源氏物語の世界⑨瘧について
若紫巻に入る前に、瘧についてみていきたいと思います。
というのも、光る君がこの病にかかったところから始まるので。
瘧または瘧病、珍しく病名が言及されています。
ちなみに、風邪は咳き病みとなっていました。
瘧と聞いて何のことかわかる人はだいぶマニアック、いえ、物知りだと思います。
これ、マラリアのことです。マラリアっぽい症状の病、とも書かれています。
まあ、昔は今と違って病原を特定する方法はありませんでしたからね。症状の記録を見て、たぶんマラリア、と言うしかないんです。
マラリアは熱帯の病気のイメージが強いですが、実は5種類あって(最近まで4種類でしたが5種類目が見つかったらしい)、温帯でみられるタイプもあるのです。結構世界中にあった病気で、シベリアでの報告もあるというのでびっくりです。
マラリアは原虫が感染することで発症します。媒介するのは蚊です。人間を最も多く死に追いやっている、あの危険生物です。耳元をぷ~~んと飛ばれると、イライラ度が跳ね上がったりしますよね。
さて、一番危険なのは熱帯熱マラリアです。というのも、脳症や多臓器不全を起こすことがあるからです。旧日本軍が最も悩まされ、多くの命が失われる原因になった病です。
熱帯地域には、マラリアに対抗する体質になっている人もいます。でも貧血になるので良いことばかりではありません。
日本、特に本州以北で発生していたのは、三日熱マラリアのようです。三日毎に発熱するからなんですが、分かりやすい名前ですね。
瘧というのは、主にこの三日熱マラリアを指しています。
マラリア原虫はスポロゾイトという状態で人体に入ってきます。幼虫のようなものでしょう。
そやつらは肝臓に潜んで増殖し、メロゾイトというものに成長してから潜伏していた肝細胞を破壊し(!)、血液中になだれ込みます。そして赤血球に入り込んでさらに増殖・破壊・次の赤血球に侵入、というのを繰り返します。
赤血球が破壊されるときに発熱発作が起きるのですが、三日熱マラリアは48時間毎に40度の発熱を繰り返すのです。
原虫は蚊に戻れなければそのうち死んでいくのですが、それまで人間のほうは、定期的な高熱と進行していく貧血に苦しむことになるんですね。しかも、中には肝臓の中で休眠する輩もいて、そのうち再発することもあるらしいのです。おまけに、終生免疫ではないので、何度も感染します。
現代に生まれて良かった、としみじみ思います。
昔は珍しくもなかったらしいマラリア。蚊帳が普及して激減・・・したかどうかは分かりませんが、江戸時代まではよく発生していたそうです。消えていった理由は、湿地の減少とか衛生環境の改善とか、色々あるようです。
瘧の治療法は、もっぱら加持・祈禱。・・・って要は、放置じゃないですか。
当時の人は大真面目なんですが、現代人の感覚だと、神頼みって、自然経過に任せるってことですよね。人事を尽くした後ならまだしも。
まあ、これは物語の中では、ですけどね。
源氏物語の中では、病気になると加持祈祷が行われます。朝廷には典薬寮という役所があるし、医師も存在するはずなんですが、とても影が薄くて、僧侶と修験者のほうが頼りにされています。
ただ、現実世界では、医師による治療と、僧侶や修験者による加持祈祷はセットで行われるもので、同等の重みをもっていたそうです。初期の典薬寮には、呪禁師なる人たちがいて、これがまじないで治療をする人なんですね。後に陰陽師にその役目を奪われて消滅しましたが、現代の感覚ではびっくりな話です。
加持祈祷やまじないは、医術と同じで技術だと認識されていました。なので、国の機関に所属していたり、国の監督下で養成したりもしました。少なくとも朝廷や貴族社会では、よく分からない自称まじない師が、胡散臭いことをしていたわけではないようです。
とは言っても、すんなり理解するのは難しいですね。物語のネタにはできそうですが。
ちなみに、現代ではマラリアに対する薬を使用します。最近、ワクチンもできたらしいです。そして何と言っても、蚊対策です。蚊が媒介する病気は他にもありますからね。シンガポールでは、余計な水たまりを作らないように指導されるそうですよ。




