008.初恋泥棒
「ベッド良し、ソファーよし、電気、よし。完璧だ!! 神よユイよ、ありがとう!」
「……もう帰ってもいい?」
済ませなければならない仕事がある、と言って帰ってしまったルアネス。それを追うようにして帰ろうとしたユイを引き止め、カイトはなんとか今まで時間を引き伸ばしているのだ。
「いやまだまだ、次はお風呂場チェックしないと」
「ええー、なんで私が一緒じゃないとダメなの?」
「子供じゃあるまいし!! ……てか、ユイって何歳なの?」
ふいに気になったことを聞いてみる。カイトは年下女子がタイプだ。
「まあ、ユイが何歳でも俺は暖かく受け止めるけどーー」
「てか、カイトさんも子供だよ? 私は15歳だけど」
「うおおおおおおっしゃああああ来たあああァ!!」
ガッツポーズで走り回るカイトに、ユイは思いっきり眉をひそめる。
「なんなのカイトさん。変人ー」
「うっ……しかし、変人に好かれてしまったユイも変人さ!」
「カイトさんって私のこと好きなの?」
大好き!と答えようとして、カイトは慌てて踏みとどまった。きっと、カイトを女子だと思ってる中告白されたら、色々と気まずいかもしれない。
「あのいや、俺の親戚がユイの大ファンで……」
「……カイトって、最近この世界にてんい、してきたんじゃないの?」
「ああもっちろんそうなの!! そうそう! 親戚じゃなかった、とにかく!!」
しゅるしゅると髪を伸ばすユイを制し、とにかく言い訳をする。
「お前のこと好きっていうやつがいるんだけど……ユイと結ばれるためにはどんな事するといい? って聞いてて……」
「……ふーん?」
まだ懐疑的な瞳を向けていたユイだが、ユイのことを好きだという人がいることが嬉しかったのだろう。少し嬉しそうに髪を上下させた。
「じゃーね、」
そう言い、ベッドに座り込んでいたカイトを軽く押し倒すようにして、ユイはベッドの上に乗ってきた。
「ええええぇ!? ちょっ」
ユイに軽く押さえつけられ、身動きを取れないカイトは息を止めて推しの姿を認識する。カイトを起き上がれない程の力で抑えているというのに、透き通るような白い肌には血管一つ浮いていなく、改めてユイの強さを認識する。そして、甘い顔をするユイに見とれて、息を吸うのも忘れる。
「……んなっ」
ようやく理性が目覚め、カイトは動こうと身を悶えさせる。
(まさか、嘘だってバレたか……!?)
するとユイは息を吸い込み、かわいい笑みを浮かべた。
「『創造神』を倒してくれたら、考えてあげる」
ちょん、とカイトの唇に指を当て、ユイは言い切った。
「……は……?」
「あれ、もうこんな時間。夜ご飯は食堂だからねーっ、また後で!」
「っっっ……ちょっと、待っ……」
その言葉の真相を知る由もなく、むしろその内容はそっちのけでカイトは口をぱくぱくとする。
石のように固まるカイトに食堂を食べさせようとも聞こえるような文を言い切ると、ユイはふわりと立ち上がった。語彙力が壊滅的なまま、ばいばーい、と明るく言って去るユイ。ベッドに倒されたまま固まるカイト。照れと唖然とした感情が脳内を駆け巡る。
「……なんだ、ったんだ、今の」
真っ赤な顔でしばらく固まった後、なんとか言葉を発する。
「唇ちょんとか……語彙力がないとか……ゆ、ユイってかわえええええぇぇええ!!」
カイトは踊りだしたい気持ちで叫んだ。
その絶叫は部屋中に響き渡り。
「うっるさい!! いきなりうるさい!!!」
その絶叫とともに、ばーん!と扉が蹴破られた。
「ユイ大好きいいいいぃ……えっうおおちょ誰!?」
「それはこっちのセリフ……」
いきなり新たな登場人物が登場し、カイトは腰が抜けそうになる。
そこには、自分より低い身長の少年が立っていた。敵意が灯ったオレンジ色の目が、らんらんとカイトを睨据えていて。
「……え、あ、お、女の子、でした、か……」
急に、少年がかくんと膝を折った。
「えーっと……あはは……」
(おおお女子パワーよ!)
