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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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若紫巻~若草はかの方のゆかり~

(ひじり)の寺で横になっていらっしゃると、僧都(そうづ)の御弟子が、惟光を呼び出した。広くはない所なので、君も直にその口上をお聞きになる。

「お立ち寄りになっていらっしゃると、今しがた知りまして、驚いてうかがいました。お見舞いを申し上げるべきですが、拙僧がこの寺に籠もっておりますことはご存知ですのに、お知らせいただけないことを、恨めしく思いますぞ。お泊りになる場も、私の坊にこそ準備すべきでしたのに。とても残念でございます。」

と言うので、

「十日ほど前から、瘧病(わらわやみ)を患いまして、発作が重なり耐え難くなりましたので、人に勧められるままに、急に訪ねてまいりましたが、このような徳の高い僧が効験を現さない時は体裁が悪いに違いなく、普通の僧よりもいっそうお気の毒だと思いまして、ごく内密に参りました。今、そちらにもうかがいます。」

と返答した。』



現代語訳で恨めしいとか言われると重いんですが、水臭いじゃないですか、くらいの意味でしょう。この二人は互いのことを知っていて、おそらく面識もあるんでしょうね。

そして光る君、こういう気遣いは出来るんですね。十八歳としては、気が利く方ではないでしょうか。



『すぐに僧都(そうづ)が来られた。こちらが気後れするくらい立派で、人柄も重みがあり世間から尊敬されている人なので、粗末な身なりで来たことを、きまり悪く思われる。

 僧都は、このように山ごもりしている間の物語などをお話しになって、

「同じ柴の庵ではありますが、すこし涼しい水の流れも御覧にいれましょう。」

と、しきりに申し上げる。面識のない人々に、おおげさに言い聞かせていたのを、気恥ずかしく思われるけれど、可憐であったあの少女も気がかりなので、出かけていかれた。


 僧都の庵は、本当に格別に風情があって、同じ木や草でも気を配って植えてある。月も出ない頃なので、遣水のほとりに篝火をともし、灯籠などにも灯を入れてあり、南面はとてもさっぱりと調えてある。

 空薫物そらだきものがたいそう奥ゆかしく香りを放ち、名香の香りなど匂いが満ちているところに、君の御追い風が、また格別なので、奥の人々も気を使っているようだ。』



部屋の中で香を焚いているのですが、どこからともなくほんのり香るように焚くものを、空薫物というそうです。名香は、有名なお香と勘違いしそうですが、ここでは仏に捧げるお香のことでした。どうやら、元々は仏前に備えるものとして、仏教とともに伝わってきた香が、私生活の中で楽しむものに進化していったようです。

そこに、光る君の衣に焚きこまれていた香が追い風のように香っているそうで、なんとも雅です。見た目は粗末にして身分の低い人に見せかけても、お香はきちんとたきこむんですね。さすがです。

香りの相性はあるでしょうが、何種類か混ざってとても良い香りになることもありますよね。知識がないので、想像すらできないのが悲しいとこですが。



『僧都は、人の世の無常や、来世のことなどをお話になる。光る君は御自分の罪深さが恐ろしく、

(自分ではどうしようもない思いで心が占められ、生きているかぎり思い悩むことになるのだろう。まして来世は、ひどいことになるに違いない。)

と思い続けられて、このような俗世から離れた暮らしもしたいと思われる。その一方で、昼に見た面影が気にかかるので、夢で見たと言い訳をしながら、ここに住む人について尋ねると、僧都は笑って、

「とつぜんの夢語りでございますな。お尋ねになられましても、がっかりなさることでしょう。故按察使(あぜち)大納言は、亡くなって久しくなりましたので、ご存知ありますまい。その北の方というのが、拙僧の妹でございます。按察使が亡くなって出家しましたが、最近、病を患いまして、このように私が(みやこ)にも出ないので、ここに籠もっているのでございます。」

と申し上げる。

「その大納言には御息女がいらっしゃるとうかがっておりますが。」

と、当て推量に仰せになると、

「娘はただ一人おりました。亡くなって十年余りになりますでしょうか。故大納言は、宮中に入内させようと、とても大切に育てておりましたが、その望みのようにはいかずに亡くなってしまいました。この尼君がひとりで育てておりますうちに、誰の手引でしょうか、兵部卿宮がお忍びで通うようになられたのですが、兵部卿宮の北の方は、高貴な御方であったこともあり、娘には気が休まらないことが多く、明け暮れ物思いに沈んで、亡くなってしまいました。物思いから病にかかるものだと、目の当たりにした次第です。」

など申し上げる。

 それなら、その娘の子だったのかと、合点がいかれる。親王の御血筋から、あの方にも似ているのかと、ますます心惹かれて、あの少女に逢いたいと思われる。

 気品があって美しく、なまじ利口ぶることもないという理想の通りに教え育て、妻にしたいと思われる。

「たいそうおいたわしいことですね。形見の御子はないのですか?」

「亡くなるのと同じ頃に生まれました。それも女の子で。これも心配の種でして、寿命が尽きるかというときに嘆いているような次第です。」

と申し上げるので、やはりそうか、と思われる。

「変な話ですが、私をその幼子の後見人とお思いくださるよう、尼君に申し上げていただけませんか。思うところあって通っているところもございますが、本当には気が合わないといいますか、一人暮らしばかりしております。まだ不似合いな年齢だからと、世間の人と私を同列にお考えになっては、体裁が悪いですが。」

