えている人たちは、「上の女房」と呼ばれました。靫負命婦と大輔命婦はこちらでしょう。対して、女御・更衣といった人達に仕えている人たちは「宮の女房」で、それぞれの実家が送り込んだ人々です。紫式部はこちらになります。給料は、宮廷からではなく、主やその実家からもらうのですね。
物語の時代、十二司は既になくなり、内侍所に統合されています。
長官は尚侍で、元々天皇の命令を臣下に伝える重要な役どころだったため、有力者の妻や娘が任命されていました。当初は従五位相当でしたが、そのうち従三位相当になりました。こうなるともう女御と同等です。村上天皇の頃から、女御・更衣に準じた存在になり、実務には関わらなくなりました。任命されるのは概ね摂関家の娘たちです。
次官は典侍。天皇が場所を移るときに、三種の神器のうち天叢雲と八尺瓊勾玉を運んだり、譲位のときに送り届けるのが元々の役目でした。これまた重要ですね。公卿の娘から選ばれ、乳母が任命されることもありました。尚侍が后妃化すると、典侍が実質的なトップになります。いわば女官長ですね。更に時代が下ると側室化するようですが、紫式部は知らないことです。
三番目の判官は掌侍。中級・下級女官を指揮する中間管理職です。尚侍が実務から離れると、中間管理職というより上級管理職のようになります。これも時代が下ると側室化します。
靫負命婦、大輔命婦、王命婦と物語上に何人か命婦が出てきますが、これは官職ではありません。中臈(中級)の女房を指した言葉です。五位以上の女性を内命婦、五位以上の官人の妻のを外命婦とする、という規定があります。無位でも女王なら命婦にはなれたようです。天皇が儀式や神事を行う際に補佐するのが役目でした。
雑用の実働部隊となる下級女官は女孺(めのわらわとも)と言いますが、無位の人もいて、低い身分の出身でした。実は現在でもいるらしいです。
もう一つ、実働部隊として女蔵人があります。命婦より下ですが、六位なので女孺より上でしょう。
十二司の一つに、縫司というところがあったのですが、この役目が引き継がれたのが御匣殿です。文字通り、衣服関係の部署ですね。内侍所の一部なのか別組織なのかよくわかりません。貞観殿という建物にあって、女蔵人たちはここに詰めていたそうです。
責任者は別当で、一般的には御匣殿と呼ばれますが、これも后妃化していきます。冷泉天皇の女御である藤原超子は、当初御匣殿別当として入内しました。
時代によって変化し、平安時代の中でも変化を続けている後宮ですが、とりあえずこんなところを念頭に置いて、物語の続きを読んでいきます。




