003.夢か現実
「……っ?ど、どういう……」
死にかけてからのまたの死亡フラグ。いきなりの美少女からの殺人予告に、カイトは目を白黒させる。
助けてくれたのではないのか、とカイトは痛む頭を無理矢理に回転させた。
しかし、思考が追いつく前に、美少女はいつの間にか握っていた剣で、カイトの首元に剣先を当てていた。
「言葉の通りよお? 裏切り者」
微笑みを崩さないまま、美少女は首を傾げた。
「だってそうでしょ? あの『聖神の大木』に近づける者など、『魔力』を持つものしかいない。それで、魔号がついてないなんて……裏切り者でしかないじゃない」
「いやいやいやいや、全くわからないよ? せいじんの……たいぼく? まごう? なんじゃそりゃ! 俺、夢の中か、もしかしたらひょっとしたらありえないけど転移してるもだしがあああああ!」
がご、と美少女に顔を殴られ、カイトは軽く目眩を感じる。その痛みが、先程ユイ似の少女が与えた痛みが、ここは夢の中などではないことをひしひしと伝えてくる。
「目は覚めたかしら?」
「……あの、聞きたいんだけど」
「なあに」
「ここって……異世界かなにかか?」
客観的に聞くと、ただのヤバい奴だ。ここが異世界だったとして、『そうです、異世界です』なんて答える人がどこにいるだろうか。異世界に住む人にとって、むしろカイトのほうが異世界人なわけで。
しかし、カイトにはその方法しかなかった。ただでさえ、おかしなことが立て続けに起こっている。現実世界に髪を操れる者などはいないに等しい。ましてや剣を向けてくる人などいたら、即座に警察が飛んでくる。さらに、三次元にはありえない美少女までいる。
「ーーなあ、答えてくれ。ここはーー」
「イセカイか何か知らないけど、女子なのにその話し方は好かれないわよ。まあ、もうそんなこと、どうでもいいんだけど」
「いや、もうこの状況だから言うけど、俺実はおとこ……」
どうせ斬られるだろうと思い、思い切って告白する。
しかし、全部を言い切る前に、ぎらりと光る剣が喉へ近づいた。先程ユイ似の少女に折られた首の部分に触れる。
「ーーっ!?」
その剣先が、真っ赤に染まり、赤い液体が吹き出した。現実を受け入れられずに、カイトは痛みも忘れて唖然とする。
ただわずかに当たっただけの刃。カイトは数度、かなり尖った(カイト的感覚)包丁を指に当ててしまった事があるが、血どころか当たった痕跡すら付かなかった。
なのに、この剣はなんだ。首にほんの僅かに当たっただけで、この出血量。やっぱり異世界なんじゃないのか、とぼんやりときちがいな事を考える。
「どうかしら、私の相棒の切れ味は」
微笑みを崩さず、美少女は甘く囁く。
「さて、ここまで待ってあげたのよ。覚悟は良いかしら、裏切り者」
そう、美少女がカイトの喉をかっ切ろうと剣を振り上げた。もう、ダメだ。異世界で死ぬとか、ついてねえ。首から血を吹き出しながらも、カイトは冷静だった。既に一度殺されかけているからだ。
ーーせめて、偽物なんかじゃなく、本物のユイ様の姿を一目見るだけで、すっきり死ねたのにーー。
カイトはそう思いながらも、生きることを諦めーーー
「ーーなんだか騒がしいと思えば、物騒な光景なのね、ウズリカ」
時を止めるような、鈴のような声の持ち主が、そうはさせてくれなかった。
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「っと、ごめんなさいね、すぐ助けてあげられなくて」
時が止まったかのように、辺りが静まる。ただ、鈴の音色のような声だけが響いている。胸ぐらを掴まれて、真っ青になったカイトの横を、その声の持ち主が通った。
「……ちょ、ここは危なーーっ」
「大丈夫ですよ、ウズリカなら止めましたから」
ハッとして、今や既にカイトを斬り終わっているはずの美少女を、恐る恐る見上げる。そういえば、美少女の声が、音が聞こえない。もちろん自分が死んでいるということもない。
「ーーえ、これって……」
「『静止』の魔力です」
ウズリカと呼ばれた、カイトを討とうとした美少女は、石のように固まっていたのだ。揺れていた髪も、純白の短いスカートも、全てが静止している。まるで時間が止まったような。
