空蝉巻~思い果たせず~
『小君は、今度は妻戸を叩いて中に入る。人々は皆、寝静まっている。
畳を広げて襖のところに横になると、しばらくのあいだ寝たふりをして、灯の明るいところに屏風を広げ、薄暗くなっている所に、光る君をそっとお入れする。
光る君は、みっともないことになりはしないか、とたいそう気が引けたが、小君が導くままに母屋の几帳の帷子(布)を引き上げて、そっと入ろうとする。皆が寝静まっている夜の衣擦れは、柔らかくはあるが、かえってはっきりわかるのだった。』
自分から小君くんにせっついたのに、気が引けるって今更でしょう。
また拒絶されたら・・・ってことでしょうか。
まあ、されるでしょう。
小君くん、後でお姉さんに怒られると思うよ。
『女は、光る君がお忘れになるのを、うれしいと思うことにしたのだが、不思議な夢のような出来事が、心から離れない。落ち着いて眠ることもできず、昼は物思いに沈み、夜は目が覚めがちで、春でもないのに木の芽(この目)も休む暇がないのが嘆かわしい。というのに、碁を打った君(紀伊守の妹)は、「今宵はこちらに。」と、今時の子らしく語らって、寝てしまった。
若い人(紀伊守の妹)は何も心配せず、ずいぶんとよく眠っているようだ。そこへこのような気配がしてたいそう香が匂うので、女(空蝉)が顔をもたげたところ、単衣をかけていた几帳の隙間に、暗いが、にじり寄ってくる様子がはっきりとわかる。
呆れたことに思って、どうしていいかわからず、そっと起き出して、生絹の単衣をひとつ着て、すべるように抜け出していった。
(光る)君は入ってくると、女がただ一人で寝ているのに安心した。
衣を押しのけて近寄ると、先日より大柄に思われたが、別人とは思いもよらない。
眠り込んでいる様などは、妙に以前と違っているが、だんだん誰か分かってくると、呆れて不愉快に思った。しかし、人違いをして途方に暮れたように見えるのもみっともないし、女も変に思うだろう。目当ての人(空蝉)を探し求めても、ここまで逃げる気ならば、その甲斐もないことである。きっと、間抜けな男だと思われているだろう。あの灯影に見えた美しい女なら仕方がない。そう思うのも、思慮の浅さであろう。
女はしだいに目が覚めて、まったく思いもよらないことに呆然とした様子で、何の思慮深さも、気の毒に思うような心構えもない。男女の関係をまだ知らないにしては、ませている方で、弱々しくうろたえもしない。
光る君は、自分が誰とも知らせまいと思ったが、後でこの女が、どうしてこんなことになったか思いめぐらすだろうと、たびたびの方違えを口実にして逢いに来たことを、うまく言いつくろった。本当の事情に気づかれたら、むやみに世間の評判を気にするあの冷淡な女が、さすがに気の毒だと思ったのだ。よく思案する人ならば状況を悟っただろうけれど、おませなようでもまだ若いので、そこまで見抜けない。憎くはないが、心惹かれるところもない心地がして、やはりあの、いまいましい女の心をひどいと思う。
(どこに隠れて、見苦しい男だと見ていることだろう。このように頑固な人は滅多にないのに。)
と、あの人のことが、より強く思い出される。
それでも、この女の未熟で分別のない若やいだ気配も可愛らしいので、情愛たっぷりに将来を約束する。
「人に知られている仲よりも、このように秘密の関係である方が思いも深くなるものだと、昔の人も言っています。貴女も私を想ってください。私は世間を憚ることがないわけでもないので、思うままにできなかったのです。また、貴女の周りの人々も許さないだろうと、今から胸が痛むのです。私のことを忘れずにお待ちください。」
など、ありきたりなことを語らう。
「この小さな殿上人(小君)に言付けしましょう。何気なく振る舞ってください。」
など言いおいて、あの女(空蝉)が脱ぎ捨てていったと思われる薄衣を取って、退出した。』
いろいろとひどいんですが。いや、空蝉さんではなく光る君が。
目が覚めたら知らない男の人が目の前に・・・って、ある意味ホラーです。人違いだけど仕方ないって、あなたはそれでいいけど、間違えられた方はたまったもんではありません。その気もないのに「このことは秘密だよ。俺のこと待っててね。」ていうのもどうかと。
そもそも、相手の気持ちを無視して押し入ったのだしね。
紀伊守の妹(軒端荻)は、端役なせいか、印象があまり残ってないんですよね。空蝉さんとの対比で登場するだけだし、作者の扱いも心なしか適当です。
見た目は良いけれど、空蝉さんと比べて品が落ちるとか、慎み深さがないという描かれ方で、『なんの心深く~なし(思慮深さもない)』『用意もなし(女性が持つべき心構えや、するべき配慮?がない)』だから、こんなことになってるけれど、気の毒とも思わない・・・って、ちょっとかわいそうな扱いじゃないでしょうか。
思慮が浅いとされているのは、人生経験が浅いからじゃないかと思ったのですが、『戯ればみたる方』という言葉もあって、どうやら性格の問題でもあるようです。「ませている方で」という現代語訳は、おそらく控えめな表現なのでしょう。
それにしても、衣擦れの音でさえ響くのに、話し声なんかは丸聞こえではないでしょうか。周りは壁じゃありませんからね。おまけに香の匂いも強すぎて空蝉さんに感づかれるほど。
なぜ誰も異変に気付かないのでしょう。
『近くに横になっていた小君を起こすと、心配しながら寝ていたので、すぐ目を覚ました。
戸をそっと押し開けると、年老いた女房の声で、
「そこにいるのは誰ですか。」
と、いかめしく尋ねる。
小君は面倒に思って、「私だ。」と言う。
「これはまた、夜中にどうして外をお歩きなのです。」
と、外へ出て来る。腹立たしく、
「なんでもない。ここに出るだけだ。」
と言って、(光る)君を押し出し申し上げると、暁近い月があたりを照らしているので、ふと人影が見えて、
「もう一人いらっしゃるのは誰ですか。」
と尋ねた。しかしすぐに、
「民部さまでありましょう。けっこうな背の高さですね。」
と言った。背の高さを、いつも笑われている女房のことを言ったようであった。
老女房はそのまま戸口から出ようとするので、小君は困ったが押し返すことも出来ない。光る君が戸口に身を寄せて隠れていると近づいてきて、一方的に話をした上、お腹が痛いと去っていった。
やはりこのような忍び歩きは軽率で危ないと、いよいよ懲りたことだろう。』
最後にひやりとさせるおまけがつきました。本当に懲りたかは疑問ですが。
光る君に限って言えば、ここでばれて騒ぎになっても良いですが(多分本人も困らない)、女性達が気の毒な事になりそうです。
なぜ忍び込まれた方が困ったことになるんでしょうね。ちょっと納得いきません。
この場面で、老女房さんは『おもと』と呼び掛けています。女房詞で「あなた」という意味ですが、敬意を込める時もこの言葉を使うので、『民部のおもと』というと「民部さま」という意味になるのだそうです。




