末摘花巻~頭中将と競う~
『寝殿の方に姫君の気配がしないかと思いながら、そっと去ろうとなさると、透垣の側に男が立っていた。姫君に想いを寄せる者かと思い、物陰にそっとお隠れになられたが、実は、それは頭中将であった。
この夕方、宮中からご一緒に退出されたのだが、左大臣邸にも二条院にも向かわれなかったので、どこへ行かれたのだろうと気になって、自分も行く所はあるのだが、光る君の後をつけて様子をうかがっていたのであった。このように変わった所にお入りになったのを不思議に思っていたが、邸内から聞こえてきた琴の音を聞きながら、光る君が戻っていらっしゃるのを、待ち構えていた。
頭中将は、貧相な馬に狩衣姿の無造作な装いだったので、光る君はそれが誰かお分かりにならず、そっとその場を離れようとなさるが、男がすっと寄って、
「私を置き去りになされたことが恨めしいので、お送りしたのですよ。まるで、行方をくらまそうとする十六夜の月のようですね。」
と恨み言をいう。頭の君と分かると、光る君は少しおかしくお思いになった。
「思いもよらないことをするのだな。」
と憎まれ口を叩きなさって、
「月が沈む先まで探し回る者などいないだろうに。私がそのようにつきまとったなら、どうするのだ?」
とおっしゃるが、
「このような御忍び歩きは、お供によってうまくいくこともあるものですよ。私を置いていかない方が良いでしょう。御身をやつしてのお忍び歩きには、軽はずみなことも起こりましょうから。」
と逆に諌められる。
このように頭中将に見つけられてばかりいるのを、悔しいと思われるが、中将がまだ捜し出せていないあの撫子の行方を自分が知っていることは大手柄だと、御心の中で思い出される。』
いや、教えてあげようよ。一応、お父さんだし。気にかけているようだから。親友でしょ?
光る君、けっこう意地悪?
『光る君と頭中将は照れくさくて、それぞれ約束している所にも訪ねて行く気になられず、同じ車に乗って、月が趣深く雲に隠れている道中を、笛をご一緒に吹きながら左大臣邸にいらした。
二人で笛を思いのままに吹いていらっしゃるので、左大臣も、いつものように高麗笛を取り出してお吹きになる。御簾の内でも、この方面に心得のある女房たちに琴を弾かせなさる。
中務の君という女房は、特に上手く琵琶を弾くが、今はつまらなそうに物に寄りかかっている。頭の君が言い寄ってくるのは遠ざけ、たまに光る君がお見せになるご意向には背けずにいるのを、自然と人にも知られて、大宮(左大臣の北の方)なども、よくないことに思われているので、憂鬱でいたたまれない気持ちがしているのだ。
君たちは、さきほどの琴の音を思い出されて、しみじみと哀れな住まいの様子なども、風変わりで趣があるとお思いになっている。
「仮に、たいそう趣深く可愛らしい姫君が、そうやって年月を重ねてお過ごしになっているのを見初めたとして、世間の人に騒がれるほどの、ひどい物思いをするならば、自分もひどく見苦しいことになるだろう。」などということまで、中将は想像するのだった。
この光る君が、このように興味を示していらっしゃるのを、どうしてこのまま何もせずにお過ごしになるだろうかと、何となく妬ましく、気がかりに思った。』
中務の君は、ちらっと出てくるだけですが、葵の上の女房で、光る君のお手付きらしいです。
教養の高い貴族女性である紫式部は、下世話な書き方はしません。男女の仲についても、はっきり書くことはなく、始終婉曲的な表現をしながら、こういうことだな、と読者に推測させます。はっきり書く方が野暮なんでしょう。
現代では、正確に伝えることのほうが大事なので、紫式部方式だと、分からない人も出てくるでしょうね。男女の仲に限らず、時どき遠回しすぎて、現代語訳を読んでいても、どういうこと???となることがあります。
とりあえずここでは、中将くんの考えていることがよくわかりません。たぶん、その姫君と自分が恋仲になって、気も狂わんばかりに恋い焦がれて、他人が見たらみっともないと思うような有様になったらどうしよう、とか妄想しているんだと思いますが・・・。
『その後、光る君からも頭中将からも、姫君に文を送られたのだろう。しかしいずれも返事がない。
「あまりにもひどい話ではないか。あのように過ごしている人は、なんということはない草木や空の様子にも風情を感じ取って返事にしたためて、そうしたことから自然とその人の気質が推察できるというのが、しみじみと趣があるというものだ。いくら思慮深い性格だからといって、これほどにも引っ込み思案でいらっしゃるのは、面白くないし、よいものではない。」
と、光る君にもまして、中将はいらいらしている。
例によって隠し立てができない性格で、
「返事はご覧になりましたか。試しにちょっと文を送ってみたのですが、きまりの悪いことになりましたよ。」
と中将が残念がると、
(やはり、姫君に言い寄ったのだな。)
と微笑まれて、
「さあ。強いて見たいとも思っていないから、返事が来たかも見ていない。」
とお答えになるのを、頭中将は、あの姫君は分け隔てなさったなと勘違いして、とても腹立たしく思う。』
頭中将は、別に姫君に恋をしたわけではなく、光る君が興味を持ってるようだから、自分も文を送ってみただけですよね。
頭中将って、光る君より年上ですよね。なんだか大人気ないんですが。
『光る君は、深く思いつめているわけではなかったけれど、こうもつれないのを興ざめだと思われていた。さらに、中将が姫君に言い寄り続けているので、
(言葉数が多い方になびくのだろう。はじめに気に留めた自分が振られた格好になって、中将が得意顔になるのは、嫌な気分がするに違いない。)
と思われて、命婦に真剣に相談される。
「お気持ちがはっきりせず、突き離しているご様子なのが、辛いのだ。私を、浮気者と疑っているのだろう。いくらなんでも、すぐに心変わりすることはないのに。相手がのんびり構えていないから、予想外のことばかりが起きて、自然と、私の落ち度ということになってしまうのだ。心が穏やかで、親兄弟が干渉したり恨み言を言うこともない人なら、かえって可愛らしいに違いないのに。」
とおっしゃると、
「さあどうでしょうか。そのように趣深い方面のお通い所としては、とうていなれないのではないかと思われます。姫君はひたすら引っ込み思案で、控えめであることにかけては、滅多にいらっしゃらない方です。」
と、命婦は見た通りのありさまを申し上げる。
「物慣れて才気ばしったところはないようだな。ひどく子供っぽく、おおらかであるのは、可愛いに違いない。」
と、夕顔のことを思い出しながらおっしゃる。
源氏の君は、瘧を患い、人知れぬ物思いに苛まれたりして、御気持ちの休まる暇がないような様子で、春夏が過ぎた。』
え〜と、相手がおっとりした人じゃないから浮気するんだ、と言ってます?
貴方は関係なく浮気するでしょう。その意見には、賛成できませんねえ。
ここまでのところ、新しいヒロインは高貴な血筋で夕顔のような女性かと思わせる描写をされています。大輔命婦はちょっと違う状況を示唆していますが、当時の読者は、今度はどのような恋模様が繰り広げられるのか、ワクワクしながら続きを待ったことでしょう。
そして光る君、この後北山で若紫ちゃんを見つけてご執心になったり、藤壺宮を懐妊させたりして春夏を過ごすのです。




