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第二話





 絵里がこの世界へ来てからひと月が経過した。




 絵里には護衛という名の監視が付き、一人で出歩くことは禁止されているが、もともと引きこもり気質だった彼女にとって、王宮での生活は夢のようだった。






 何日も部屋にこもって妄想を紙に書き、創作活動をしたかと思えば、騎士団の訓練所に足を運んで騎士たちの鍛錬の様子を飽きもせずに眺めて興奮する。



 そしてまたある時は異世界料理を、護衛の騎士やお世話になっているメイドたちにふるまう絵里。




 別段、城下へ行って買い物したいだとか、流行りの観劇を観に行きたいだとかは欠片も思わない絵里。



 元の世界でも、BL本くらいにしかお金をかけることもなかった絵里は、金銭面でも欲がない。




 お金だとかドレスだとかよりも、騎士団へ赴き、団員たちの肉体美や、盛り上がった筋肉に光る汗だとか、男同士のくんずほぐれつを眺めまわしたいという願望一色だ








 異世界からの送り人、絵里は、少し変わり者だが素直で気さくな人である――。


 このような噂が城に広まるのに、さほど時間はかからなかった。






 護衛に付く騎士は、肩を組み合う騎士たちや裸で汗を拭く騎士たちを見て鼻血を出しながらランランと目を輝かせる絵里に、初めのうちは引いていたが、今では珍獣として可愛がっている。





 そしてなんと、絵里が書く小説がメイドたちの間で人気になっているのだ。



 確かに絵里は小説家だ。

だが、仕事としてかくものは青春か男女の恋愛だったため、BLは全くの趣味なのだ。



 そんな小説が人気を博することに戸惑うやら嬉しいやら。






 騎士やメイドたちと仲良くなり、絵里の異世界生活は順風満帆だった。








*~*~*~*~*~*~*~*~*~*







「今日の見張りはマックスさんなんですね」


「嫌ですね、見張りじゃないですよ、護衛です」


 今日も今日とて穏やかな顔で微笑むマックス。


 微笑みの下に隠された腹黒さに、絵里のハートはときめきの嵐だ。





 ひたすらマックスを眺め、鼻をひくつかせて妄想にふける絵里。

そんな絵里に、マックスも慣れたものだ。



 

 何せ初日にマックスの性格を完璧に当てて見せたばかりか、この腹黒さに嫌な顔せず、むしろ目を輝かせて食いついてきた絵里だ。



 マックスは、自分はモテるという自覚があるし、自分の本当の性格は決してみんなに好かれるようなものじゃないと分かっている。



 だが、絵里の視線にはそういった媚や嫌悪が一切なく、あるのは純粋な好奇心と、ときめきへの情熱のみだ。




 何日か絵里のそばにいるだけで、彼女を疑い警戒する気持ちは無くなった。


 今はただ、奇想天外な動きをする絵里が面白い――そんな気持ちだ。







「あっ! 今何時ですか? 私十一時に騎士団に行かないと! 今日は模擬戦やるらしいんです、見逃せません!」



 のんびりお茶を飲んでいた時、唐突に絵里が叫んだ。

さっきまで、マックス×ロベルトのめくるめく愛の世界に一人悶えていた絵里だったが、今の彼女の頭は、ごつい男たちの汗と筋肉の友愛ストーリでいっぱいだ。



「すいません、私腕時計失くしてしまって。正確な時間は分かりませんが、おそらく十時三十分過ぎ頃かと。お茶はいつも十時に運ばれてきますから」



「じゃあそろそろ騎士団に向かいましょう。早めにつく分には構わないけど、遅れるなんてBL神に申し訳が立たないわ!」



 マックスは、BL神という聞き慣れない単語に首をかしげたが、懸命にも尋ねることはなかった。

 尋ねたが最後、絵里のおしゃべりが止まらなくなる未来が見えたのかもしれない。






 二人で廊下を歩きながら、マックスはふと、絵里が時計消失の謎を解いてくれないだろうかと思った。


 萌の妄想力はバカにできない。


 男同士の恋だとか、団員たちが水を回し飲みするのを見て鼻血を噴くことだとか、理解できない点は多々あるが、絵里の妄想が真実を突くことも事実だ。



 絵里はただ勝手気ままにときめくストーリーを妄想しているだけなのだが。





「絵里さん、私の時計紛失の謎を解いてくれませんか?」


 謎と言われてピクリと反応する絵里。



 鼻がひくひくしだしている。

興味を持った印だ。




「謎……ですか。いいですねっ! ときめきの香りがします!」




「昨日、夜八時くらいに風呂に行ったんです。風呂は騎士たちが使う大浴場なので、私が行った時には人がいっぱいいて、私が入った後も入れ代わり立ち代わりしてました。風呂に入るときは時計を外して服と一緒に棚に入れておいたんです。

でも、三十分くらいして風呂から上がると時計が消えていたんです。

だから騎士の誰かが盗ったんだと思うんですが、むやみに疑うわけにもいかず……」




「なるほどー。男の嫉妬と愛憎渦巻く大浴場……ってとこですね!」


 だらだら鼻血を流しながらトンチンカンなことを言う絵里に、マックスはガクッとなる。



 ちなみに、騎士たちが混浴だと聞いたとたんに鼻血を出した絵里である。

絵里の頭の中では、裸同士の騎士たちが共に頭を洗い、ともに体を洗い、共に湯につかる映像がノンストップで流れている。




「私、すごくいいストーリー思いついたわっ! ときめくこと間違いなしよっ!」


 瞳を輝かせてマックスに詰め寄る絵里。


 嫌な予感しかしないが、ひとまず絵里の話を聞こうと思うマックス。




「いいですか、マックスさんはあの時計をプレゼントされたんです。それを……」


「ちょっと待ってください! どうしてあの時計がプレゼントされたものだと分かったんですか? 言ってないのに!」


 驚きの声を上げるマックスだが、絵里はこともなげに答える


「だってその方が萌えますから」



 なんだか疲れた顔のマックスを気にすることなく絵里の話は続く。


「誰かからプレゼントされた時計を大事にしているマックスさん。きっとマックスさんのことを好きな人は耐えられない。誰がプレゼントしたんだろう。女? 男? 恋人がいないはずなのになんでそんなものを大事にするんだ! いっそそんな時計無くなればいい! そう思って彼は思い人の時計を盗むの。こんなに思い詰めるほどの愛――おいしいっ!」


 鼻血を流し、ギラギラした瞳で話し続ける絵里はちょっとしたホラーだ。



「で、犯人は誰なんですか?」


 絵里の形相に引きそうになりながらなんとか踏みとどまるマックス。




「犯人なんて人聞きの悪いこと言わないでくださいっ! いいですか、これは愛のなせる業なんです! 愛憎渦巻く浴室で起きたラブロマンス! はぁ、最高だわ」




 ひたすらときめきポイントだの萌えるシーンだのを話し、ようやく絵里は犯人の正体を告げた。



「こういう物語でベタなのはやっぱり可愛がってる部下とかなんですけど、そんな使い古されたネタじゃ萌えませんよね。だから、浴室の管理人がときめくなーって思うんです。騎士たちと違って、一日に数分、下手したら会えない日もある彼。だけどマックスさんへの想いは募るばかり。……萌えすぎでしょっ!」





 結局、騎士団に着くまでひたすら妄想し、騎士団に着いてからも妄想し――ついでに鼻血も出し――、部屋へ戻ってからはマックス相手に今日のときめきポイントを語り倒した絵里は、とても充実した一日を過ごしたのだった。




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