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硝子玉  作者: たくひあい
1/4

あとがきみたいなはなし

「メロウ、頭が、ずきずきしているよ」


ボクがそう言ったとき、メロウはくすくす笑いながら言った。


「だーろうね。ずいぶん眠っていたのだから」


「メロウは、ボクのこと、覚えてた?」


「勿論だよ。君が覚えてないぶんまでね。


きみが、ここにつれてこられたのは。

あの『白髪』ちゃんの、『出生の秘密』のせいだよ」

出生の秘密、ボクはベッドから起き上がりながら繰り返して呟く。


「いやー、『好きな』相手『なのに』

信用してないもんだよねー。きみが言いふらすと『決めつけた』んだから」

「……うぅ。頭いたい。なんだって?」


「はぁ、いや、いいよ、無事なら」


別に。無事ではない。



「なんだっていいよ」

「きみみたーいなのを、難聴って揶揄する人がいるらしいーよ。疎いって意味で」


「なんだっていいよ」

 ボクたちは人間だ。

易々と殺される、そうなってもいいようなインクの文字じゃない。


「しかし気になることがあるね」


ボクは布団を手繰り寄せながら、メロウの言葉に耳を傾けた。


「きみは、人類に期待なーんかしてないのに、

失望だと、言ったの、なぜ?」


「遺言だから」


「まーあ、いいや」


メロウは、ひょこひょこ歩いてきて、ベッドの横の椅子に腰掛けた。

水差しから、コップにいれた水を渡してくれつつ。


「『信用をまるでしない』相手なら、余計にあおりたくもなるだろう。


誰だってそうさ。

信じてないなら信じない」

「手」


ボクが言うと、メロウは素直に手を差し出した。その上にきらきらした欠片を置く。


「これ、なに?」


「ビーズだよ。クマがいつも身につけてたやつ」


「そーれが、なぜここに?」

「ワケあって少し、砕けちゃったから。

ほら『出生の秘密』があるでしょ?

