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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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若紫巻~優曇華の花~

『明け方近くになったので、法華三昧(ほっけざんまい)を行う声が山下ろしの風にのって聞こえてくるのが、とても尊く、滝の音と響きあっている。

 明けゆく空はずいぶんと霞んでいて、山の鳥たちがどこかしことなく囀りあっている。名も知らない木や草の花々も色とりどりに散りまじり、錦を敷いたように見えるところに、鹿がさまよい歩いているさまも、珍しく御覧になっていると、ご気分の悪さも紛れてしまわれた。

 (ひじり)は、動くのもやっとの身であるが、あれこれと護身の修法をして差し上げる。』



法華三昧(ほっけざんまい)というのは、法華経を一心に読み上げることです。元々三昧(さんまい)というのは仏教用語で、雑念を持たずに集中することなのだそうです。

現在は、贅沢三昧とか温泉三昧とか、一般人にとっては遊びのイメージが強いのですが・・・

なぜこういうことになっているんでしょうね。



『御迎えの人々が来て、ご病気が快復したことの喜びを申し上げ、宮中からも御使者があった。

 僧都は、見慣れない果物をあれこれと谷の底まで掘り出しに行ってご用意し、「お見送りには参れませんが。」とお酒を差し上げる。

 光る君が、

「山や川に心ひかれてはおりますが、内裏(帝)にご心配をおかけするのも畏れ多いので。この花の咲いているうちに、また参ります。

 宮人に 行きて語らむ 山桜 風よりさきに 来ても見るべく

(帰って宮中の人々に語りましょう。この素晴らしい山桜のことを。風に吹き散らされる前に来て、見るようにと)」

とおっしゃるご様子や声音までが、まばゆいまでに素晴らしいので、

優曇華(うどんげ)の 花待ち得たる 心地して 深山桜(みやまざくら)に 目こそ移らね

(お会いできたことは、三千年に一度だけ咲くという優曇華の花が咲くのにめぐり逢った心地で、山奥の桜などには目も移りません)」

と申し上げると、光る君は微笑まれて、

「三千年に一度では、(またすぐに訪れるのは)難しいですよ。」

とおっしゃる。

 (ひじり)は、御土器(かわらけ)を賜って、

「奥山の 松のとぼそを まれに開けて まだ見ぬ花の 顔を見るかな

(奥山の松の扉を珍しく開けたところ、見たこともない花のようなお顔を拝見しました)」

と涙ぐんで光る君を拝見する。』



土器かわらけって、素焼きの器です。もらって嬉しいもの・・・?と思いましたが、お酒が注がれてました。酒杯とか酒宴という意味もあるそうです。

そして、僧都も聖も、花のように美しく眩いばかりの光る君を褒め称えていますね。

優曇華(うどんげ)というのは伝説上の花です。うどん屋さんの名前みたいですが、花の名前です。なぜか実在の植物の名に流用されてたりもします。

そしてその伝説の花に例えられた光る君の返答『時ありて一度開くなるは、かたかなるものを』というのがまた難解なのです。

「伝説の花に例えられるほどではありませんよ。」と謙遜しているとも取れます。でも、山桜が散らないうちにまた来ますと言っているのに三千年に一度って、先過ぎない?と苦笑しているとも取れます。

物語の大筋に影響はありませんけれどね。



(ひじり)は御守りとして、独鈷(どっこ)を差し上げる。これを御覧になって、僧都は金剛子こんごうじの数珠を差し上げた。これは、聖徳太子が百済から得られたもので、元々入れてあった唐風の箱にそのまま入れ、透かし織りの袋に入れて、五葉松の枝を添える。また、多くの紺瑠璃の宝壺に多くの薬を入れて、藤、桜の枝などにつけて、場所柄にふさわしい多くの贈り物を捧げて差し上げる。


 君は、(ひじり)をはじめとして、読経した法師への布施や、準備しておいた物を、京に取りに遣わしていたので、そのあたりの山住まいの身分の低い者にまで、相応の品物をくださり、御誦経(ごずきょう)料などを置いてご出発なさろうとする。


 僧都は部屋の奥にお入りになって、光る君の申し出についてお伝えされたが、尼君は、

「とにかく、今すぐには申し上げようがありません。もし、その御意向がおありなら、ともかくもう四〜五年を過ごしてからでございましょう。」

とおっしゃる。


 光る君は、尼君への御手紙を、僧都のもとにいる小さな童に託した。

 夕まぐれ ほのかに花の 色を見て 今朝は霞の 立ちぞわづらふ

(昨日の夕方、美しい花をかすかに見たので、今朝は霞の立つとともに発つことをためらっております)


