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第三話






 絵里がマックスの時計紛失事件の謎を自覚なしに解き明かした翌日。





 この日の護衛は、なんと騎士団長その人だった。




 面と向かって会うのはあの日以来初めてだったが、マックスやそのほかの団員達から情報を仕入れている絵里は、ロベルトの基本情報ならばバッチリだ。



 彼の名前が本当にロベルトで、騎士団長をしていることを知ったときは、本気で自分は天才だと思ったものだ。




 今やロベルトの趣味や好きな食べ物、嫌いな食べ物まで網羅している絵里は、その情報をフルに活用して創作活動に従事しているところだ。



 完成したらメイドたちだけじゃなくロベルトにも見せてあげなきゃと思う絵里。


 ロベルトにとっては微塵も嬉しくないことを、さも良いことをしてあげる風に捉えている絵里を注意するものは誰もいない。







「団長さん、おはようございます! 今日は団長さんが護衛なんですね!」



 お気に入りキャラの登場に、愛想よく微笑む絵里。



「ああ、まあ」


 対するロバートは少しだけ気まずげだ――ほんの少しだけ。



「まずは君に謝りたい。初日に君を疑い、あのような汚い場所に押し込めてしまってすまなかった。それから、自白剤を強要したことも申し訳なかったと思っている」


 厳めしい顔つきをさらに厳めしくして、ロベルトは真摯に謝罪した。



「えっ? 別にいいですよ。王様にも謝罪してもらったし、全然気にしてません。貴重な経験だと思って存分に活かしますから心配しないでください!」


 あっけらかんと答える絵里。




――何に活かすのか謎だが、深くは聞くまい。


 団員達の報告と初日の尋問で、ある程度の絵里の性格は把握しているロバート。


 懸命にも話をそらした。




「それより、今日は君に頼みがあって。三か月後、異世界からの送り人をお披露目する夜会を開きたいと考えている。ついては、この三か月でこの国の礼儀作法を習得してくれないか?」



「えー、そんなの嫌ですよ、面倒くさい。ていうか、夜会なんて出たくないんですけど」


 光の速さで返答する絵里。




――自白剤を拒否した前歴がある以上、断られる覚悟は少ししていたが、まさかこんなにためらいなくスパッと断るとは……。



「夜会に出るならドレスも宝石もすべて新調するぞ。もちろん、この国一番の物を贈ろう」



「いやいや、いりませんって。ドレスって、コルセットとか苦しいんでしょ? 髪の毛もひっ詰められて痛そうだし、絶対嫌です!」




――女は夜会やドレス、宝石が好きなのではないのか?


 少しも心惹かれた様子のない絵里にロベルトは降参するしかない。




 奥の手として、もしどうしても絵里が頷かなかったら言うようにとマックスからアドバイスされていたセリフを口にした。



「夜会では陛下をはじめ、宰相や大臣、公爵家から男爵家まであらゆるご令息たちが参加する。もちろん、警備には我々王立騎士団が当たる。言いたいことは分かるな?」



 この言葉だけで、先ほどの渋りが嘘のようなすごい勢いで飛びついた。


「はい、私行きます! 礼儀作法もきちんと勉強します! いやー、そんなに頼まれたらやるしかないですね!」


 調子のいい絵里。



 ロベルトは呆れた表情を隠しもしない。



 もちろん、絵里が身分の高い男とお近づきになりたいなど思っていないことは、ロベルトも、そしてアドバイスしたマックスもよく分かっている。




 男同士の恋愛に興奮する絵里ならば、このチャンスを逃しはしないだろうと確信していたロベルトだったが、まさかここまで手の平を返すとは……。


――やはり珍妙な娘だ。





 こうして、目的はともかく、絵里は来る夜会へとむけて猛勉強を開始するのだった。







*~*~*~*~*~*~*~*~*~*





「違います、そこはこう! 何回言ったら分かるんですか!」



 ただいま絵里はダンスの稽古中である……が。


 ダンスなんて踊ったことがなく、そもそもの運動スペックの低い絵里は悪戦苦闘だ。



 講師は銀縁メガネが素敵なイケメンで、普段ならば即座に妄想にふけり、彼が教え子(もちろん男)に怒る様を想像して悦に入るのだが、自分の身に起こっても全くときめかない。




 ここ数日の間に何度もダメ出しを食らい、癒しの騎士団にも行けず、絵里の精神力はガリガリと削られていく。




 護衛であるロベルトは、そんな絵里の様子を顔を引きつらせて見守っている。


――こんなに壊滅的だとは……。


 ここ数日の様子を見るに、ある程度のところで合格にしないと、三か月では決して終わらないだろう。








 そんな生活が一週間も続き、とうとう絵里はキレた。


「あー、ときめき不足だわ。萌が足りない。このままじゃ私死んじゃうわ!」



 講師もロベルトも、もうお手上げ状態だ。



「先生、一回ロベルトさんと踊ってください。先生なら女性パート踊れますよね! きっと実際二人で踊る所を見たらイメージが掴めると思うんです!」


 それも一理あるかと納得する講師とは反対に、ロベルトはひしひしと嫌な予感に襲われていた。



 だが、講師からも頼まれてしまっては仕方がない。


 なにより、このままでは絵里のダンス習得は絶望的だ。


――とりあえずやるだけやってみるか。





 そして始まった男二人のダンス。


 筋肉質なロベルトと線の細い講師……萌!



 がっしりと男らしいロベルトの手の動き、細身の講師の優雅な足さばきに、新しい境地にたどり着いたかのような気持ちになる絵里。



――この講師、攻めだと思ってたけど……受けだわ!



 ときめきに胸が躍り、自分の見る目の未熟さを反省し、ロベルトが講師を抱き寄せるしぐさに萌が止まらない。




 最後に二人はぴったりと寄り添ってポーズを決め、絵里は盛大に拍手した。


 ついでに盛大に鼻血も噴出した。



――萌をありがとう! ときめきをありがとう! 生きる活力をありがとう!





 その後、絵里がダンスを再開するとあら不思議。


 あれだけ手間取っていたのが嘘のようにすらすら踊ってみせたのだ。



 ときめきを補充したおかげだろうか。


バラ色の頬、きらめく瞳、優雅な動き……。

どれをとっても及第点だ。







 だが一つだけ、ロベルトは心配なことがある。


――本番で今のように鼻血を出さなければいいが……。





 二人の情熱的な(絵里視点では)動きに興奮したのか、今日も今日とて鼻血を出した絵里。





 訳の分からぬタイミングで鼻血を出す絵里に頭を抱えるロベルトだった。





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