閑話
「なんなんだ、この娘は……」
ロベルトは眉間に皺を寄せ、目の前でぶっ倒れた女を見下ろす。
意識のない彼女の鼻から流れ出る鼻血がなんとも間抜けだ。
ようやく目覚めたと思ったら鼻血を出して意識を失った彼女――意味が分からない。
「何者なんでしょうねー」
ロベルトの背後からひょいっとマックスが絵里を覗き込む。
いつもニコニコと人好きのする笑顔を浮かべ、柔らかい雰囲気が特徴のマックスだが、今の彼がまとう空気は鋭い。
「さあな。とりあえず牢屋にぶち込んどけ」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
事の起こりは少し遡る。
王宮騎士団団長の座を拝命しているロベルトは、副団長であるマックスや部下たちと共に陛下の護衛の任に就いていた。
陛下が礼拝を済ませ、神殿を後にしようとしたその時、あたりを眩しい光が包み込んだ。
突然のことに騎士たちが警戒を強め、ロベルトも即座に剣を抜き周囲を警戒する。
一瞬の後に光は消え、代わりに一人の女が忽然と現れ、祭壇の上に横たわっていた。
「陛下のそばを離れるなっ」
ロベルトは部下に命じると、警戒しながら女に近づく。
側によってもピクリともしない女。
どうやら寝ているらしい。
「おい、起きろ! おい! 起きろ!」
何度か怒鳴ると、ようやく目を開けた。
女は首に剣を当てられた状況だというのに、なぜか異様にギラついた瞳でこちらを凝視し、盛大に鼻をぴくぴくさせている。
あまりの視線の強さに、やはりこの国に仇なす存在だという確信を強め、何者かを問おうとしたとき、いきなり女が鼻血を噴いてぶっ倒れたのだ。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
一日の業務を終えたロベルトとマックスは、今度こそあの女の正体を明らかにすべく、希少な自白剤を持って彼女のいる牢を訪れた。
まだ若い女だ。
薄暗い牢に閉じ込められ意気消沈しているかと思えば……ニマニマしながら床を転げまわっていた。
――ほんとに意味が分からない。
誰かが近づいてくることに気づいた彼女は慌てて起き上がると何でもないような顔をしたが――無理があるだろ。
――バッチリ目が合ったぞ。
かと思えば、ロベルトとマックスを見て異様にテンションが上がっている彼女。
ロベルトもマックスも、家柄も顔も良いためモテる。
ご令嬢たちからの熱い視線にはうんざりするほど慣れている。
だが、そういう類の視線と違うように感じるのは……気のせいだろうか。
異様にギラついた視線を向けられるたび、原因不明の悪寒が走る。
だが、ここまではまだほんの序の口で。
自白剤を飲ませた後の彼女――絵里――のぶっ飛び方に疲労困憊した。
「はあー? だから私はスパイじゃなくて小説家! 同じこと聞かないでよ、ロベルト」
何度も話が脱線する絵里に疲れながら質問を続けていたロベルトだったが、その言葉を聞いて目をすがめた。
自己紹介などしていない。
――なのになぜ彼女は俺の名前を知っているのだ?
緩んでいた警戒心が戻ってくる。
「おい、何故俺の名前を知っている?」
低い声で尋ねた……が。
「私ロベルトの名前なんて知らないよー。いちゃもんつけないでよー」
ケラケラと陽気に答える絵里。
「いや、今もロベルトって名前呼んだじゃないか」
「だってロベルトって雰囲気なんだもん。最初はロバートかなって思ったけど、ロベルトの方がときめくからロベルトね! いい? あなたの名前はロベルト! きゃははー」
要領を得ない絵里の言葉を四苦八苦してまとめてみると、どうやら彼女はロベルトの名前は本当に知らなかったらしく、想像(妄想)で名付けたらしい。
さらに想像(妄想)でロベルトとアレックスが団長・副団長であることや、それぞれの性格まで当てて見せたことに驚いた。
絵里はただただときめく物語を妄想し、職務と愛の間で揺れ動く二人の心を勝手に想像して勝手に盛り上がってるだけなのだが……。
「ロベルトは理想の攻めキャラだし、副団長も受けキャラやったら超萌える!! 男同士の固い絆から生まれる愛! 騎士として王に忠誠を誓いながらもピンチの時にお互いを真っ先に心配してしまうというジレンマ! おいしすぎるー!」
……もうツッコむ気力もない。
――男同士の愛ってなんだよ……。
さんざん体力と気力を奪われた尋問は、絵里が異世界からの送り人だということが分かってようやく終了した。
――こんな奴が送り人……。
呆然とするロベルトとマックスだった。