夕顔巻~空蝉と六条の御方~
夕顔巻なんですが、光る君が三者同時並行でアプローチしてくれるせいで、閑話休題。空蝉さんと六条の女君のお話です。
現在なら、これを三股と言います。
惟光くん曰く「光る君ほどの方なら当然。」だそうですが。
『さて、あの空蝉であるが、世間の女とは違い、呆れるほどのつれなさである。もし従順であったなら、気の毒な過ちとして終わっていただろうに、こちらが負けて終わりそうなのが、たいそう悔しくて、気にかからない時がない。
このような並の身分の者は今まで気にかけていなかったのだが、あの雨夜の品定めの後、それぞれの階層に、興味を引かれる女が色々あるので、いよいよ隈なく関心を持つようになっている。
疑いもせずに待っているもう一方の人(軒端荻)を、気の毒と思わないわけではないが、空蝉が、素知らぬふりで、すべて聞いていただろうと思うと恥ずかしいので、まずこちら(空蝉)の心を見定めてからと考えているうちに、伊予介が都に上ってきた。
伊予介は真っ先に光る君のもとに参った。船路のせいで、すこし黒く日焼けして見栄えのしない旅姿は、不格好である。しかし、卑しからぬ血筋で、容貌などは年を取っているが小奇麗で、並ではない風雅な趣がある。訳もなくきまりが悪くて、心の内に思い出されることも様々である。
(実直な年配者に対してこのように思うのも、まったく愚かなことで、後ろめたいものだな。まったく、これこそ本当に体裁の悪いことであった。)
と、馬頭の諌めを思い出し、空蝉の冷淡な心は恨めしいが、夫のためには殊勝なことだと思う。』
訳もなくきまりが悪いんじゃないですよね。訳はありますよね。奥さんのこととか娘のこととか。
伊予介さんが気付いているかどうかは知りませんが、後ろめたいと思えるあたり、光る君もまだ素直な方かも。
左馬頭さんは、「浮気な者は相手の評判も落とすから気をつけてくださいよ。」と言っていたのですが、空蝉さんが軽くなびくような人だったら、伊予介さんは笑い者になるし、光る君も悪評が立ったかもしれません。
『伊予介は娘(軒端荻)をしっかりした人に預けて、北の方(空蝉)を連れて任国に下るらしい。
そう聞くと、どうにも落ち着かなくて、もう一度空蝉と逢うことはできないだろうか、と小君に相談したが、相手が同意しているような場合でさえも、軽々しく密会することは難しいのに、まして空蝉は、不釣り合いであるから今さらお逢いするのは見苦しいこと、と思って遠ざかっていた。
そうは言っても、すっかり忘れられるのも、言いようもなく悲しいに違いないと思って、しかるべき折々の御返事などは親しくお送りしつつ、何気ない文面に付け足す言葉も、光る君の目に留まるような趣を加えるなどしている。光る君としては恋しく思わずにはいられず、冷淡で憎らしい女ではあるが、忘れがたく思う。
もう一人(軒端荻)は、夫が決まったとしても、きっと変わらずに心を許すであろうから、あれこれ相手の噂は聞いたが、心も動かないのだった。』
空蝉さん・・・やりますね。自分の評価を守りつつ、光る君の心を引き留めるとは。
この人は下心ありませんが、もし意図的なら、したたかな女性です。陰謀渦巻く宮廷ドラマなら、面白い立ち回りをしてくれることでしょう。
『秋になった。
光る君は、自ら抱え込んだ物思いに心乱れる事が様々にあって、左大臣邸への訪れは途絶えがちで、左大臣邸の人からは、ひたすら残念で悲しいことに思われていた。
六条の御方にしても、なかなか気を許さずにいたのを、光る君に気持ちが向いてからは、うって変わって、月並な扱いになるのは、お気の毒なことだ。
それにしても、他人であった時のように、ひたむきでなくなるのは、どうしたことであろうか。
この女性は、物事を度を越えて思いつめる気質である。年齢も釣り合わず、世間の人が聞いたら何と思うかと悩ましいのに、このように訪れが途絶えがちの日々は辛くて、寝ても覚めても、ますます物思いに沈んでいる。
霧のとても深い朝、光る君は六条の御方にたいそう急かされて、眠そうな様子でため息をつきつつ発とうとする。女房の中将どのが、お見送りなさいませということらしく、御格子を上げて御几帳をひき上げたので、六条の御方は、頭をもたげて外を御覧になる。
植え込みの花が様々に咲き乱れているのを素通りできず、佇んでいる光る君の様子は、まったく他に比べようもない。
光る君が廊の方にいらっしゃるので、中将の君が御供に参る。紫苑色の、季節に合った薄絹の裳を鮮やかにひき結んでいる腰つきは、しなやかで優美である。
光る君は振り返り、隅の高欄に、しばらく中将の君を座らせた。中将の君のきちんとした態度も髪の下り端も、思いのほか素晴らしいと思って見ている。
光る君が中将の君の手を取りながら恋歌を詠みかけると、中将の君は馴れた様子で、主(六条の御方)に対する歌への返歌として返した。』
ナイス、中将の君。
主の見ている前で女房にも色目を使おうとする光る君に、うまく切り返しました。
なんかね、ありがちですね。口説き落とすときは熱心なのに、彼女になったら安心して扱いがおざなりになるのって。
これでも光る君、真面目で浮ついた浮気は致しません。不真面目な人間はどんなにひどかったんでしょうね。
この女君、『六条わたりの』とか『女』としか原文には出てきませんが、六条御息所ですよね。光る君より年上っぽいし、それなりの身分と思われるし。ただ、この時点では、細かい設定はまだ考えてなかったのかなあ・・・と、ちょっと思いました。
なお、空蝉さんの女房も中将の君ですが、この中将さんはまた別の人です。ややこしいですね。
『可愛らしい侍童が、感じのよい恰好をして、指貫の裾を露に濡らしながら花の中に混じって朝顔を折り、光る君に差し上げるところなどは、絵に描きたいほどである。
光る君を少し見ただけという人でさえ、心を止めない者はない。ものの情けを知らない低い身分の者も、花の蔭には、やはり留まりたくなるものではないだろうか。光る君の御光を拝見する人々は、それぞれの身分に応じて、自分の可愛い娘や出来の良い妹などを、この方のお側に仕えさせたいと思うのだった。まして、何かの折に御言葉を聞き、親しくご様子を拝見する近しい人で、少しでも物の情趣が理解できる人は、どうしておろそかに思うだろうか。
そんな光る君が、気軽にお通いになられないことを、じれったく思っているようだ。』
朝顔って、夏休みのイメージなんですが、秋の季語だそうです。10月頃まで咲く種類もあって、秋の方が花が長持ちするそうですね。
それはともかく、光る君の超絶イケメンぶりを想像するシーンです。細部が分からないので、個人的にはちょっと難しいんですが。霧が深いと、むしろ隠れてしまう気がするし。
とにかく、美しく優美で、親しみの持てる雰囲気の光る君には、誰もが虜になるようです。
最後の一文は、例によって主語がないので、誰が『心もとなきこと(待ち遠しい)』と思っているのか分かりませんが、このあたりからの積み重ねが、後の悲劇につながるんですね。
中将の君の後姿を書いてみました。紫苑色の薄絹の裳って、こんな感じだろうかと。
初秋の衣装がよく分かりませんが、薄襲に青の表着と蘇芳の唐衣にしてみました。
これって正装なんですが、特別な行事がなくても、主人の前では常に正装だったんでしょうか。朝も早いのに、大変ですよね・・・




