個性だ、って、諦めて笑うしかないよね
◆ 陽くんというのは、廃病院で暮らしていたが看護師さんたちを殺して、誕生日に抜け出した人物だった。
らしい。
ボクはいろいろと抜け落ちてしまったが、その記憶についてはキョウコという人がさらっていったのだという。 いまどこで何をしているのかまでは知らない。
いや、何も知らないけど、クマからは、殺されたことを聞いた。
目をくりぬかれ、 手足を縛って宙吊り。
口からは蜜柑の皮が大量に出てきたらしい。
出所してすぐに、 「病院にいたときのが幸せだった」と、ぼやいて、おじいさんを殺害したというのが、ニュースにまでなったとか。
孫想いのひとだったらしいのに、彼は、とうとう、一瞬の夢を叶えて旅だった。
ボクからは、特になにか言うべきではないのかもしれない。
あきらめるしかないよな 彼が言っていた言葉。
どんなに生きたって、努力したって、なにも叶えられない人は存在する。
どこまでも報われない人は実在する。
立派に、生きた。 おめでとう、さよなら。 その死は、あらゆる綺麗事より、ずっときれい。事実を証明してみせたんだ。
心のなかで拍手を送りつつ、誰も存在しなくなった廃病院を眺めた。 普通の人、 はボクたちとは違う。 ちょっと頑張れば大体どうにかしてしまうからだ。 ボクたちには、人権がギリギリあるか無いかだ。
お話に出てくる、ファッションみたいな変わり者や天才には、人権がある。 でも、ボクたちには最低限あればマシだった。
ファンタジーにしかいない天才は、いつもどこか滑稽で惨めだ。
「本当、あきらめて生きるしかないよね……」 夢も希望も、どこにもないからこそ、それを語るわけで。
「だってその通りだもん」
当時の記事がネットNewsにあったので、椅子に座ったまま、画面の向こうをノックするみたいにクリックした。
―目をくりぬかれ、 手足を縛って宙吊り。 口からは蜜柑の皮が大量に出てきた。
その遺体はあるジェットコースターの折り畳む場所?にくくりつけてあって、走り出すときにやっと発覚したらしいから、足元にいる人しか気づかなかったみたいだ。
祖父と住んでいた自宅には遺書があって、 ボクたちの憧れが書いてあった。
「俺、充分生きました。 来世では、何の力も持たない平凡でありふれててちょっとじみなキャラに生まれたいです。 神様、よろしく」
記事には犯人はまだ見つかっていない、と続いていた。
彼が自分自身でどうにかして、それか誰かにサプライズかなんか言って、どうにかして手伝ってもらったとかだろうと、適当に解釈した。
けれど、目をくりぬいたのがよくわからない。
「もしかしたら協力者が眼球マニアだったのかな?」
手伝うかわりに、目をくりぬかせてもらったのかも。「俺、充分生きました」
きっと、
彼を讃えるには、ふさわしい言葉なのだと思った。
◆
調べものを終えたあとは ユキの墓を訪れる。
旅館がつぶれたことや、祖母の認知症が悪化したこと、それから、学校でいじめにあい首を絞めての自殺だった。
みんなの前で性癖とかを暴露させられたとかいうが、ボクにはよくわからない。
からかいは生徒だけでなかったとかで、言うまでは逃がさないぞ、と、学校が一丸となり風評をばらまいたらしい。
親戚まで。
地域でも大きな旅館だったこともあったから、客からもニヤニヤ笑われたり、物を捨てられたりしたらしい。
死んだ彼らを見て思うことは 失望しよう、とは思わなかったのだろうということだった。
ギリギリに生きていたところへの、盛大なとどめ。それを全校生徒が。あるいは地域の全てが行うような、それほどの、
すごい彼らだったのだろう。
このことは国の恥として、永久に闇に葬られることになったとかで、最近はその話題は周りでされない。
それを『ネタ』にしようもんなら、闇に葬られるかもしれないからか、近頃は誰もしないとかだ。
情報通のおばさんによればユキの体内からは、大量の ゆず の皮が見つかったのだとか。
みかんにゆず。柑橘類を渡していく犯人だったりしたらサスペンスだったなと、そんなことを思う。ただ隠蔽される以上は事件なんか解決しようもんなら、ボクが消されるだろう。 絶望の中で生きている。ずっと、閉ざされた場所で生きていく。
どうしようもないような圧力のなかで息をしている。
生きるなら、幸せなんか求めず諦める。
本当に、それしかない人もいるのだ。
ボクたちはそうする他にない。
お墓に水をかけて、手を合わせてから花を添えた。
「来るの、遅くなったね」
ボクは言う。
「いろいろあってさ。人がいっぱい死んだり、大変な、ことが、あって」
絶望を、幸せと呼ぶ。
希望はありきたりと呼んだ。
「しばらくまともに、歩けなかったりして。やっと、来られた」
からん、と音がした。
水を入れていたバケツを、落としてしまったらしい。
「あっ……」
昔うっかり怪我をしたナイフが突き刺さった傷があんがい深くて、処置も遅く、怪我は脇腹とかその辺のはずなのに、
いちど退院してからは、片手がときどき麻痺したみたいに感覚をなくしてしまうのだ。
幸いあまり水は入っていなかったけれど、苦労してひろいながら、もう一度墓前を見た。
「また。くるね」