第六話 無いものは作ればいい
「ただいま、どうした?浮かない顔だな。ソシャゲのガチャでほしいキャラが出なかったのか?」
「いや、全然違うよ!すごく遠い所へ行く方法が思いつかなくてさ、それで寒さを我慢して生きているところなんだよ」
「なんだ?なんだかわからんけど、面倒くさい事に悩まされているみたいだな」
剛君のお父さんは笑いながらビールのジョッキを傾ける。
「父さんは悩みがなくていいねぇ。地球の一大事だっていうのにさぁ」
「ん?地球がどうしたって?父さんに言わせれば、旨いビールがあって、旨いビールを飲みに帰って来られる家庭がある。これより幸せなことはないね。悩んでいる奴はみんなビールを飲めばいい。そうすれば全ての悩みから解放される。おっと、未成年はビールを飲めなかったな。若いうちはいろいろ悩むのも楽しみの一つってことだな」
剛君のお父さんは一杯目からすでにご機嫌なようだ。
「ははは、父さんはビール教の信者だね。今日学校の授業でやってたよ。強く信じるものがあると地球滅亡の不安すらも克服してしまうんだね」
社会の授業で先生が言っていたことは本当みたい。でもね、悩みから解放されることと、問題が解決することとは別の話だ。たとえビールを何杯飲んだとしても太陽の巨大化が止まるわけではないのだから。
「はっはっは、ビール教、それはいいね。だいぶいい!それでは、偉大なるビール神様が悩める子羊へ、比類なきお告げを与えて進ぜよう。えぇと、たしか遠くに行きたいんだっけ?それは本当に遠くに行かないとだめなのか?近くにあるものを使って工夫すればここに作り出すことはできないか?無いものは作ればいい。我々土木作業員はそうやって人々が暮らせる場所を広げてきた」
「おいおいビール神様!途中から土木作業員になってるよ」
「え?そうか?まぁ、いいだろ。神様のお告げより、勤続25年のサラリーマンの経験値が役に立つこともある」
父さんは上機嫌でビールを傾けている。神様のお告げどころか酔っぱらいの戯言だな。と思いつつも、言っていることは間違っていないなぁとも思った。『無いものは作ればいい』か。近くにあるものを使って工夫すれば・・・あっ!
「そうだ!その手があった!父さんやるじゃん!さすがは土木の現場監督だ!」
「ん? あぁ、そうだろ?土木ってのは人々の役に立つものだ。もちろん息子のお悩み解決にも効果覿面だ」
父さんは順調に酔いが回っているようで、今度は語りだした。
「壮大な悩みがあったとしてもだなぁ、目の前の道路からしっかりと作っていけば、そのうち解決までたどり着いちまうものなのさ。そうやって毎日を一生懸命生きていると、一日の最後に飲むビールってのがまた格別になる訳さ。ビールってのはその日を頑張ったものにしか微笑まない。逆に、一日の最後に飲んだビールが旨いってことは、その日一日を頑張った証拠ってことさ。自分の一日をビールに肯定されたようないい気分。それが酔いというものだ。・・・なんとかかんとか・・・」
剛君のお父さんは酔っぱらうと饒舌になる。普段はこんなにしゃべるほうじゃないんだけどね。
さて、剛君はいったいどんなことを思いついたのかな?