006.聖言
「はあ……?」
ルアネスの口から飛び出た言葉に、カイトは呆気にとられる。
「どういうことでしょうか、ルアネス様」
ユイも、焦ったように声を出した。
「言葉通りです。あなたには、『魔力使い』になれる魔力がありますので。それに、もしもカイトが魔力使いになると決まった時には、ユイに指導をお願いしたいのです」
だからユイを呼んだのです、とルアネスは頬杖を解きながらも言う。
「え……私が、指導?」
ユイも、カイトと同じく目を白黒させた。
「待て、もしや、転生ボーナス的なやつ!? 魔力セット!? しかも、もし俺が魔力使いになったら、ユイと接近のチャンス!?」
「……何のことかわかりませんが、とにかく、あなたには選んでもらいたい」
はしゃぐカイトをよそに、ルアネスは、再び目に力を帯びさせた。
「ーー魔力使いとなるか、この国を出ていくか」
「ルアネス様……」
ユイが、潤んだ瞳でカイトを見た。
「……っ」
カイトには、この国の名前すらも分かっていない。もちろん、周りの国のことなどチンプンカンプンだ。さらに、この国から出るとなると、ユイに会えなくなってしまう。
となると、カイトの選択肢は一つ。
「ーー分かった、俺は魔力使いになる!」
「!! カイトさん」
ユイがギョッとしたような瞳を向けてくる。
「それ、簡単に言ってるかもしれないんだけど……」
「ユイ」
ルアネスはユイを制し、そしてカイトを見やる。
「なんだその目は? まあ、俺にはこの道しかないんだ。でないと、漫画の世界で死んじゃうし。ていうか、めっちゃ楽しそうじゃない!? 異世界で生きるとか。死ぬのはゴメンだけど……まあ、ユイが横にいるなら死んでもいいんだけど!」
「ええー……全く言ってる意味が……」
ユイが身をそってカイトから距離を取る。
「とにかく、魔力使いになる訓練を受けられるのですね?」
「……うん。俺に受けさせて」
そうカイトは言い切る。すると、ルアネスがゆっくりとカイトに近づいてきた。
そして、強く抱きしめた。
「……っ!?!? ちょっ!?」
「動かないでくださいね」
美少女のいきなりのハグに、カイトは真っ赤になりながらもジタバタをもがいた。
「る、ルアネス、ごめんだけど、俺はユイ一筋で……」
「……何を言ってるのですか。やはり脳内がお事故りになられてますね」
さらっとカイトをディスりながらも、ルアネスはゆっくりと離れる。
「やはり、何かしらの魔力は持ってますね。これなら大丈夫」
「って、そういう事!? 今のハグって、それ確かめるためにやってたの!?」
「当たり前じゃないですか。馬鹿なんですか」
「そうだよ、カイトさん、馬鹿」
「がはっ」
二人からの猛攻撃に、カイトはノックバックを受ける。
「……では。早速行きましょうか、カイト」
「どこに!?」
ルアネスは、ニッコリと顔に笑みを浮かばせると、隠されていた左手の袖の中に右手を入れ、
「時間よ、跳び進め。ーーータルムスピア」
強風が、カイト達を包み込み、足が地面から離れる。重力がカイトを手放した。
「ひああ!?」
爆風の中ユイの悲鳴が聞こえ、カイトは彼女の手を探り、つかむと一気に抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫だから! ……たぶん」
「……たぶんんんっ!?」
やがて、強い風は収まりーー
「お疲れ様でした、無事で何より」
固く閉じていた目を開き、カイトはギョッとした。
カイト達は、外に立っていた。ついさっきまでいた部屋とは違い、上には青空が、地面には青々しい芝生が広がっている。
「……え」
ユイを抱きかかえたまま、カイトは呆然とする。
「これは、まあ……瞬間移動、とは違いますが、似たようなものです」
ルアネスは小首を傾けて、そう言う。
「瞬間、移動か……異世界って、不思議」
「私は『時間』を操れますからね。私達がここへ来る未来へと、タイムワープしたわけです」
「ああ、なるほど……」
「で、でもルアネス様、あの風は……?」
まだ抱きしめられたままのユイが尋ねる。
「ああ、あれはワープに慣れていない人が感じるものです。私のように慣れれば風など感じませんし、時間も短縮されますから、私はあなた達よりも早く着いたわけです」
「つまり、強くなればいい事だらけってことか。じゃあ俺は、何をすればいい?」
強くなり、世界最強になってユイの心を捕まえる。我ながら完璧な作戦だと、カイトは胸を張る。
「そうですね……まずは、あなたの『魔力』、『発動条件』を知ることからでしょうか」
やる気満々のカイトに対して、ルアネスは左手をそっと庇うように下げた。
「私の場合、時間が魔力で、発動条件は左腕に触れることです。ユイの場合はーー」
「私は、拘束が魔力。条件は特にないんだけど、切り札は、ピンクの部分に触れることかな」
「何となくわかったけど、なんでユイは条件がないんだ? それに切り札って……」
「発動条件がない魔力使いは、『聖言』という、様々な魔力を発動させるための言葉を発さずに使えるので、比較的簡単かつ有利です。しかし、簡単なため、極めないことにはすぐに突破されてしまいます」
「それで切り札っていうのは、魔力の最終形態みたいなやつ。それを発動させちゃったら、代償を伴うから、使わないほうが吉」
「……代償、か」