愛想笑いで誤魔化しながらも、カイトは攻撃されなかった事にホッとする。現実世界ではうっとおしかった見た目が、異世界でこのように役立つことにカイトは驚きだ。
「えっと、あの、おおお名前は?」
「あ、俺? 三雲カイリ! タイプは……」
「ぼ、僕はレインですっ!!! か、カイリさんの横の部屋の者ですっ!!!」
最後まで言わせてくれずに、レインと名乗った少年は前のめりになる。
「ちなみに、『豪雨の猛獣』の魔号11番、6級魔力使いです!」
「なんじゃそりゃ……豪雨の猛獣ってそれ最強でしょ」
「ち、違うんです! ただ雨を降らせる魔力で……あの……カイトさんのステータスを聞いても……?」
カイトは脳を働かせ、先程ルアネスに任命された言葉を思い出す。
「えっと、『聖神の空間術師』、魔号12番、級名無し、だったかな」
「聖神……!? 聞いたこと無い……」
レインは口をパクパクさせながらもつぶやく。
「つまるところ、ワープ能力ってやつ。多分だけど、行きたい場所とか思い浮かべると行けるんだと思う。ユイのときもそうだったし」
「ゆ、ユイ様にお会いしたんですか!?」
「さっきから反応いいなこいつ」
目をキラキラさせながらも近寄ってくるレインに、カイトは苦笑いをする。
「どうでしたか!? ユイ様ってかわいいですよねへぶしっ!!??」
思わずカイトの右手が飛び、レインの頬にぶち当たる。
「おっとごめん、恋のライバルには俺の右手が飛んじゃうんだよね」
「ううっうううー」
「うっそん!? 俺のせい!?」
カイトの赤い手形を頬に、レインが目をうるうるとさせ涙目になり、カイトも半泣きでなだめにかかる。
「ごめんごめんごめん、違う違う、全部俺の右手とお前のせいだわ。俺のせいじゃなかった。ごめん」
「大っ嫌いいぃー」
「うぐ」
カイトはますます焦り、じたばたと部屋を行ったり来たりする。
「ほ、ほら、あめちゃんあげるから、な? な?」
「僕を何歳だと思ってるんですかああ14歳ですううう」
「あ、そなの? それは知らなんだ」
まだぐずっているレインの頭からつま先まで眺めまわし、カイトは納得する。
アクア色の短髪に、頼りなげな姿勢、顔つき。確かに中学生くらいに見える。
「ぎゃああああぁ」
「もういい加減に泣きやんだらどうかな!?」
とうとう絶叫するように泣き始めたレインにとうとうしびれを切らし、カイトは唇をへの字に曲げた。
「そんな頬殴ったくらいで泣くなって……」
「……でて」
「ん?」
「あ……頭、なでて……」
ぼろぼろと涙を流しながらも、赤い顔をしてレインはそうぼそぼそと言う。
「そしたら……ひっく、泣きやめるかも」
「あのね、もう中学生だろ? そんなこと言ってたら一生バブちゃんだし、そもそ初対面の人に言うことじゃないよ!? 出会って数秒なんよ!? てかこの世界がせっかちなのか!?」
「うええええぇー」
「うわわごめんごめんごめん」
また泣き始めようとするレインの頭に手をおき、カイトは強引に髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回した。
「っ!! か、カイトちゃん……」
「これ、言った方がいいのかな!? ちゃん付けめっちゃ気持ち悪いんだけど?」
性別を告白しようか迷っている最中で、レインの部屋の扉が大きく開いた。
「ああ、探したぞ。泣き虫レイン、練習の時間だ……お覚悟」
「ぎょえ!?」
いきなり入ってきた誰かは、カイトを見つけた瞬間、問答無用で手刀を打ち込もうととびかかってきた。
