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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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若紫巻~藤壺宮懐妊~

若紫ちゃんとの出会いを果たした光る君ですが、相手はまだ子供なのですぐには進展しません。

しかしその間にも大暴走をします。

光る君にしてみれば、長年の思いが抑えきれなくなっただけ、なのでしょうが・・・



『藤壺の宮はご病気になり、宮中を退出された。

 光る君は、帝がご心配なさるご様子をたいそうお気の毒なことと拝見しながらも、このような機会にこそ、と気もそぞろで、どちらへも参られず、宮中でも邸でも、昼はぼんやりと物思いにふけって過ごし、日が暮れると王命婦(みょうぶ)にあれこれと催促をなさる。


 どう段取りをつけたものだろうか。ひどく無理な算段の末にお逢いした、その逢瀬の間さえも、現実とは思われないことが辛いことだ。


 藤壺の宮も、呆れるばかりであった出来事を思い出すだけでも、生涯の物思いの種であるから、せめてそれだけで終わりにしようと深く思われていたのに、こうなってしまったのが実に情けなくて、耐えられないご様子ではありながら、親しみやすく愛らしく、そうかといって馴れ馴れしいということはなく、奥ゆかしく気品のあるお振る舞いなどが、やはり人とは違っていらっしゃる。どうしてありふれた欠点の一つも、この御方は混じっていらっしゃらないのだろうかと、それがかえって辛くさえ思われる。

 藤壺の宮へのさまざまな思いを、どうして語り尽くすことができよう。

 昼なお暗いという暗部(くらぶ)の山に宿をとりたいところであるが、あいにくの短夜で、嘆かわしく、かえってつらい逢瀬である。


 お邸にお帰りになって、泣き伏してお過ごしになられた。藤壺の宮に差し上げた御文なども、いつもの通り、ご覧にならない由の御返事ばかりがあるので、いつもながらに辛く茫然とされている。宮中へも参内せずにニ三日籠もっていらっしゃると、帝がまた、どうしたのかと、御心をお寄せになるだろうことも、恐ろしくばかり思われる。』



後宮から退出している間なら会えるんじゃないかと画策する光る君ですが、

チャンス到来!

じゃないんですよ。藤壺宮つきの女房に催促すると訳しましたが、どうやら、思いを伝えろ会わせろ、と強く迫った様子。王命婦さんがかわいそうです。


そして当然、思いを伝えて終わりじゃありません。帝の妻と関係を持つなんて許されませんし、恋慕するのも罪、と自分でも自覚していたはずです。おまけに、これが初めてではないらしいということが文面から推測されます。『あさましかりし(呆れるばかりのこと)』が具体的に何なのかは想像するしかありませんし、それがいつかも不明です。帚木巻の紀伊守邸で、女房たちの噂話を聞きながらドキリとしたシーンがありましたが、藤壺宮との逢瀬がばれたかと思ってドキリとしたという意見もあります。また、今は失われた巻があって、そこに書かれていたという説もあります。

いずれにせよ、後ろめたさと罪の意識を持ちながら思いを遂げたため、そこに幸福感は微塵もありませんね。



『藤壺の宮も、たいそう情けないことよ、と思い嘆いていらしたところ、ご病気もひどくなられた。早く参内せよという御使いがしきりにあるが、ご決心できずにいらっしゃる。

 本当に、ご気分がいつもとは違う感じで、人知れず思い当たることもあったので、不安で、これからどうなるのだろうとばかり思い乱れていらっしゃる。


 藤壺の宮は、暑い頃はますます起き上がりもなさらない。三か月におなりになると、まことにはっきりその兆候がわかるほどで、女房達が拝見して不審がるにつけても、藤壺宮は、前世からの因縁が情けなく、つらく思われる。

 思いもよらぬことであるので、世間の人は、なぜこの月まで奏上なさらなかったのかと、驚き申し上げる。

 藤壺の宮ご自身は、はっきりお分かりの節もおありであった。

 御湯殿などにも親しくお仕えして、どんなご様子もはっきり拝見して存じ上げている、乳母子(めのとご)の弁や命婦などは、おかしいとは思うけれど、お互いに話題にしていいことでもない。命婦は、やはり何としても逃れることのできなかった宿命よ、とあきれるばかりである。


