夕顔巻~心惹かれて~
『それはそうと、あの惟光が命じられていた隣家の件だが、よく事情を探り出してきた。
「どこの誰かは全くわかりません。世間から隠れ忍んでいる様子に見えますが、時折、南の半蔀のある部屋に来て、若い女たちに混じって外を眺めることもあるようです。はっきりは見えませんが、顔立ちはとても可愛らしいようでございます。
先日、先払いをさせて通る車がございました。それを覗いていた女童が、『右近の君、早く御覧ください。中将殿がここを通ってゆかれます。』と言います。奥から感じの良い女房が出てきて、『なぜそうと分かりましたか。』と言って、打橋めいたものを渡ってきました。『君は御直衣姿で、御供の方々もいました。誰さんに、彼さんに…』と、頭中将の従者や小舎人童の名を言っておりました。」
など申し上げると、光る君は、もしかして、あの頭中将が愛しく思って忘れられない女だろうか、と思いついた。光る君がとても知りたそうな様子であるのを見て、惟光は、
「私の懸想もうまくいきまして、家の事情もすっかり調べたのですが、ただ同輩の女房たちがいるだけと見せかけております。私も気づかぬふりをして通っておりますが。女房たちはうまく隠したつもりで、小さい子供が言葉遣いを間違えそうなときもごまかして、そこに主などいないという様子を無理に作っております。」
など、笑って語る。
一時的ではあっても、住んでいる家の様子を思うと、これこそ、あの頭中将が侮った下流というべきだろう。しかしその中に、思いの外におもしろい事もあるかもしれない、などと思うのであった。
惟光は策を弄し、あちこち段取りをして、強引に光る君が通い始めるようにした。』
あらすじだけ読んでいた時は、なぜ夕顔さんが頭中将の彼女(常夏さん)だと分ったのか不思議でした。そこそこヒントがあったんですね。
頭中将くん、下流は端から切り捨てて、探しもしなかったんでしょう。すぐ近くを通り過ぎていたのに・・・
『女が誰かはっきりわからないので、自分も名乗らず、無理に粗末な身なりをして、今までになく熱心に行き来している。惟光は、いい加減なお心ではないのだと思い、自分の馬を光る君に差し上げて、お供をして走っていく。
光る君は、人に知られないように、あの夕顔のやりとりをした従者と、顔を知られていないはずの童一人だけを連れていくのであった。
なにか感づかれることもあろうかと、隣の家(尼君の家)に立ち寄ることもない。
女(夕顔)も、不思議なことだと合点がいかず、使いの者に人をつけさせたり、暁の帰り道を見張らせてお住まいを探らせようとしたが、光る君はどこともわからないよう行方をくらませてしまう。そうしておきながらも、この女が気にかかって愛おしく思わずにはいられない。軽率な行為だと反省し悩みながらも、たいそう頻繁に通っている。
このような色恋のことでは、真面目な人が取り乱すこともあるが、光る君は十分に自重して、人が非難するような振る舞いはしなかった。しかし、逢えない昼の間も、不思議なほど会いたくて仕方がない。その一方で、「馬鹿げている。そこまで心ひかれる事でもなかろう。」と、つとめて頭を冷やそうとしている。
女は、本当に驚くほどに従順で、おっとりしていて、思慮深く落ち着きがあるという点では足りなくて幼げではあるが、男女の仲を知らないでもない、という様子である。たいして高貴な身分でもあるまいに、どこにこうも心ひかれるのかと、繰り返し思うのだった。』
解説によれば・・・
左大臣邸の正妻(葵上)は相変わらずで、寄り付く気になれず。
六条の女君は、年上の教養豊かな人で、光る君からアタックして口説き落としたものの、お付き合いするには背伸びして気を張っていなければならないので、早々にお疲れモード。
そこへ現れた夕顔は、くつろいだ気分で会える癒し系。しかも、どこか放っておけない雰囲気のある女の子。
左馬頭さんは、「若くて楚々としていて、話し方も文の書き方も儚げだと、欠点があってもうまく隠れるし、また会いたいと思うんですよね。」と話していましたが、夕顔は、これを地でいく人だったようで、光る君もすっかり入れ込んだようです。珍しく自分でも呆れるほどに。
