第01話 逃走中
3月27日。土曜日。
気節外れの寒波に見舞われた町並みはどことなく寂しげで、7部咲きの桜を横目に春の訪れを祝う雰囲気は一回休みの様相だ。
充足感に満ちあふれ、少々火照った体にはこんな北風も心地よい。
工場跡地に建設された、官民一体複合型商業施設。
行政サービスセンターに郵便局、博物館に音楽ホールも併設。
ちょっとした広場では「音楽のまち」を自称?しているだけあってストリートミュージシャンがライブしている。
隣接のショッピングモールは駅前勢力図を塗り替えるほどの集客。
そんなこんなで駅前利便性は格段に向上…なのだが、男子高校生一人では非常に居心地が悪い。
右も左もひとヒト人。石を投げればカップルにあたる…そんな状況。
一刻も早く、この魔境から抜け出すためーー…あんなところは長くいるものではない。
用事が終わった僕は、足早に駅に向かっていた。
そんなありきたりな、いたって普通の日常が、小さな小さな悲鳴で変化した。
いたずら好きの妖精の仕業だろうか、向こうから歩いてきた少女の足取りが不安定に。
僕に向かって!
バランスを崩した女の子が!!
倒れてくるっ!!!
ポスッ
なんとか転倒は免れたものの、あくまでギリギリ。
地球の重力で増幅されたハグ状態だ。
通り抜けたこの腕の着地点を探しつつ、胸部への圧力を感じる。
厚着とはいえ、いえいえなかなかのおもちをおもちで…
俗に言うラッキースケベってやつかな?
「大丈夫? けがはない?」
あくまで事故。あくまで紳士的に。これは不可抗力。
「すすすすすすみませんあああありがとうございます」
耳まで真っ赤にした彼女はお礼もそこそこに進むべき方向へ逃げ出した。
女の子の重みを思い出しつつ、床においてしまったハードケースを再度手に取り、自分も進むべき方向へ歩みを進める。
やっぱりここには魔物が棲んでいる。妖精ではない、決して。
上書きされた腕の感触とともに、川向こうの家路へと急ぐ。
これが彼女、水沢ほたるとの出会いだった。