死者と番人
「…てなわけで死人が来るんで、『その子たち』にはなるべく優しく接してあげるよう、ご協力おなしゃーす!」
「あーい…」
返事こそしたものの、俺たち番人は納得がいかなかったし、何より困惑した。
「…行った? 行ったな…なぁ、お前どう思うよ?」
チャリアス様が出ていったのを確認した同僚がこっそりと話しかけてきた。
「どうって…こんなもん普通じゃねぇよ…」
「だよな…上の連中は何考えてんだって話だよな…」
俺たちはいわゆる地獄の番人ってやつなんだが、今しがた緊急会議が終わったところだ。
それにしても普通の死人が地獄に来るとか…
大体、天国か地獄、どっちに行きてぇかって意見を故人に聞くシステムが最初からどうかと思ってたんだよ。その結果、まんまと天国側が予約でいっぱいになったわけで…
「…あれ? オレ寝てた!?」
「お前よくバレなかったな…」
ラミーは居眠りをしていたらしい。
「それで、どんな話をしてたんだ?」
「明日から死人が地獄に来るらしいんだ」
「へぇ、死人が…は!? 死人ってあの…まだ天国か地獄か決まってないやつら!?」
俺も同じような反応をしたさ…
「そう。なんでも、天国の予約が大幅にオーバーしたとかで、一時的に地獄で預かるって感じらしい」
「だからってなんで地獄が預かるんだよ! ほらあの…どっかにさ! 死人専用の待機スペースみたいなの作ればいいじゃん!」
ラミーは面倒事がとにかく嫌いな性格だ。
「そんな場所作る費用も時間もねぇんだよ。予約に空きができるまでの辛抱だ」
「…ところで、どれくらいのあいだ預かればいいんだ? 3日? 1週間?」
「…1年らしい」
ラミーは口をおっ広げた。
「冗談じゃない! もう無理! オレ地獄やめて天国行く! 天国で呑気に番人やる!」
「でも天国行くってなったら大変だぞ。なんたって予約がとんでもねぇからな」
会議室に残っているのは俺とラミーだけだった。面倒事が嫌いなこいつと突然の事態に疎い俺はシンクロしたように落ち込んだ。
———その頃、死人サイドでは…———
「こんなのありえねぇよ!」
「私たちこれからどうなるの…」
「地獄なんて行きたくないよ!」
私はさっきまで自転車に乗ってて、左から出てきた車に轢かれて意識がなくなった。そうかと思いきやいつの間にか窓口にいて、天国か地獄どっちに行きたいか聞かれて、まぁ当然天国を選んだんだけど…
「明日から地獄って言ってましたよね?」
「はい…しかも1年って…」
広場のような場所に集められた死者たちが、口々にあれやこれやと喋っている。
私だって不安だ。天国ってどんな場所なんだろー、と、まだ見ぬ楽園を想像していた矢先のことなのだから。
…でも死んでしまった以上どうすることもできない。明日になるまで堂々と待とうではないか! そのあいだ何をして過ごそうか…
ひとまず誰かと世間話でもするか。暇だし、不安も和らぐだろう。
そう思った私は、先ほどから気になっている人のもとに近づいた。
「こんにちはー…」
「…ああ?」
パニックになり、誰でもいいから恐怖心を分かち合いたいこの状況でも、ただひとり誰からも話しかけてもらっていない彼が。
入れ墨と古傷だらけの彼が、なんだか気になる存在であったのだ。
「いやぁ、大変なことになりましたね。私たち明日から地獄ですもんね」
あぐらをかく彼の横に私も座った。
「…それがなんだ」
限りなくぶっきらぼうに吐き捨てられた。
「私の名前は清水与羽っていいます」
彼はやはり食いついた。
「ヨハネ? お前そんな名前なのか?」
私は小さい頃から名前を名乗るとこのような反応をされる。
「はい。親がなんとなくで付けた名前らしいんですけど、『与』えるに『羽』って書いて『与羽』って読むんですよ。いい名前だと思ってます」
「ほーん…与えるに羽か…羽を与える側か、羽を与えられた側か…どっちなんだろうな、お前は」
見た目は40代なのに、なんだか中学二年生のようなことをつぶやく彼。
「あなたのお名前は?」
「俺は中川竜二だ」
「竜二さんはどんな死に方をしたんです?」
「下の名前で呼ばれるのは気に入らねぇし、どんな死に方をしたのかって聞き方もどうかと思うぞ、姉ちゃん」
竜二さんは終始、冷めた目をしている。
「すみません。気になっちゃって。ちなみに私の場合、自転車に乗ってたら車に轢かれて死んだらしいです」
「まだ若ぇのに、ご愁傷様だな」
「それで、竜二さんはどんな死に方を?」
「しつけぇなお前! どんな死に方かって? 『ろくな死に方じゃなかった』…これで充分だろ」
「すみません。気になっちゃって」
竜二さんに強めに怒られてしまった。彼の声に周りの人たちもこちらを見ている。
「こんな生き方してりゃあ、地獄行きになるだろうとは思ってたよ。どんな形であれ明日から地獄なんだ。覚悟はできてる…」
呻るように語る彼は、どこか武士のようにも見えた。
———次の日、番人たちは…———
「というわけで! 前説と引率はラミーくんにお任せしまーす! みんな拍手ー!」
拍手は小さかった。チャリアス様に対する最大級の抗議が、この小さな拍手だった。
バタン…閉まったドアに耳を近づけ、しばらく経った頃にラミーは叫んだ。
「ふっっっざけんなァァァァァ!!」
ガチャッ
「言い忘れてたー!」
「アッ!?」
去っていったはずのチャリアス様が不意打ちにドアを開けてきた。ラミーはもう完全に真っ青だ。可哀想に…
「ラミーくん1人じゃ不安だろうから…ガルシアくん!」
「はいっ!?」
どういうわけだ? なんで俺の名前が…
「ガルシアくんもラミーくんの付き添い、お願いねー!」
「えっ」
マヌケな声を出しちまった。今なんと?
「付き添い…と言いますと?」
「そのままの意味だよ! ラミーくんだけに任せるのは荷が重いかなーと思ってさ。もし説明とか引率に間違いがあったらサポートしてあげてちょうだい」
「はい…分かりました」
まぁ、今日1日だけだし…ちょっとサポートするくらいなら別にいいか。ラミーだって1人で心ぼそ…
「ちなみにラミーくんとガルシアくんには、これから1年間『死人特別法案』に携わってもらうから、そのつもりで!」
「…はい?」
「…はい?」