僕たちのTomorrow
空の青さが目に滲む。快晴のお天気の中、美春は野球部に強い事を知らずに唯自宅から5分の進学校というだけで入学を決めた己を悔いていた。
「ああ……空の青さが目にしみるわ。憎ったらしいったら!」
進学校の進学クラスに所属している三年生の美春にとって夏休みの一日は貴重なのだ。
嗚呼、神様今日は予備校の古典の授業があったのに何が嬉しくって夏の甲子園に出場した応援メンバーの中にいるのだ。空に向かって美春は叫んだ。
「そうよ、じゃんけんがいけないのよ。それと校長よ!」
十年ぶりの甲子園出場に大はしゃぎした校長は在校生の各クラス十人を応援メンバーに動員することを決めてしまったのだ。当然進学がかかっている三年生と三年生を受け持つ各担任は反対したのだが。同じ三年生の野球部員にも白い視線が投げられるようになった。
美春もその一人だ。
「一人で馬鹿みたいに独り言言ってないでバス降りようっと……」
美春は応援用のメガホンを忘れて取りに来たのだ。誰もいないバスを見渡した。応援用のバスの中に誰かが居る。
「え? だあれ?」
「進学クラスの井上美春だろ」
自分の名前を言い当てられて、美春は当惑する。
凪高校の野球部のユニフォームと帽子をかぶっている。顔は中々の精悍な顔立ちである。
「あなた、野球部員ならもう行かないと入場が始まるのに……」
きっと美春をナイフのような今にも刺しかねない視線で睨みつけてくる。
「オレは野球部のピッチャーで三年の鈴木颯太。お前らのせいですごーく立場が悪いんだよ!
今回結果を出さないと三年連中から袋叩きにされかねないんだ! 特に井上美春! お前が性質が悪い」
颯太に美春はびしっと指を指される。その形の長い形の指にテープがぐるぐると巻かれている。たくさんの野球の練習を重ねた証。
「え?」
美春は零れ落ちそうな大きな焦茶の双眸を大きく見開き、真直ぐに颯太を凝視する。思わず颯太はぎょっと驚き、動転した。
「お前目立つんだよ。お前が騒げば男連中が余計同調して俺らの立場が悪くなるんだ!」
颯太のきつい物言いと思わぬ言葉に美春は思い当たらない事ばかりに混乱する。
「目立つ? 何で?」
美春は首を傾げる。その所作が愛らしい。
「ったく! 無自覚な奴は……」
颯太は帽子を外して頭を抱えてわしゃわしゃと両手で髪を掻く。暫くして
「もういいよ……」
と力なく言葉を紡いで立ち上がると美春の横を通り過ぎて、とんとバスのタラップから一気にジャンプした。
その一瞬がとても綺麗でー。
美春の胸の鼓動がどくんと鳴った。
その瞬間美春の何かが変り始める。心が颯太を見ている。
一面の青の世界に白い筆で描かれたような入道雲が広がっている空。その下を走る少年。
美春はこの瞬間を忘れない。それは恋に落ちた瞬間。
今年の夏は忘れられない夏になる。その予感は当たる事となる。
蝉の声がみんみんと響き渡る中、美春は少年の後姿を見送っていた。
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