帚木巻~光る君と頭中将~
『光る源氏とは、名前は立派だが、実は欠点も多い。
軽薄だという評判を残したくないと、密かに隠していた色恋事もあったのだが、口さがない人々が語り伝えてしまった。
実際は、ずいぶんと世間を気にして真面目そうにしていたから、艶っぽい面白い話はない。(好色であると言おうものなら)交野の少将には笑われることだろう。
まだ近衛中将などでいた時は、内裏にばかりいて、大殿(左大臣邸)には途絶えがちにしか帰らなかった。
忍ぶ恋に心が乱れているのかと世間が疑うこともあったが、よくある無分別で浮ついた色事などは好まない性格である。ただ、稀ではあるが、ひどく予想外に憔悴するような恋をして、思いつめる癖が生憎とあり、時に望ましくない振る舞いもあった。』
源氏物語って、光る君が様々な女君と繰り広げる平安恋愛絵巻だと思ってました。
真面目で浮いた話がない・・・そうでしたっけ?
源氏物語が出来るまで、恋多きモテ男と言えば、交野の少将だったそうです。
この人の物語は、写本すら残っていないので詳細は不明です。他の書物に引用されている断片的な情報はあり、どうやら本物の女たらしだったようで、どんな女性でも愛人にしてしまうらしいです。人妻だろうと中宮だろうと・・・・あれ?
まあ、紫式部はそれも念頭に置きながら物語を書いたのかもしれません。
光る君は真面目で一途らしいので、頭の片隅に置きながら読み進めていくことにしましょう。
『長雨で晴れ間のない頃、内裏の御物忌が続いて、ますます長く宮中に控えているので、大殿(左大臣邸)では気がかりで残念に思っていたが、多くのご装束を立派に整える一方、大臣の子息達も、ひたすら光る君の宿直所にお仕えしていた。
中でも、宮(帝の同母姉妹)の御子の中将は親しく、遊びや戯れも、他の人より気安く遠慮なく振る舞っている。
右大臣が気を使って大切に面倒を見ている住まいは、この君(中将)も何となく億劫で寄り付こうとしない。いかにも好色な浮気者である。
実家にいても、自分の部屋は美しく設えて、光る君が出入りするのに連れ添っている。夜となく昼となく、学問も遊びも一緒にしてほとんど引けを取ることもない。どこでも一緒にいるうちに、自然と畏まることもなくなり、心の内に思うことも隠しおおせないほどに、親しくしていた。』
宮腹の中将、つまり葵の上の兄・頭中将ですね。初出は蔵人少将でした。右大臣の四女と結婚したけど、寄り付いていないようです。
天皇の側に仕えて、日常生活全般のお手伝いをしたり、宮中行事の補佐をするのが蔵人です。蔵人所の実質的なトップが蔵人頭で、公卿への登竜門ともいえる役職でした。大抵、武官か文官(弁官)を兼任していて、この人は近衛中将を兼任しているので頭中将です。文官なら頭弁と言います。位階は従四位相当。光る君も近衛中将なので、官職と位階としてはほぼ同格と言えます。
光る君にとっては、義兄にして従兄であり、最も親しい友人です。左大臣としては、姫君の方とこんな風に仲良くなって欲しかったでしょうね。
『所在なく一日中雨が降っている。しっとりした宵の雨のため、殿上にもほとんど人がおらず、宿直所もいつもよりはゆったりした雰囲気で、光る君は燈火近くで、書物など御覧になっている。
光る君が女性達と交わした手紙を、中将がしきりに見たがるので、差支えのないものだけを見せる。
様々な手紙を見て、これはその人かあの人かと、言い当てたり外したりするのを、面白いと思いながらも言葉少なにあしらっていた。
「あなたこそ多くの手紙があるでしょう。少し見たいものだ。」
と光る君が言うと、
「見ても面白いものは、ほとんどないですよ。この人こそはと思えるような、難点のない女性は滅多にいないものだと、段々わかってきました。
うわべだけ風情のあるように手紙を走り書きして、少しばかり気の利いたことが言えるという人なら、結構悪くない者も多かったのですが、それでも、本当に優れた人は滅多にいないものですよ。
自分が出来ることだけを、それぞれ得意になって、他人を貶めたりして、見苦しいことが多いのです。
親などが寄り添って甘やかして、生まれてから窓の内深くこもっているという時期には、ただその才能の一端を伝え聞いた男が、心を動かすこともあるでしょう。
容貌が美しく、大らかで若々しく、他に気を取られることもない時期は、ちょっとした芸事を精進することもあるので、自然と、一つの芸を趣きありげに仕上げることもあります。
その女を世話している人が、欠点は隠して、そのままでよい面は美化して伝えるのに、本人を見もしないで、推測で否定することができるでしょうか。では本当にそうかと見ていくと、評判通りというのはいないようですね。」
と嘆いている。』
光る君、真面目で浮いた話はないんじゃなかったっけ?ラブレターをたくさんもらっているようですが。
この時代、女子からラブレターを送ることってあるんですかね。光る君から声かけたんだと思うんですけどね。しかも、二番手の気安い手紙なら見せてもいいとか考えているんですが。
女性経験豊富そうな中将くんが好き勝手なことを言ってますが、これはまだ序の口です。まあ、同意できるところもありますけどね。
そのセリフの中に、『生ひ先籠もれる窓の内』という一文があります。またまた長恨歌の一節が絡んだ表現です。
『養在深閨人未識 養われて深閨にあり未だ人識らず』・・・どこに窓?
まあ、とりあえず、「家の内深くで大事に育てられて、まだ他所の人に知られていない」の意味です。「閨」には「奥深いところにある部屋」という意味もありますからね。
このあたりから、深窓の令嬢という言い方が生まれたんでしょうか。
『「良い家柄に生まれたなら、家人に大切にされて欠点が隠れることが多く、自然とその様子も格別に良いものに見えるはずです。中の品(中流)の家柄の女こそ、それぞれの性格や趣向も見えて、違いが分かるというものです。下層階級となると、特に関心はありません。」
と、精通している様子で中将が語る。
光る君が、
「その品(階級)というのは、どういうものだろう。元は上流の生まれだが落ちぶれた人と、普通の家柄で公卿まで成り上がった人の区別を、どのようにつけるべきか?」
と尋ねているところに、左馬頭と藤式部丞が、御物忌に籠もろうと参上した。
色好みで知られ、弁の立つ人なので、中将は待っていたと言わんばかりに迎え入れて議論を始めた。』
こうして雨夜の品定めが始まります。
くどくどと語るので、思い切り端折ってやろうかとも思ったのですが、よくよく読めば現代にも通じることだったり、含蓄のあるものだったりもするので、どこをカットするか悩むところです。
ちなみにここで語られる上中下の階級は、貴族の中の話で、庶民は眼中にありません。当時の貴族は、庶民を同じ人間と思っていない節があります。
とりあえず、中将くんが「中流の女こそ・・・」とか言ったことが、光る君の後の行動に影響してきたりします。
中将くんは何人の女の子とお付き合いしたんでしょうね。浮気者なんて書かれてますけど。そのくせ、なかなかいい女いないよな~なんてほざいて、いえ、嘆いています。
盛った噂につられて付き合ってみたら期待外れでがっかり、とか分からないではないですが。
でもねえ、中将くん。この人こそは、と思う男性も、滅多にはいないんだよ。
だから、おあいこです。




