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閑話

お読みいただきありがとうございます。






――とある日の騎士団訓練所。







 眩しい陽射しの中、騎士たちの野太い掛け声が響き渡る。



 だが、そこにいつもの騒がしさはない。


 どこか寂し気な雰囲気が漂っている。





「絵里ちゃん、今日も来ないな」


 一人の騎士が誰にともなくつぶやいた。



「絵里ちゃんいないとつまらないよな」



「なんか、夜会に出るために猛勉強中らしいぞ」



「ええー! 絵里ちゃんが夜会……。ぷっ! お淑やかな絵里ちゃんなんて想像できないな」


 一人が思わず笑い、側にいた騎士たちも思わずと言ったように吹きだした。



「最初は俺らを見て興奮するからちょっと怖かったけどな」


「そうそう、目をギラギラさせて鼻もひくひくさせながら凝視してくるもんな、こえーよ」


 騎士たちが笑い合う。




 今では休憩中におしゃべりしたり冗談を言い合ったりするようになった騎士たちだが、少し前まではありえなかった。


 そう、絵里が訓練所に顔を出すようになるまでは、団員たちはこんなに仲良くはなかった。



 そして団員達の雰囲気だけでなく、団長と副団長の雰囲気も変わった。




 常に厳めしい顔を崩すことのなかった団長は、絵里に振り回されて慌てる顔や呆れる顔を見せるようになり。



 いつも柔和な笑みを浮かべて何を考えているのか分からなかった副団長は、その腹黒さを時たま覗かせ、より人間味を増した。




 送り人としてではなく、ただの絵里が騎士団を変えてくれた。



 今では誰もが絵里の突拍子もない言動を心待ちにしている。







「そういや、最近団長ばっかり絵里ちゃんの護衛して、俺らに全然回ってこないよな」


「……もしかして、付き合ってるのか?」


 誰かが叫び、一瞬騎士たちの空気が固まった……が。




「いやいや、あの団長とあの絵里ちゃんだぞ。ありえなすぎる組み合わせだろー」


「ははは、絶対ないない」


「だよな。想像できない」



 ありえないと一笑に付す騎士たち。



 どんな令嬢がアピールしても顔色一つ変えずスルーする堅物な団長と、男同士の愛に悶える絵里。



 どうやら、何があろうとこの二人だけはくっつかないというのが騎士たちの総意のようだ。









*~*~*~*~*~*~*~*~*~*








――場所は変わって食道。







 メイドたちがテキパキと働きながら、おしゃべりに花を咲かせる。



「最近絵里ちゃんの小説の新刊が出てないけど、どうしたのかしら。」


「今までは一週間ごとに新しい話を書いてくれてたのにねぇ」


 ここにいる誰もが絵里の小説のファンだ。



「私なんか早く続きが読みたくて、最近夜も眠れないのよ」


「嘘おっしゃい、昨日もいびきかいてぐうすか寝てたじゃない」


 同室の子が突っ込んで、辺りは笑いに包まれる。



「私、絵里ちゃんの部屋がある階の清掃担当の子に聞いたんだけど、絵里ちゃん夜会に出るらしいわよ」


「えー、凄いじゃない! じゃあドレスとか作るのに忙しいのかな?」


「それもあるけど、ほら、絵里ちゃん異世界からきてこの国の事知らないから勉強してるらしいわよ」


「そっかー。じゃあしばらくは新刊お預けかー。日々の癒しが……ときめきが……」


 一斉に残念そうな顔になるメイドたち。




 絵里がこの世界にやってくるまで、ボーイズラブというジャンルは浸透していなかった。


 女性たちの中には寧ろ、男と男の恋愛に嫌悪すら抱いている者もいた。




 初めて絵里が書いた物語を読んだとき、彼女たちの間に衝撃が走った。


 男同士での恋愛がこれほどまでに心躍るものだとは知らなかった。




 ボーイズラブは奥が深い。


 男女の恋愛は、男と女の明確な区別があり、その役割も決まってしまう。


 だが、男同士ではありとあらゆるパターンがあり得るのだ。


 鬼畜攻め×少年受けは鉄板だが、攻守を変えて想像するのもときめくポイントだ。


 普段攻められている少年が反撃し、攻めに目覚めるというのはよだれものだろう。




 ほかにも、男女の間ではありえない男同士の固い絆に萌が止まらない。


 友情から恋心に変わる瞬間なんて、甘酸っぱさにキュンキュンが止まらない。


 戦場で死ぬかもしれないと覚悟を決め、部下に告白をする軍人の物語は、涙なしでは読めない。




 BLがなかった頃にはもう戻れないほど、彼女たちはどっぷりはまってしまったようだ。


 もう立派なBL信者たちだ。





「早く夜会が終わってほしいものだわ」









*~*~*~*~*~*~*~*~*~*








――またまた場所が変わって今度は厨房。








「最近絵里ちゃん、異世界料理作りに来ないな」


 夕食の下ごしらえをしながら料理長が言った。



 よく厨房に顔を出す絵里は、料理人たちからも可愛がられている。



「ホントっすね。珍しい料理教えてもらうの楽しかったのに」


 周りにいる料理人たちが手を休めることなく話に参加する。


 騎士たちはこれでもかというほど大食らいなため、夕食準備のこの時間はスピード勝負だ。



「俺らの作った料理も美味そうに食ってくれて。可愛いよなー」


「俺なんか自分の娘のように思ってますよ」


 そう言うのは、未だ独身の男。


 娘どころか妻さえいない彼の言葉に、つっこむ者は誰もいない。


 どうやらここの料理人たちは独身者が多いようだ。




「俺ら使用人にも気さくでいい子だよなー」



 城で働く者たちは、絵里が異世界からの送り人だと知っており、最初は気後れしたものだ。


 だがすぐに彼女の気さくな言動に、そのような気後れなど吹っ飛び、今ではすっかり打ち解けている。




「あのハンバーグという料理……あれは最高だ」


 料理長が恍惚とした表情で言う。


 あの味、あのボリュームを思い出すだけでよだれが止まらない。



「俺はカレーライスっていうやつが好きです。あの辛さ、米との相性が抜群で何度でもお替りできます」


「俺は炊き込みご飯だな。野菜のうまみを閉じ込めた米が最高にうまい」



 この世界にも米はあるのだが、アレンジされることなく味もそっけもない白米として食べられているのみだった。



 だから、カレーや炊き込みご飯、リゾットなど、米を使った料理はこの世界の料理人たちに衝撃と感動を与えた。



 料理の幅が広がったことにも、単純においしいものが食べられるようになったことにも感謝しているのだ。



 そして何と言っても絵里のあの突拍子のない言動。


 初めの頃は戸惑った彼らも、今ではすっかり慣れたものだ。





「また来てくれねぇかなー」








*~*~*~*~*~*~*~*~*~*




 好き勝手に行動している絵里だが、彼女を可愛がっている者は多いようだ。


 それは、この世界の人たちが大らかなのか、彼女が憎めない性格をしているからなのか……。




 こうして絵里が勉強を頑張っている間、城の者たちは絵里の居ない寂しさを感じているのだった。



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