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源氏物語ってこんな話だったんだ  作者: 紫月ふゆひ
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帚木巻~一夜の契り~

『君(光る君)は、くつろいだ気分で眠ることができず、むなしい一人寝だと思うと目が覚めてしまった。北側の<障子(そうじ)>の向こうに人の気配がしたので、紀伊守との話に出てきた女がいるだろうかと、そっと起きて立ち聞きしていると、先程の子供の、掠れた声がした。

「もしもし、どちらにいらっしゃいますか?」

「ここに横になっています。客人はお休みになりましたか。どんなに近くにいらっしゃるだろうと思ったけれど、遠かったようですね。」

 くつろいだ声の様子が、とてもよく似通っているので、姉だと思われた。

「廂の間にお休みになりました。噂に聞いていた御ありさまを拝見しました。本当に素晴らしかったですよ。」

と、子供がひそひそ声で言うと、

「もし昼間だったなら、覗いて拝見できたでしょうに。」

と、顔を布団の中に引き入れた声がした。

(癪だな。もっと気を入れて質問しろ。)

と、光る君はつまらなく思う。

 女君はこの<障子(そうじ)口>のはす向かいあたりに横になっているらしい。

「中将の君はどこにいますか。人気が遠い感じがして、何となく恐ろしい。」

と言うので、長押(なげし)の下に横になった人々が、

「下屋に湯浴みにおりていますが、すぐに参りますとのことでございます。」

と答えている。』



姉と弟の会話のはずなんですが、原文に『いもうと』と出てきます。誤字かと思いましたが、どうやら姉のことも『いもうと』と言っていたようです。男性からすると姉妹はすべて『いもうと』で、女性からみると兄弟はすべて『せうと』だそうです。紀伊守との会話の時には、姉と言っていましたが。

なんだか、ややこしいですね。


「もしもし」と現代語訳されている呼びかけの言葉は、原文では『ものけたまはる』です。元々は『物承る』だそうですが、平安人が電話を使うことがあったら・・・と想像すると、ちょっと面白いです。


下屋というのは、主要な建物の後ろにある建物で、召使のいる場所です。ほとんどの女房はそちらに移動したと紀伊守さんは言っていましたが、残っている人達は、女主人に声が聞こえる程度の距離で休んでいるようです。雑魚寝している雰囲気に感じるのですが、布団くらい敷いているのでしょうか。

女君が探している『中将の君』は女房ですが、紛らわしいことに、光る君も近衛中将なんですよね。作者がわざと紛らわしくしたんですが。



『皆寝静まっている気配なので、ためしに掛け金を引き開けると、あちら側からは掛け金をさしていなかった。几帳を入り口に立てて、灯はほんのりと暗い。唐櫃のような物をいくつも置いてある中を分け入っていくと、小柄な人が独りで横になっている。

 女君は何となくうるさく思うが、上に掛けていた衣を押しのけられるまで、探していた女房(中将の君)と思っていた。

「中将を呼んでいたので。人知れずお慕いしていた甲斐があった気持ちがしまして。」

と言われても、何が起きているのか分からず、物の怪にでも襲われた心地で声を上げようとしたが、顔に衣がかぶさって声も出ない。

「不躾にこんなことをして、いい加減な気持ちからだと思うのも道理ですが、長年貴女を思ってきた心の内をお知らせしようと思いまして。ずっと待っていましたが、このような機会を得たのも、私の気持ちが浅くないからだと思ってください。」

と、鬼神でさえ手荒には出来ないだろうという程に穏やかに話すものだから、女君は「ここに人が」と、大声で騒ぐこともできない。しかし、あってはならない事であるから、やっとの思いで、

「人違いでございましょう。」

と言うが、かき消えそうな弱々しい声である。

 消え入りそうに困惑している様子がたいそう気の毒でかわいらしいので、光る君は心惹かれて、

「間違いようもない心の導きを、心外にも分からないふりをするのですね。好色めいた振る舞いは、けして致しませんよ。私が思うことを少し申し上げねばなりません。」

と言って、小柄な人だから抱き上げて、<障子>まで出ようとしたところに、中将らしい女房が来あわせた。

「これ。」と声がするので、中将が不審に思って近寄ると、たいそう香の薫りが満ちて、顔にもふりかかる心地がするので、(これは光る君だと)気づいた。

 これは何としたことか、と驚き困惑したが、(相手が光る君では)何とも申し上げようがない。並の者であったなら手荒く引き放すだろうが、それでさえ、多くの人に知られるのは如何なものであろうか。

 中将はハラハラしながらも後ろからついてきたが、光る君は動じることもなく、奥の御座所に入り、襖を閉じて言った。

「明け方に迎えにまいれ。」』



光る君と女君(空蝉)のいる場所の間には、柱の間にしっかりした建具をはめ込んであって、戸締りできる戸(襖?)があったようです。が・・・

光る君の方だけ鍵かけても意味ないでしょう!

光る君も、試しに開けてみたり侵入してみたりしないでください!

