末摘花巻~常陸親王の姫君~
『どんなに思っても飽き足りなかった夕顔の女が、あっけなく先立ってしまったときのお気持ちは、月日が経ってもお忘れになれない。周りは、うちとけずに思慮深さを競い合う方々ばかりで、あのくつろいでいられた雰囲気を、しみじみ恋しいと思われる。
大げさな評判がなく、可愛らしく、気兼ねしなくてもよい女性を、どうにかして見つけたいものだと、性懲りもなく思い続けていらっしゃるので、少し訳ありと噂があると、もれなく気を留めていらっしゃる。
もしやこれは、と思われる人には、一行ほどの御文をお送りになるのですが、拒もうとする人などは滅多にいないもので、毎度同じような展開になるのですよ。
中にはつれなくする人もいて、たとえようもなく情に欠けて生真面目で、あまり心の機微を知らないように振舞うけれど、それを最後まで貫き通すこともなく、平凡な男の妻として落ち着いたりする者もあるので、言い寄っても途中でお止めになることも多かった。』
若紫巻では微塵も出てきませんでしたが、夕顔のことは忘れられずにいるようです。あのような別れ方をしたので、余計に心に残っているのでしょう。
夕顔が亡くなって・・・実はまだ一年も経っていません。
末摘花巻は、若紫巻と同時並行で進んでいるお話なのです。
すっかり「恋多き人」になってますが、これでも浮ついた人ではないんですよね。
真面目に夕顔の代わりを探しているんです。
正妻以外には、相手の事情に構わず突っ込んでいく光る君ですが、これでも遠慮して日々を過ごしているようです。なんの気兼ねもなく付き合えた夕顔は、やはり特別で、その代わりは中々見つかりません。
もし若くして亡くなるようなことがなかったら、紫の上とどちらを、より愛したのでしょう。
ちょっと気になるところです。
『光る君が、大弐の乳母の次に大切に思われている、左衛門の乳母という人がいる。その娘が、大輔命婦とよばれて、宮仕えをしている。皇族である兵部大輔という人の娘でもあった。たいそう色好みの若女房である。
母は筑前守の妻として下っていたので、大輔命婦は父君のもとを里として宮中へ通っている。
この命婦が光る君に、故常陸親王が晩年にもうけて、とても大切にお育てになられた姫君が、心細く遺されているということを、なにかのついでにお話ししたところ、「不憫なことよ」と、御心をとどめてお尋ねになる。
「気性や容貌などは、詳しく存じません。ひっそりと暮らして、人と親しくなさいませんので、しかるべき宵など、物越しにお話しいたします。琴を親しい話し相手と思っています。」
と申し上げると、
「私に聴かせよ。父親王が、その方面にたいそう造詣が深くていらしたので、並々の腕ではなかろう。」
とおっしゃる。
「わざわざお聴きになるほどのことではございませんでしょう。」
と言うが、関心を持たせるように殊更に申し上げるので、
「ずいぶん気を持たせるね。近いうち、おぼろ月の夜に忍んで行ってみよう。お前も退出しておれ。」
とおっしゃる。命婦は、困ったと思うが、春は宮中の仕事も少なく、所在ない時期なので退出していた。
父である大輔の君は他所に住んでいて、常陸宮邸には時々通っていた。命婦は、継母の家には住みつかず、姫君のお邸(常陸宮邸)に居ついていたのであった。』
常陸親王は、常陸国の大守の任にあった親王です。
通常、地方は国ごとに守(長官)と介(次官)が任命されました。
常陸国・上総国・上野国の場合は、親王が太守(長官)となると決まっていました。ただし、親王がわざわざ地方に行って実務を取り仕切りはしません。長官としての俸禄は受け取りますが、実際には介に任命された人が長官に成り代わって治めました。
兵部大輔という人は、兵部省の次官で、皇族と言ってもおそらく末端の方なのでしょう。自分の家がなくて、常陸宮邸に居候していたんですね。
その娘は、命婦というそれほど高くない地位で宮仕えしています。女王の身で宮仕えしていた人もいますが、本来、高貴な人は、人前に顔をさらす女房などしないものです。世代を経ると皇籍からはずれますが、大輔命婦はもう皇族として数えられない世代なのかもしれません。
『光る君は、おっしゃったとおり、十六夜の月の美しい日にいらした。
「琴の音色が澄んで聞こえるような夜でもございませんでしょうに。」
と申し上げるが、
「ただ一音でもお勧めしてくれ。琴の音も聞かず、空しく帰るのは癪だから。」
とおっしゃるので、光る君を自分の部屋にお通しして、姫君のいる寝殿に参ったところ、まだ格子も上げたままで、姫君は梅の香がよいのを見出して眺めておられる。よい折だと思って、
「御琴の音がどれほど素晴らしく聞こえるかと、思わずにいられない夜でございますね。いつも気忙しく出入りするもので、御琴の音をお聴かせいただけないのが残念ですよ。」
と言えば、
「世の中には琴の音を聞き分ける人がいるといいますね。宮中に出入りする人が聞くほどでのものでは…」
と言いつつ、琴を取り寄せなさる。光る君はどのようにお聴きになるだろうと、命婦はわけもなくハラハラしている。
かすかにかき鳴らされる琴の音は、趣のあるように聞こえる。それほど上手ではないが、もともと琴の音色は他の楽器とは異なっているので、光る君も聞きにくいとは思われない。
(古風に格式高く大切に育てられていただろうに、今はひどく荒れた寂しい所で、このような身分の人が、どれほど物思いの限りを尽くしていることだろう。このような所にこそは、昔物語にも風情あることなどが語られていたものだ。)
などと思い続けて、声をかけてみたいとも思われるが、姫君が唐突に思われるだろうかと、気が引けてためらっておられる。
命婦は知恵ある者で、あまり光る君にお聴かせするまいと思ったので、
「曇りがちのようでございます。客人が来ることになっておりました。嫌がっているように思われるのも困りますから、いずれまた、ゆっくりと…。御格子を下げましょう。」
と言って、そのまま戻ったので、光る君は、
「中途半端で止めたものだね。音を聞き分けるほどにも聞けていないので、残念だ。」
とおっしゃる。光る君は姫君の様子にご興味を抱かれた。
「どうせなら、近くで。」
とおっしゃるが、命婦は、もう少し聞きたいと思う程度に、と思うので、
「さあ、いかがなものでしょうか。お気の毒なほど、ひっそりと物思いに沈んでいらっしゃるので、今は…」
と言えば、
「なるほど、それはもっともだ。いきなり親しくなるような、低い身分の方でもないのだし。では、私のこうした気持ちをそれとなく伝えておけ。」
と言い含められた。
他にもお約束なさった方があるらしく、こっそりと帰っていかれる。
「上(帝)が、生真面目でいらっしゃるとご心配なさいますが、時々おかしく思うことがございますね。このようなお忍びのお姿を、ご覧になられないのですから。」
と申し上げると、引き返して微笑んで、
「他の人のように、あら捜しをするでない。この程度を浮気めいたふるまいと言うなら、どこぞの女のありさまは、ひどいものということになろう。」
とおっしゃる。命婦のことを色好みとお思いになっている光る君は、時々こんなことをおっしゃる。命婦は恥ずかしいと思って、何も言わなかった。』
いや、命婦さんの意見に賛成です。
なぜって、ここまで光る君の女性問題しか見ていないから。本命は藤壺宮だけかもしれませんが、あちこち文を送ってるって書いてあるじゃないですか。
これで真面目なら、標準ってどんなものだったんでしょう。