周りの圧力が強まったみたいでさ。それでストレスを溜め込んじゃったんだ」

「ありがとう、きれいだね」

 それは夜でもほんのりと光るビーズで、まるで星みたいだった。


「ボクたちには居場所がないけれど、せめて、

生きてるメンツだけでも。

ここに居ることが出来る。それを見てると、そんなことを思う」


「それを、なぜ」


「なんとなく」


「白髪ちゃんは?」


「叫んでるよ。ずっと、叫んでる。寄声みたいになってるかな」


メロウは、そう、と少しあわれむようにしていた。憐れなのかはボクには、わからなかった。

判断がつかなかった。


「叫んで、疲れたころに、部屋中を走り回るんだ」

「私は自分じゃない

とか、よくわかんないこと言いながら、のたうち回ってね、

ボクが来ても、全然気がつかないんだ。それで、わーっ、わーって声をあげながら、きれいな白髪をずっとかきむしっているよ」



「それ、もう、殺した方がいいんじゃない?」


「出来たら苦労しないよ」

ボクは目を閉じて、いろんなことを思った。


「死ぬまで追い詰めてから生かすなら、死ぬ方がずっと楽なのにね」


ほら、と自分の腕を見せる。魚の骨みたいに、皮膚をえぐった跡が沢山あった。


「ボクを殺したい愛情はまだあるみたいだけどさ」


いたそー、とメロウは笑った。

 まるで、あいつみたいだなと、誰かを思い出しながら『そこ』を訪れる。

そいつはいつも通りにのたうち回ったり、床に背中をつけて平泳ぎみたいに歩いてきて、口から綿を吐いていた。








「ただいま」


ボクがドアを開けると、逆さまになった状態でケヘヘと笑った。

目がぐるんぐるん回っていて、きれいだなと思う。

「また、ぬいぐるみ食べてたんだ? 消化できないよ?」


「お、ァ、アア、キャ、ハハハ、ゥ゛アアァアーハハハハハハハ!!」


そいつは、そのままずりずりと近づいてきた。

「うん。うん……、ただいま」


「ィ、キ、ャフフ、ァ、アアア、ア、ァ、ア、ギ、アウア、アアアアア」


「そうだね、メロウと会ってきたんだけど、会いたかったかい?」


口から、綿がこぼれた。 その中には、そいつの長い髪もまざっていて、血もまざっていた。

それが床に浸透する。


「アアアア、アアアアアア」

右手に包丁を持って、バンバンと床に突き刺すようにしながら、そいつは抗議した。


「はい、お土産だよ」


ボクは、それを邪魔しないようにと買ってきた綿菓子を置く。



「はい」


綿菓子をちぎって差し出す。そいつはボクを見ていなかった。

可愛いな。


ボクは横の床に座ってかってに綿菓子のかけらを食べる。

甘くておいしかった。


「生きてるボクらだけでも、生きよう?」


そいつは何も答えないけど、そうだね、と言った気がする。


こんな状態でも、資料だから殺さないのだから、残酷なものだ。 少数の民族は、差別がどうとかよりも、

資料として解剖してしまいたいものなのである、となにかの本にもあったけれど、一方で、生きたサンプルにしたいのだ。

だから。


そいつは殺されもしない。

いきる理由を奪いながら生かす。

これこそ偽善者の鬼畜だ。


「ボクはもう、平気だよ。精神的に疲れることがあったせいであれから記憶が停止しちゃったんだ。普通のひとと変わらない。

どのくらいの価値だったかは知らないけどさ。

研究もおかげで全部台無しになってると思うよ」


思い出したら、なんだか笑えてきた。

数人の人間よりもずっと……

とか言われ続けたわりに、そいつらの方がずっと強かったから、ふいになった。

まぁ仕方ない話だ。




「もったいないことをしてでも、ボクらを殺しに来たんだから、本当」


クマが、一瞬ちらりとこちらを見る。


「そうだね、もったいないとか、本当は思ってない。ざまあみろばーかくらいかな」


ずきずきと、頭がたまに痛む程度で、むしろ、普通の人以下なのかもしれないが、ボクはもう身近なことしか思い出せなくなっていた。

視力も少し、悪化している。

どちらも精神面から来ることは明白だったが、

面白いのでこのまま死を待つことにしている。

価値をぽーんと 投げ捨てるような大胆な話って好きだ。


せっかくきれいだったのに、とか。

せっかく、と惜しむ声をききながら、ぐしゃりと綺麗な城を掴み崩すような、ある種のカタルシスのようなものは誰しもあるだろう。


「いやー! せいせいするね! 太古から、人の欲がそれを自ら滅ぼすのは決まってるから」


少し、 『かった』気分だ。宝を守りとおしたような。


「みんなから否定されて、みんなから要らない扱いされたから


配線の繋ぎ直しが起きたんじゃないかなあ」

「あー! あああー! あああー」


両手をあげてばたばたと走り回るそいつを抱き止めて、口の中から綿を取り出す。


「こっちの方が、美味しいよ」


代わりに、綿菓子を食べさせた。

少しだけ目が合う。


首の近くは、カットした跡が無数にあった。

綿菓子を二人で食べながら、電気をつけてない暗い部屋のなかにいた。

 客観的に言うのならば別に平気ではなかった。

末期患者が未練はありません、と言うようなものなのだから。


「悩み相談したらさ、


全能感って、また、言われちゃった……」


暴れ回ってるクマのそばに座り、ボクは独り言を言った。


「ボクや、きみは妄言でもなんでもないことしか、やらなかった。違うかい?」


実際の効果が出たのに、医者は中二病だと切り捨てるんだから笑えてしまう。

「これをさ、若さ特有だって言うんだよ」



「キャフ、ハ、ア、アハ、ァア、キャッハ、ハハハ、う……あー!! あー」

「そうだよね……大人は何もわからないんだ。きみはよくしってた」


クマは、ちらりとこちらを見た。


ボクはまた、綿菓子を食べた。べったりした粘性の糖分が口のなかで溶けていった。


「うん。もう、無理はしない。

言いたかったことが全然わかってないみたいだったから」


事件のせいで失った。


つまり、それは、


ある人物のせいなのだ。そいつさえ居なくて、巻き込まなかったらボクはまだ……


「いや、考えるのはよそう」




クマは、口のそばを切ったのか、真っ赤な口もとにほんとうの血をしたたらせて、にい、っと笑った。


『病院にいなくてもいい』


になったものの、『療養施設』というよりは、ほぼ死を待つだけた。

ボクと同じ。

「そうだね……気分を害することばかりだけどさ。

周りは、どうせネタにしてもうけるって思考しかない。

余計なことは言わないよ」

謝罪には来ない。

好意は示す。


つまり、媚びだ。


挑発。



「あいつがあんなに不誠実だとは思わなかったから、悲しいだけなのかな」


外は、虫の音がしている。部屋は、少しの雑貨以外、机や椅子くらいしかない。

だから気晴らしは会話くらいだった。


「好奇心って、言ったんだ。あいつ、たぶん好奇心で人を殺せる」

 クマは、なにかに反応したのか、ボクに抱きついて「子どもか!! コドモか!! 」と、騒いだ。

「そうだよねぇ」


 悪意があったわけじゃないだろうけれど何をやっても腹がたつ人っているものだ。馬が合わないというやつだろう。

そして万が一回復するときがあったなら、目の前にあいつが居ないときなのだと思う。


 本能的に仕方のないこともある。


「少し暑いね、ちょっとだけ窓開けようか」


 ほとんど開かない窓を開けたら空には夕焼けが見えた。

ちらりと、その向こうから見える柱時計を確認する。



「あぁ……こんな時間か。


もうじきハクマさんが、問診にくるよ」


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