『下り立ち歩きたまふ』という原文は、普段車なのに徒歩で通うほど熱心だ、という訳文もあります。ただ、『下り立つ』には「懸命になる」という意味もあり、『歩く』は移動手段は問わずに「動き回る」という意味でもあったりして、普段と違って熱心に行き来している、という訳文もあります。どちらもありそうですが、古文て一筋縄でいかない、と思う部分でもあります。
『わざとらしいほどに、粗末な狩衣を着て、振舞い方を変えて顔を少しも見せず、深夜に人が寝静まるのを待って出入りするので、昔話の変化した者のようで、女も異様に思うのだが、人であることは手探りでもはっきりわかる。
「どなたであろうか。やはりこの好色な者の仕業であろうか。」と、大夫(惟光)を疑っているが、その惟光は、平然と素知らぬ顔をして、そのようなことは考えつきもしない様子で、絶えず浮かれまわっているので、どういうことかと訳が分からず、女の方も、普通とは違う不思議な物思いをしたのであった。』
う~ん、正体を知らせたくないといっても、これでは不審者ですけど・・・
どこの誰か知らないだけでなく、顔も知らないって・・・
彼氏彼女の仲なのに、顔も知らないってどういうことですか?深夜であっても、人が訪ねてきたら灯をつけて話くらいしませんか?真っ暗闇のままで逢瀬を重ねていたんですか?
そもそも、どこの誰か知らない人が家の中に忍び入ってきた時点で、事件なんですけど??
それに対して夕顔は、『うたて思ひ嘆かる(異様に気味悪く思って嘆息し)』つつも受け入れてます。従順とかおっとりとかいうレベルではないですね。
神話の時代に、神様が姿を変えて女性のもとへ通った話はありますが、それを思い出しながら、どなたかしら?と不思議に思うだけ。
この人には絶対に保護者が必要です。
『(光る)君は、女がこのように無心な様子で油断させておいて、そっと姿を消してしまったら、自分もどこを目当てに探したらよいだろう、と思う。仮の隠れ家であるようだから、いつどこへ移ってしまうかわからない。行方が分からなくなっても仕方がないと思える相手なら、ただの遊びごとで終わるであろうが、そうしてしまおうとは思えない。
人目を気にして通えない夜などは、とても我慢ができず苦しいほどに思えるので、
「やはり誰とは知らせずに二条院に迎えよう。もし世間の噂になって、具合の悪いことになっても、そうなる運命なのだ。我ながら、ここまでひどく人に執着することはないのに、いかなる宿縁であろうか。」
などと思う。
「普通とは違うお振舞いが、なんとなく恐ろしいです。」
と女が言うので、
「なるほど、どちらが狐なのだろうな。ただ化かされていらっしゃい。」
と優しく言うと、女もすっかり言いなりになって、それでもいいと思っている。
世間に例がなく不都合なことであっても、ひたすらに従順で、実に可愛い女だと思われるにつけても、やはりあの、頭中将の常夏の女ではないかと疑わしく思う。頭中将が語った女の気質も思い出されるが、隠しているようだからと、むやみに聞き出そうとはしなかった。
訪れがあまりに途絶えがちなら姿を消そうとすることもあるだろうが、この女には、気持ちを露わにしたり、不意に身を隠すような気質などはないので、勝手ながら、少し他の女に浮気するような時こそ、(女のいじらしさを)愛おしく思えるに違いない、とさえ思うのだった。』
夕顔さん・・・おとなしすぎます!「化かされてなさい」と言われて、どうして「それでもいいかしら。」と思えるの?!知り合いにこんな子がいたら、心配でたまりません。
光る君も、なんかひどいこと考えてない?遊びじゃないなら大事にしてあげて!
しかも、こちらに熱を上げていたから、六条の女君がおざなりになってますよね。二兎を追う者は一兎をも得ず、ですよ。
あと、空蝉さんの時もそうだったけど、宿世の縁、ないから。貴方が突っ走っているだけだから!