などおっしゃると、

「うれしいにちがいない仰せ言ですが、まだひどく幼いものですから、戯れにでもお世話をなさるのは難しいのではないでしょうか。もっとも、女は人に世話をされて大人にもなるものですので、私は詳しく申すことができません。あの祖母に相談して申し上げさせましょう。」

と、素っ気なく言って、なんとなく堅苦しい様子をなさるので、若い御心には恥ずかしく、うまくお話することができない。

 僧都は、夜の勤行があるとのことで、そのまま阿弥陀堂にお上がりになった。』



雨夜の品定めの影響は、かなり大きいですね。

左馬頭さん、「子供っぽい人の欠点を直して妻に・・・」というあなたの発言が尾を引いております。

後見人というと、今では保護者のイメージですが、ここでは夫として生活の面倒を見るという意味に取れますね。

藤壷宮様のことで頭がいっぱいの光る君。お慕いする方の姪ならぜひ手元に、という気持ちが先走っています。「万一の時は親代わりになりましょう」ならともかく、「私が夫として面倒見ましょう、いや真面目な話」なんて言われたら、相手は怪訝に思うだけでしょう。



『雨が少し降って、山風が冷ややかに吹いていて、滝の水量が増し、音が高く聞こえる。

 すこし眠たそうな読経の声が絶え絶えに聞こえるのなどは、誰であれ、場所がら神妙な気持ちになる。まして君は、気分もたいそう悩ましく、思い巡らすことが多いので、少しもお休みになることができない。

 僧都(そうづ)がお勤めから戻らないまま、夜もたいそう更けた。

 奥にも人の気配がはっきりして、静かにはしているが、数珠が脇息に触れて鳴る音がかすかに聞こえ、さやさやと鳴る衣擦れの音は品があることよ、とお聞きになる。

 広いところでもないので、部屋の外側に立て並べてある屏風を少し引き開けて、扇を打ち鳴らされると、あちらからにじり寄る気配がある。

 すこし後ろに下がって、「変ね。空耳かしら。」と女房が困っているのをお聞きになり、

「仏の御導きは、暗いところに入っても、決して間違うことがないものを。」

とおっしゃる。その御声がたいそう若く品があるので、女房は何か申し上げるのも気恥ずかしいけれど、

「どなたへの御導きですか。わかりかねます。」

と申し上げる。

「不躾なことと訝しがるのも道理ですが、

はつ草の 若葉の上を 見つるより 旅寝の袖も 露ぞかわかぬ

(初草の若葉のような方を見てからというもの、お逢いしたい気持ちで、旅寝の袖も涙の露に濡れて乾かないのです)

と申し上げてくださいますか。」

とおっしゃる。女房は、誰への言伝かと困惑しているが、

「しかるべき訳があって申し上げるのだろう、と思っていただきたい。」

とおっしゃるので、奥へ入って申し上げる。

「なんと今風なこと。この君は、この子が情を理解するほどの年でいると、お思いなのでしょうか。それにしても、あの若草の歌を、どのようにお聞きになられたのでしょう。」

と色々と不思議なことで困惑するが、長くお待たせすると失礼だということで、返歌を差し上げた。』



「今風なこと」

もっと聞きなれた言葉で言うならば、

「今どきの若いモンは」

千年前から言ってたんですねえ。

当時の習慣をよく知らないので、この辺のやり取りはピンときませんが、光る君は恋歌の取次ぎを頼んでいるんですね。もし妙齢の娘がいたなら、その娘に伝えるのでしょうが、ここにいるのは尼君と童女。取次ぎを頼まれた女房も、誰に?と困ってしまっています。とりあえず伝えられた尼君は、いきなり恋歌を届けてきたことに呆れているようです。

ここでは、少女のことを若草と例えています。若草ちゃんと呼ぶべきでしょうか。でも、通りが悪いので、やはり若紫ちゃんでしょうかね。



『「このような人づてのやり取りは、経験がなく慣れておりません。恐縮ですが、このような機会に、真面目にお話ししたいことがございます。」

と申し上げると、尼君は、

「なにか聞き違いをなさっているのでしょう。あまりに真剣なご様子で、どのようなお返事を申し上げればよいのでしょう。」

とおっしゃる。女房を介してのやり取りであったが、光る君がきまり悪くお思いのようなので、直にお話をするために、にじり寄ってこられる。光る君は、

「突然のことで、浅はかだとお思いでしょうが、私は真剣でございます。仏は自然と(おわかりでしょう)。」

とまでは言ったが、尼君がひどく落ち着いていて、こちらが気後れするほどなので、すぐには言い出すこともおできにならない。それでも、幼い頃に肉親に先立たれた境遇が同じなので、頼りにしてほしいと熱心に申し入れたが、尼君は、まだ幼くて、このような話はとても相応しくないと知らずにそうおっしゃるのだろう、とお思いになって、なかなか気をゆるした御返事もなさらない。


 僧都が戻ってきたので、

「まあよいです。まずはこのように申し上げておけば、たいそう心強いことです。」

と言って、光る君は屏風をお閉めになられた。』



光る君、推定十八歳。若紫ちゃん、およそ十歳。

たしか小学生の時、大学生が小学生を見ていいなあと思うようなもの、という先生の説明に、クラス中が引いたのを覚えています。小中学生からすれば、大学生は大人も同じですからね。

尼君も周りの女房も、さすがに真面目には取り合いません。

光る君も、すぐに妻に、なんて思ってはいませんが、そういう前提での申し入れなので、けんもほろろなのは当り前です。光る君も性急すぎるのは分かっていて、「まあとりあえず申し入れたから。まずは第一歩だよね。」と自分を慰めてます。


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