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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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夕顔巻〜葬送、傷心の光る君〜

『道は遠く感じられる。

 十七日の月が出て、鴨川の河原あたりでは先払いの火も仄かであるし、鳥辺野を遠く見やった時などは何となく気味の悪いものだが、それすら何とも感じることなく、かき乱れる気持ちで到着した。

 周囲もとても寂しいところだが、尼の住まいは実に物寂しく、燈明の明かりが、かすかに隙間から見えている。その板屋には、女(右近)の泣く声だけがして、外に法師たちが二人三人、声を立てないよう念仏を唱えている。清水寺の方は光が多く見えて人の気配も多いが、周囲の寺はお勤めも終わり、静まり返っている。この尼君の子である僧が、尊い声で経を読んでいるので、涙も残らず流れるように思われる。


 板屋に入ると、灯火が亡骸にそむけて置いてあり、右近は屏風を隔てて横になっている。亡骸は、恐ろしい感じもせず、とても可愛らしい様子で、まだ少しも変わったところはない。手を取って、

「私にもう一度、声だけでも聞かせてくれ。どのような宿縁があったのか、短い間にも心から愛しいと思ったのに、残して逝って途方に暮れさせるとは酷いことだ。」

と、声も惜しまず、際限なく泣く。僧侶たちも、これが誰とは知らないものの、みな涙を落とした。』



都の東側に、鳥辺野と呼ばれる地域がありました。これ、当時の墓地です。

古代は土葬が一般的ですが、平安時代になると火葬される人もいました。桐壺の更衣も、おそらく夕顔も火葬です。天皇は土葬で上皇は火葬、という決まりもあったそうです。

ただ、火葬は手間がかかるし、大量の薪も必要で、誰でもできる方法ではありませんでした。

都の庶民は、風葬になるのが一般的でした。要は野ざらし。

鳥辺野は、都の東側にある風葬地でした。・・・気味が悪いはずです。お墓参りどころか、埋葬(?)すら怯んでしまいそうです。

なお、西側には化野(あだしの)があります。

地方の庶民はどうしていたのでしょうか。できれば集落で協力して、埋葬してあげてほしいです。



『右近に、二条院へ行くよう言うが、

「幼い頃より片時も離れず、長年お仕え申し上げてきた方と急なお別れをすることになって、どこに帰れば良いのでしょう。このようにお亡くなりになったと、誰に申せましょう。」と泣き崩れて、「煙と一緒になって、姫君のもとに参りたい。」と言う。

「無理もないことだが、世の中はそういうものだ。別れというもので悲しくないものはない。残るも逝くも、同じく寿命なのだ。心を静めて、私を頼りにせよ。」

と慰めながらも、

「こう言うわが身こそ、生きてこの世に留まることのできない気持ちがする。」

と言うのも、頼りない感じである。

 惟光が、

「明け方になってしまいます。早くお帰りください。」

と申し上げると、何度も振り返り、ひしと胸が塞がる思いで外へ出た。


 道中はたいそう露が多く、いつもよりいっそう深い朝霧に、どこへともなく道に迷う気持ちになる。

 生前そのままの姿で横になっていたことや、自分がかけてあげた紅の衣装がそのまま着せてあったことなどが思い出され、どんな前世からの因縁だろうかと思う。

 馬にもしっかりと乗れず、惟光が助けながら付き添って行くのだが、鴨川の堤のあたりで馬から滑り落ちてしまった。惟光はうろたえて、あのように仰ったからといって、このような所にお連れするのではなかった、と思う。慌てて、川の水で手を洗い清水の観音にお祈りしてみるのだが、どうしようもなく途方にくれている。

 君も無理に気を取り直し、心の中に仏を念じて、惟光に助けられながら二条院に帰った。』



鴨川を三途の川に見立てているんでしょうか。

彼岸(あの世)へ行ってしまった夕顔に引きずられて、此岸(しがん)(この世)に戻れなくなる瀬戸際、という演出にも思えます。

夕顔が死んだ衝撃が大きかったからか、穢れに直接触れたからか、あるいは物の怪に魅入られたためか、この後、光る君は寝込んでしまいます。



『不可解な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、

「みっともないことですよ。このごろはいつもより落ち着きのない御忍び歩きを頻繁になさっていますが、中でも、昨日はたいそうご気分が悪そうにしていらしたのに、どうしてこのようにふらふらお出かけになるのでしょう。」

と、嘆きあっている。


 光る君は、臥せるやいなやひどく苦しがり、ニ三日もすると、ひどく衰弱したようになる。

 <内裏(うち)(帝)>のお耳にも入り、限りもなくお嘆きになる。病を鎮めるための御祈祷があちこちで暇もなく行われ、大変な騒ぎである。光る君は、世にまたとない優れた御姿であるので、長く生きることができないのだろうかと、あらゆる人々が騒いでいる。


 光る君は苦しいご気分の中にも、あの右近に部屋など与えて仕えさせている。惟光はとても落ち着かない心持ちではあるが、気持ちを静めて、何かと世話を焼いて手助けしながら、光る君にお仕えさせている。君は、少しご気分が良くなった時には、右近に用を命じたりするので、ほどなく右近はここの務めにも慣れた。

 黒い喪服の右近は、容貌は良いわけではないが、特に不器量で見苦しいということもない、若人である。

「不思議に短かったあの人(夕顔)との宿縁に引かれて、私も生きてはいられないようだ。長年仕えた主を失って心細く思っているだろうが、その慰めとしても、私がもし長生きするなら、万事に世話をしようと思っていた。しかし、すぐにまた自分も後を追うことになりそうなのが、残念だよ。」

と、静かに言って弱々しく泣くので、右近は、いまさら言っても仕方のないこと(主人の夕顔が亡くなったこと)はさておき、光る君のことは、ひどく惜しいことと思う。』



光る君、いいとこあるじゃないですか。初めてそう思いました。

彼女はともかく、その使用人のことまで、普通考えませんよね。彼女が亡くなった後、寄る辺ない身となった女房の面倒を見てあげようなんて、他の人はしないと思います。光る君が面倒見がいいというのは、こういうところなんですね。



『二条院にお仕えする人々は、足が地に着かないほどうろたえている。帝からの御使いが雨よりも頻繁にある。光る君は、帝が心配しておられるのを聞くと、とても畏れ多くて、なんとか気を強くしようとする。

 左大臣家でもあれこれ世話をなさって、左大臣殿も毎日訪れて、さまざまな事(加持祈祷?)をさせた。その効果であろうか、二十日余りひどく患っておられたが、これといった後遺症も残らず病が癒えたようすに見える。


 病が癒えるのと同時に、穢れに触れた物忌の期間も明けた。その夜は、帝がご心配なさっているのが申し訳なくて、宮中の御宿直所に参内する。

 左大臣殿は、ご自身の御車で光る君をお迎えになる。御物忌やら何やら、うるさいほどに慎みをおさせになる。

 光る君は、しばらくの間、自分が自分でないような、別世界に蘇ったように感じていた。』

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