 帝には、御物の怪にまぎれて、すぐにはご様子がお分かりにならなかったように奏上したのだろう。周囲の人もそうとばかり思ったのだった。

 帝は、いっそう限りなく愛しく思われて、御使などがひっきりなしなのも、藤壺の宮は何となく恐ろしく、物思いの絶える間がない。』



はっきり妊娠とか懐妊とか書いてませんが、それと推察できる内容です。

別に、『宿世(すくせ)(宿命、前世からの因縁)』ではないんですけどね。光る君が突っ走っちゃったからなんですけどね。

平安時代は、今生の出来事は前世に原因がある、という考え方があったそうです。


ところで、時代劇を見ていても疑問に思うところなのですが、昔はどうやって妊娠していると判断したのでしょう。

今なら、妊娠検査薬が市販されていて、妊娠4〜5週で判断できます。妊娠5〜6週になれば、超音波検査で確定できます。でも、そんな手段がなかった頃はどうしていたんでしょう。

ドラマだと、脈診で判断していたり、どんな診察をしたかは不明で「ご懐妊です。」と断言していたりします。尿で判断したという小説もありました。

ざっと調べても詳しいことはわかりませんでしたが、月経が止まり、つわり症状が出たり、妊娠初期の様々な体調不良や皮膚への色素沈着が見られるようになった、といったことから総合的に判断していたようです。

時には、こんなこともありました。

一条天皇の女御であった藤原元子は、懐妊の兆候が見られたため宿下がりをしましたが、八ヶ月後、赤ちゃんではなく水だけ出てきました。想像妊娠だったと言われています。入内した姫君たちには、家門の隆盛のために皇子を生むこと、という重圧がかかっていて、そうしたことが窺えるエピソードとされています。

藤壺宮の場合、懐妊の兆候に気づいてはいて、心当たりもあったものの、疚しさで直視できなかったんでしょうね。



『中将の君(光る君)も、不気味で異様な夢をご覧になって、夢占をする者を召してご質問になると、考えも及ばず、思いもかけない筋のことを解き合わせたのだった。

「その運命の中には、思い通りに行かず、ご謹慎なさらねばならないことがございます。」

と言うので、面倒にお思いになって、

「私自身の夢ではない。他人の事を語っているのだ。この夢が実現するまで、他の人に伝えるなよ。」

とおっしゃって、心の中には、どういうことだろうとずっと思っていらしたところ、この女宮(藤壺宮)の御懐妊の事をお聞きになって、もしやそのようなことか、と思いあたり、いよいよ言葉を尽くして藤壺の宮に訴えなさる。しかし、命婦もたいそう恐ろしく、厄介に思う気持ちが大きく、まったく取り計らいようがない。わずかな一行の御返事をたまにいただいていたのさえ、絶えてしまった。


 七月になって藤壺の宮は参内なさった。御懐妊は素晴らしいことで、帝はいっそう愛しく思われ、以前にも勝るご寵愛は限りもない。

 少しふっくらとなられて、ご病気がちで顔がお痩せになったのも、それはそれでまた、比類なく美しい。


 帝は、いつものように、明け暮れ藤壺の宮のお局にばかりおいでになって、管弦の御遊びもしだいに趣深くなる秋の空であるので、源氏の君を頻繁に召してお近くに侍らせては、御琴や笛など、さまざまにご下命になられる。光る君は極力お隠しになっていらっしゃるが、忍び難いお気持ちが漏れ出る折々は、藤壺の宮も、さすがにお忘れになれないことを、あれこれ思い続けていらっしゃるのであった。』



何とも心が痛いですね。

帝は二人を宝物のように大切にしているのに。

光る君は、いったい何を藤壺宮に訴えたのでしょうか。

私の思いを分かってください、でしょうか。

もう一度会ってください、でしょうか。

・・・この状況で、それはないですよね。言いかねませんが。


夢解きの内容は、ここでは語られません。

読者は、ただでさえ尋常ではない事件が起きたので目が離せなくなっていますが、こんな特大の謎を投げ込まれたら続きを読まないわけにはいきません。

うまいですね。


それにしても、帝の妻が不義の子を孕むという物語を、当時の読者はどう感じたのでしょうか。千年近く読み継がれてきたうえに、帝ですら続きを楽しみにしていたらしいので、どうやら問題にはならなかったようなんですよね。一時期を除いて。

昭和前期の、軍国主義が勢いを増した時期には、不敬だ!という人たちもいたようです。

私が言うのもなんですが、野暮ですね。


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