なんだかわからぬままも、また生き延びた、とカイトは荒い息を繰り返す。人間は、常軌を逸する恐怖に何度も見舞われると、かえって冷静になれると聞いたことがあるが、全くそんなことはないと会とは思う。
ユイ似の少女に対面数秒後に殺されかけ、挙げ句、そのピンチから救ってくれた恩人美少女に数分後殺されかけるという、ホラームービーよりも遥かに恐ろしい体験をしているのだ。冷静になれる訳がない。
「真っ青ですよ、大丈夫ですか?」
綺麗な声に、カイトは恐怖を忘れて感動する。胸ぐらを掴まれたままウズリカの時間は静止してしまったため、カイトは格好の付かない姿この上ない。このせいで、カイトの目線は上へと固定されているため、恩人の顔を見ることができないのが悔みだ。
「っああ……。ほんとに助かった。本気で死ぬとこだった。そういや、あの剣なんなの? 強すぎない?」
カイトは何度か深呼吸を繰り返し、なんとか落ち着くと、そう返した。そして、固まったウズリカに胸ぐらを掴まれたまま、忌々しく剣を見上げる。当然、振り上げられた剣も静止してーーーー
「ない!!! 静止してないよこの剣!!!! 死ぬあわわわわわわわ」
勢いは失ってるにしろ、剣がゆっくりと自分へ向かってきていたのだ。
カイトは意識を手放しかける。
「あら、ごめんなさい、忘れてた」
身動きができないため未だ姿が見れていない恩人が、剣の動きも止めてくれる。
「……」
「ごめんなさい、ただの剣じゃないって、すっかり忘れちゃってまして……って、あら?」
「ぷしゅー……」
とうとう脳が限界を迎え、カイトの体は死んだように力を失った。
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自分の体、手、足、指先までを感じた瞬間、カイトはガバッと起き上がった。
「……ぐっはあああ!! またやらかした、気絶した!! 何回目だ、気絶すんの!」
「きゃっ!?」
突然、死んだように寝ていた人が起き上がったのに驚愕したのだろう。可愛らしい悲鳴があがった。
鈴のような声音。先程の『命の恩人』ではないか。先に、自分の状況を知ろうと思い、失礼ながらも先に辺りを見回す。
上等なベッド。先程寝ていて殺されかけた部屋とは、また別の部屋のようだ。かなり広く、白で統一されてお洒落なつくりだ。
「……えっと、わざわざ助けてくださりありがとうござい……っ!?」
状況確認が終わり、カイトはようやくお礼を告げようと目線を上げ、息を呑んだ。
思わず息が止まるような美しい少女だった。新雪のような、くすみのない純白の瞳。紫がかったまつ毛は、きれいに整えられている。また、絡まり一つない白髪は、天の川のように澄んで光っていて、眩しいほどだった。また、ゆるりとはねた紫色の毛先は、愛らしさを際立たせている。
服装は、真っ白なワンピースを着ている。右手はノンスリーブ、左手だけ長袖で腕が隠されていた。
カイトは、これほど澄みきった美少女を見たことがなかった。
声を出せずに固まっているカイトに、少女は首を傾げて見せる。
「どうしました?」
「いいっいいっ、いやや、なななんでも」
直視できないほどの美しさに目をそらしたカイトに、少女は不思議そうな声を出した。
「ならいいんですけど……」
「っあ、ああ。ていうか、なんで助けてくれたんだ? めっちゃ嬉しかったけど、お前から見たら、裏切り者、とかなんだろ? 実際は、多分外の世界から転移してきたただのリアコなんだけど……」
すると、少女はにこりと微笑んだ。
「まあ、疑うのも無理はないんでしょうけど……、あなたには、裏切り者の気配を感じませんでしたので」
なんだか、カイトは良いオーラを出していたみたいだ。
「お、おお……てか、裏切り者ってなんだ?」
「裏切り者は、裏切り者です。魔力持ちなのを隠蔽してる人ですが」
脳が急速に回る。だめだ。追いつかない。
「あら、自己紹介がまだでしたね。ーー私は」
薄桃色の唇を開き、少女は告げる。
「魔力協会の女王、プリンシラ・ルアネスと申します」
綺麗な声で、少女はカイトの頭をさらに乱したのだった。