「うわっカル、ダメだよ!! この人、新しい魔力使いなんだから!」
レインが慌ててその人を止めにかかる。
「ううっおおお、お前誰だよ!! てか俺何回死にかけた? しかもまた新しい登場人物!? 登場人物ラッシュかよ……」
レインが手刀を軽く払い、カイトを守ってくれたのに対し、カイトはぶるぶると震えながらもレインにしがみつき、精一杯のお礼を込めた。
「っ!! か、カイトちゃん!?」
「……ああ、女性だったのか。これは失礼」
カイトをちゃん付けしたことで女子だと判別したのだろう。手をおろした、カルと呼ばれた男子は静かに頭を下げる。
彼は、カイトよりも背が高く、整った顔つきをしていた。輝く銀髪に青い目。その顔に、カイトは反吐を吐きつけたい気持ちで顔を歪めた。
カイトが世界中で最も憎しみを持つ人類、それが『イケメン』である。かわいい顔に生まれたカイトからしたら、憎悪と憎しみと羨望の塊なわけだ。
カルの澄んだ目はしばらくカイトを観察するように尖っていたが、
「私は『灼熱の炎』、魔号6番、2級魔力使い、レインの相棒だ」
「うんうん、僕の相棒! 家族のようなものー」
「相棒!? そんなのあるのか? てか灼熱てまたもや強そうな。しかも……に……2級」
どうりで威厳放つオーラを感じたわけだ。
「てことは、ユイと同じなわけか……めっちゃ腹立つ!!」
「……もしレインさえ許せば、そのか弱い体を潰すことも可能だが」
「「やめて!?!?」」
レインと声が被る。カルは忌々しげに構えていた手をおろす。
「もしカイトちゃんに危害を加えたら、めーだからね! 水びだしにして、窒息させてやるんだからね!」
「そしたら私は炎で水を蒸発させてレインを焼き滅ぼすが」
「うええええーん」
「安心しろ、火は水の中ではつかない。普通は」
「その普通じゃないの知ってるんだから!!」
そう仲睦まじく言い争いをする二人を見やりながらも、カイトは二人が対象的な魔力の持ち主なのにも関わらず相棒であることに違和感を覚える。
「普通なら、犬猿の仲とかなりそうだけどな……」
と、またもや来訪者がカイトの部屋の扉を開ける音がした。
「カイト! ちょっと来てほしいんだけど……って」
「ユイいいいいぃ!!?」
扉が開いたその先には最推しであるユイが立っていて、カイトは絶叫(いい意味)した。
泣き虫、殺人鬼(?)と来て、ラストに推しが来ることにカイトは幸せの絶頂であった。
「なんだユイ、もしかして俺のハグが恋しくなった!?」
「ゆ、ユイ様!?!? ていうか、カイトちゃん、ユイ様の事……!?」
「ああ、ユイじゃないか」
「あれっ、せっかく今から紹介しようとしてたのに、もう仲良くなっちゃったの?」
それぞれの言葉でユイを歓迎すると、ユイは苦笑いをながらもカイトをちらりと睨んだ。
「あれれれ、嫉妬!? ユイ、それって嫉妬!?」
「うるさい」
ユイは髪をさらさらと伸ばし、カイトをぐるぐる巻にする。
「いだい、ぐるじい、助けて」
「べーだ、カイトさんがからかったからでしょ!」
そう、可愛らしい喧嘩が行われている中。
「ねえねえ……カル」
「なんだレイン。トイレか? あめちゃんがほしいのか?」
「ふん、僕そんな子供じゃないもん!」
そう言いながらも、レインはもじもじと体をくねらせる。
「なんだ、言ってみろ」
「……ん、えっとね」
レインは赤い顔でカルの耳に顔を寄せて、
「僕ね……カイトちゃんの事、好きになっちゃったかも」
「ーーーー!?」
そんなことも知らず、カイトはユイと戯れていた。