おまけに、心惹かれたのはたった今なのに、よくまあ「長年お慕いしていました」なんて言えますね。相手が人妻って分かってるよね。たとえ相手が格下でも、ダメだよね?



『その女房がどう思うかということでさえ、女には死ぬほど耐え難く、流れるほどに汗をかいて、たいそう悩ましげである。光る君はいつものように、どこから取り出す言葉なのか、心が揺れ動くような、情愛深い言葉の限りを尽くしているのだが、女君はやはり情けない思いで、

「正気とも思えません。取るに足らない身ではありますが、蔑んでおられるそのお気持ちを、どうして浅いものと思わずにいられましょう。身分の低い者は低い者らしく従えということでしょうか。」

と、このような無理強いを、辛く思いつめている様子も本当に気の毒で、こちらのほうが恥ずかしくなるほどである。

「身分の違いなどはまだ分からない。初めての事なのです。むしろ、並の男と同列に思われていることが残念ですよ。自然と耳に入ることもあるでしょうが、私はひどく好色じみた心は抱いたことがない。前世からの宿縁であろうか。このように軽く思われるのも道理ですが、私自身、この乱れる心が不思議なのです。」

などと真剣に言うが、女君は、強情でつまらない女と思われても構わないと、拒む姿勢を崩さなかった。光る君の、類稀な美しい姿を見るに、心を許してしまうのがますます惨めに思えたのである。

 女は、柔和な人柄であるのに、無理に強情なふりをしているので、なよ竹のような弱々しい感じがする。本当に辛そうに泣く様子はとても気の毒である。

 しかし、もし逢わなかったなら、どんなに残念だっただろうと思う。

「どうしてこんなにも嫌うのでしょう。思いがけない逢瀬こそ、前世からの約束だったのだと思ってください。男女の仲というものを全く知らないように振る舞われるのは、とても辛いです。」

と、恨み言を言うが、

「このように定まらない身の上です。昔のままの我が身で、このようなお気持ちを頂いたのであれば、再びお逢いする機会を思って慰められるでしょうけれど、このような仮初めの逢瀬を思いますと、どうしようもなく思い惑っております。このことは、人に言わないでください。」

と思い悩んでいる様は、まったく道理である。』



解説によれば、女君は高貴な光る君に惹かれながらも、夫のある身で流されるわけにもいかず、葛藤しているそうです。一度は後宮入りの心づもりをしていた人なので、未婚の頃であったなら、皇子の妻になる希望も持てたけれど、受領の妻に収まった今となっては、あるまじき願いだと。

やはり立場というものがあって、腹心の女房にもどんな風に思われているかを気にしています。

しかし光る君、『いとほし(気の毒だ)』『あはれなり(かわいそうだ)』と言いつつ、結局自分の気持ちを押し通しました。おまけに、「どうして受け入れてくれないの?」と愚痴まで言う始末。

いや、あなたが恨みごと言う状況じゃないから。

相手の気持ちとか立場とか、考えてあげるにはまだ若いのかなあ・・・

それにしても、この巻の冒頭に、真面目で浮ついた色恋は好まないと書いてあったはずだけど、どこから湧いてくるか分からないほどの口説き文句は、場数を踏んでないと出てこないのではないでしょうか。



『鶏が鳴き、お供の人々も起きてきた。

 このような機会は得難く、手紙のやり取りも無理であることを思うと、君(光る君)の胸はたいそう痛むのだった。

 奥にいた中将も出てきて、とても困っているようなので女君を放した。しかし、また引き留めて、

「どのように連絡をすれば良いだろうか。世間に例のない貴女の心の冷たさも、貴女への想いも、浅くはないこの思い出は、滅多にないことでしたね。」

と泣く様子は、とても優美である。

 鶏がしばしば鳴き、どんどん明るくなってくるので、気が急きながらも歌を詠み合い、女を<障子(そうじ)口>まで送った。内も外も人が騒がしくなってきたので、襖を閉じて別れたのが、「隔つる関」の心持ちと思えた。

 月は有明で、光は弱くなってきたが形ははっきりと見えて、かえって情緒深い夜明けである。空に心はないが、見る人によって、美しくも寂しくも見えることよ。

 光る君は人知れず胸を痛め、言伝(ことづて)を送る術さえないのにと、後ろ髪を引かれる思いで出発した。

 左大臣邸に帰っても、すぐには休むことも出来ない。ふたたび逢える方法がないのを、まして、あの女の心の中はどうだろうかと、やりきれなく思う。別段すぐれたところはないが、よい感じに嗜みを身につけた、中の品の女であったな、くまなく見つくしている人(左馬頭)の言ったことは、なるほど本当であった、と思うのだった。』



衛門督(えもんのかみ)の娘(空蝉)のことは、元々噂で聞いて知っていたのでしょう。けれど、紀伊守と話をした時は、ちょっと思い出して興味を持った、程度だったはず。

なのに、これは一体どうしたことでしょう。

多分、拒まずにすんなり受け入れる人が相手だったら、ここまで燃え上がらなかったと思いますが。

頭中将と左馬頭さんの話、けっこう影響が大きいようです。


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