一度に使う魔法がある一定の量を超えると、代償が伴う。それは、カイトも知っていた。
「で、その代償は何かって事は分かるの?」
「それが分からなないから、下手に使えないのです」
ルアネスはため息をつく。
「なるほど。その代償ってのは、その魔力の強さとかによって変わるのか?」
「歴史書によると、その人にとって最も大事な物、だとか」
「なるほど……てか、そんなの発動させるような場面、あんの?」
さっきから、敵が攻めてくる、などの展開は皆無だ。いや、自分がその展開を生み出していた気もするが。
「……それも説明しなくてはならないのですが……、これは超級魔力使いにしか伝えられない極秘事項なので、伝え難いですね……」
超級魔力使いのみが知る、極秘事項。カイトは、その存在の強さに身震いする。
「1級以下の魔力使いには、このように伝えています。ーー『創造神の災からこの国を守るため』と」
「……っ、それって」
『最後にわらうのは、漆黒の創造神だろう』
広告に出た、この言葉を思い出す。
「それって、創造神がこの国を滅ぼすとか?」
「っそれは、無いと信じています、が」
あからさまに動揺した様子をみせるルアネス。
「じゃあどういうことなんだ。そもそも、創造神って……っ!?」
その瞬間、唇が縫い付けられたように動かなくなった。声も出ない。
突然の事に、カイトはひどく動揺する。
「か、カイトさん!?」
ユイがカイトの側へと駆け寄ってくる。
「すみません、これ以上は答えられないのです。……あなたが超級になれば、全てお教えしますから。これ以上聞かれると困るのです」
そう言い、ルアネスは左手の指を軽くカイトへと向けた。瞬間、ピクリとも動かなかった口が自由になる。
「っぶあああはああああ、何だったんだ、口に時間停止をかけたのか!?」
「ええ、そうですね。とにかく、これ以上聞かないでくださると」
そう言うと、ルアネスは疲れたとでもいうように芝生の上にぺたりと座り込み、カイトを上目遣いで見上げた。
「ところで、魔力はその人の最も望むことだったり、夢だったり後悔だったりするのですが、思い当たることはありますか?」
「それは、ユイへの愛じょぐはあああああ!!」
ユイからの強烈なパンチを受け、カイトは芝生とハグをする。
「だから、女の子に言われても困るんだってば」
「くっそー、今言いたい! 全部ぶちまけたい!! 俺の秘密!!!」
「……? というか私、男も大っ嫌いだから、恋愛できない体質なのかも」
「よかった、俺は女ですっっっ!!!」
カイトはユイの言葉に直ちに言い分を変える。すると、ルアネスがため息を付きながらもカイトを睨むようにして眺めた。
「もういいですか?」
「はい、すみません!! ほらユイも」
「んえ、私何も悪い事してないんだけど……」
推しのあたまに触れられる幸せを噛み締めながらも、カイトはユイの頭に手をのせ、力を加え、無理やり一緒に頭を下げる。
「すいませんしたあー!」
「……何か思い当たりましたか」
対して冷たい対応に打ちひしがれながらも、カイトは考えた。
「何があるだろ……やっぱ、この容姿か?」
生まれた瞬間から女子だと思われ、それからだって、それのせいで偏見を受けたりした。カイトからしたら、それは後悔でも悔しさでもある。
「ならば、顔に手を当て、聖言を言ってみてください。あなたは凡人に見えるので、きっと聖言なしじゃ何もできないと思うので」
「今めっちゃ傷ついたんだけど!? ひどくない!? てかいきなり聖言言え、とか無理ゲーでしょ!」
そう理不尽さに喚くカイトを尻目に、ルアネスは手に一冊の本を浮かび上がらせた。
古い本だった。表紙は破れかけ、紙は変色している。
「これは、聖言書です。世界に一つ、ものすごく貴重なので、触れると腐ってしまいます。ちなみに、先程と同じく、タイムワープを使って宝庫から取り寄せたものですが」
ルアネスは本に触れずに、小さな風を起こしてぱらぱらとページを開いて見せる。そして、しばらく吟味していたようだが、ふと顔を上げた。
「では、顔に触れながら、『ワタシ・オンナオトコ・ナイアルヨ』と言ってください」
「それ多分だけど馬鹿にしてるよね!?」
絶対に聖言なんかではないと言い切れる言葉に、カイトは内心疑う。しかし、ルアネスの射抜くような視線に気圧され、渋々手を顔に当てる。
「……ワタシ、オンナオトコ、ナイアルヨ」
当たりがしーんとする。もう一度試す。
「ワタシ、オンナオトコ、ナイアルヨ」
アホー、とカラスのような鳥が頭上を飛び去っていく。
「……」
「……ぷっ」
その沈黙を破るように、ルアネスが吹き出した。
「あはは、ごめんなさい、嘘、うそ、あはは」
「やっぱりね!? しかも、なんでユイも一緒になって笑ってるわけ!? マイ・推し!!」
すごく楽しそうに笑い転げるユイ。その横では、体をくの字に曲げて笑うルアネスだ。
「ああ、カイトさんって、ほんとに馬鹿なんだ。面白い」
ユイが目尻に浮かんだ涙を指ですくう。ルアネスも、長い白髪を揺らしながらもうなずく。
「……なんか、魔力使いになれるのか不安になってきたわ……」
そう、三人がじゃれあう中。
「……余所者にルアネス様と一緒に居られるなど……一生の不覚、怒り」
宮殿の中から怒りに満ちた瞳が向けられていることなど、カイトは知る由もなかった。