 御返しは、

 まことにや 花のあたりは 立ち憂きと 霞むる空の 気色をも見む

(本当でしょうか、花の咲くあたりを立ち去りがたいというのは。霞んだ空の景色を見るように、貴方の真意を測りかねております)

と風情ある筆跡で、たいそう上品な文字を無造作にお書きになっている。


 君が御車にお乗りになる時、左大臣邸から、

「どこへともおっしゃらずにお出かけになられて。」

と、御迎えの者たちや、左大臣家の子息たちなど大勢参られた。

 頭中将、左中弁、そのほかの君たちも光る君をお慕いになり、

「このような御供には、お仕えしようと思っておりますのに、心外にも、置き去りにされて。」

と恨み言を申し上げて、

「とても素晴らしい花の下に、少しも足を止めずに引き返すのは、物足りないことですね。」

とおっしゃる。


 岩蔭の苔の上に並んで座って、酒杯を差し上げる。落ちて来る水の様子など、風情ある滝の下である。

 頭中将が、懐にしのばせていた笛を取り出して、吹きすましている。弁の君が、扇をかすかにうち鳴らして、催馬楽(さいばら)の一説を歌う。

 普通の人より優れた方々であるが、源氏の君が、とても怠そうに岩に寄りかかって座っていらっしゃるご様子は、類もなく不吉なまでに美しいので、他の何事にも目移りしようはずもなかった。』



うん、怠いでしょうね。

風情はあるかもしれませんが、まだ涼しい時期に水辺は冷えますよ。病み上がりの人がそんなところで酒盛りなんかしたら、ぶり返しますよ。と現実世界なら注意するとこです。


それにしても、左大臣の息子たちは仲良さそうですね。頭中将の同腹の兄弟はいなさそうなんですが、みんな揃って光る君のお迎えに来て酒盛りしてます。母親が同じでもいがみ合う兄弟もいるので、ちょっと意外な感じがしました。



『例によって、篳篥(ひちりき)を吹く従者や、(しょう)の笛を持っている風流人などがある。

僧都が、琴を自ら持ってきて光る君にお勧めするので、

「気分が悪く、辛いのですが。」

とおっしゃるが、素っ気なくならない程度には鳴らして、それから皆出発された。


 名残惜しく残念だと、物の数でもない法師や童たちも、涙を落としあった。まして部屋の奥では、年老いた尼君たちなどが、まだこのように素晴らしい御有様の方を見たことがないので、「この世の人とも思われません」と口々に申し上げている。僧都も、

「ああ、何の因果で、このような素晴らしい御姿のまま、たいそう見苦しい日本の末の世にお生まれになったのだろうと思うと、たいそう悲しいことだ。」

と言って、目をお拭いになる。


 この若君(若紫)は、子供心に、素晴らしい人だなと御覧になって、

「父宮の御有様よりも、勝っていらっしゃいます。」

などとおっしゃる。

「それならば、あの人の御子におなりなさいな。」と女房が申し上げると、頷いて、そうなればきっと素晴らしいだろうと、お思いになっている。


 雛遊びにも、絵を描かれるにも、源氏の君として作り出して、美しい着物を着せて、大切になさっている。』



光る君の妻ではなく、子供。まだそういう感覚の年齢なんですよね、若紫ちゃんは。

若紫ちゃんを指して若君と書いてありますが、夕顔の娘のことも若君と書かれていました。男女の差は、あまりなかったのでしょうかね。


僧都が、「こんな日本の末世にお生まれになって・・・」と嘆いていますが、千年も前の人に末の世とか言われると不思議な感じがします。

これ、仏教用語ですね。

お釈迦様がなくなって五百年経つと悟りを得ることができなくなり、さらに千年経つと、教えに基づいた正しい行いがなくなり、末法の世に入るとされていました。


これ、結構意味深です。

日本では1052年からが末法だとされていたので、紫式部の生きた時代は、ぎりぎりその手前の頃でした。ただ、正しい行いがなくなってきたと感じる向きは、多々あったと思われます。

臣下であるはずの藤原氏が、他氏族だけでなく皇族さえ排除し、皇位をも左右する異常事態。紫式部のお父さんも、この影響をもろ被りした一人です。

さらには最も大きな権力を握ったはずの摂関家の中でも、兄弟同士、親族同士で争い合う。貴族が繁栄を謳歌する一方、国の基礎はおざなりになり、民の暮らしは顧みられることはなく、困窮した民が盗賊化して都の治安維持もおぼつかない有様。

一見華やかな王朝文化の時代ですが、その影には、繰り返す疫病や降り積もる怨念、不安定な世情に対する怯えのような不安が、常にあったのです。


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