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第八話 授業中にこっそり魔法を使う

 

 ルナセーラは、セドリフの前世を昨日のことのように思い出せた。かつて十二歳で入学した魔法学院を飛び級で卒業したこと、魔法騎士団でレオランドと切磋琢磨せっさたくましたこと、魔法戦争で死んだこと……どの記憶もはっきりと覚えている。


 ただし、ルナセーラはセドリフの記憶を引き継いでいるだけで、全く別の人間として生を受けている。ルナセーラは甘いものや可愛いものが好きな女の子だ。


 例えば茶色のクマのぬいぐるみ。ギュッと抱きしめるとフワフワな肌触りに癒される。

 荷物が比較的少ないルナセーラの、寮生活では唯一の大きな手荷物だった。


 小さい頃の火事で逃げ遅れる原因になったのはぬいぐるみだったが、だからといって愛くるしいぬいぐるみを嫌いにはなれなかった。

 クマのぬいぐるみをベッドの脇にそっと置いて、ベッドにゴロンと横になると天井を仰ぎ見る。


 夏休みが終わり、魔法学院の寮に戻ると、やっとルナセーラのもとに日常が戻ってきた。学校生活の中では、魔法騎士団と関わることはほどんどない。

 実家でかつての友人と再会したのが夢のようだ。

 そして、レオランドとの婚約の話が進んでいるのが嘘みたい。


(……レオランドが婚約者って、私どうなっちゃうの!? 全然想像ができない!)


 レオランドは前世で一番仲の良い友人だった。魔法騎士団でレオランドと鍛錬をしたときは、彼の考えていることがすぐにわかった。

 でも、今はわからない。

 周囲に悟られないように、感情を隠しているのかもしれない。


(だって、レオランドだよ? セドリフの時は堅い友情が結ばれていたんだよ?)


 レオランドが婚約者になることが信じられない。過去のセドリフの友人だった記憶が邪魔をする。レオランドの深い部分を知ることになるのは恥ずかしい。

 それに、レオランドと接する機会が増えると前世がバレる可能性が高くなる。それは避けなくては。


(……魔法学院を卒業したら正式な婚約者になる、と約束してしまったけれど)


 レオランドとの婚約を拒否できなかったのは、心のどこかで今のレオランドを知りたい気持ちがあるからかもしれない。


(レオランドに会ったら、どんな顔をしたらいいのかな……)


 考えを巡らせても答えは出ないままだった。


 ☆☆☆


「……一人だけ、音を外している人がいるようだね」


 歌の授業の先生は、口髭の端を指で摘み上げながら言った。先生が教室を見渡すと、生徒たちの視線がルナセーラに集中する。


「シリングスさん。また君ですか?」


 先生が嘆息たんそくしながら髭から指を離すと、バネのように揺れて、口髭の先がピンと跳ね上がった位置に収まる。

 ルナセーラはシュンと落ち込んでいた。


「……ごめんなさい。音痴だと自覚はあるのですが」

「歌ができないと、将来困るのは君だよ。耳をすませて音に集中するんだ」

「はい……」


 一般的に魔法の詠唱は音の上下で魔法が発動することから、歌ができないと魔導士として大成しないと言われている。例外を除いては。

 紫銀の魔導師と呼ばれるセドリフには、イメージを思い浮かべるだけで魔法を発動させる特別な能力があった。前世の記憶を持つルナセーラにも同じ能力がある。だが、その特別な能力を公表する訳にはいかないのだ。レオランドに疑われるわけにはいかない。

 魔道具の開発をしたい、という夢を叶えるために。

 レオランドにバレると、魔道具の開発以外のことに引っ張り出されてそれどころではなくなってしまうだろう。


「……では、詠唱しながら魔法を発動させようか。シリングスさんは周囲の音をよく聞いて」

「わかりました」


 魔法が発動すると教室の前方に設置されたライトが点灯することになっていた。ただ、詠唱が終わってもライトには光が灯らない。


「先生。シリングスさんの声に、みんながつられています」


 苦情を言ったのはジョルシュだった。ルナセーラに突っかかることが多いジョルシュだったが、今回は他の生徒たちも同意見とばかりに頷いた。

 ルナセーラに音を外されるのは迷惑だったようだ。

 気を良くしたジョルシュは畳み掛けるように言った。


「どうしてそんなに歌が下手なんだ。魔法妨害だぞ。他の人が集中力を無くす」


(うー。それはそうだよね……否定はできない)


 ルナセーラに悪気はないけれど、皆に迷惑をかけてしまっているのは事実だ。


「ジョルシュ! 言い過ぎじゃないの?」


 我慢できなかったのか、言い返したのは同じクラスのミリルだった。


「すみません。どうにも歌は昔から苦手で……」


 歌が上手になれるものなら、どんな努力でもするというのに、音痴は全く直らなかった。

 セドリフの音痴を転生後もなぜか引きずっていた。変に力んでしまうのだろうか。


「次は邪魔にならないように、小さく歌います。皆さん、もう一度お願いできませんか」


 仕切り直して、詠唱が始まる。

 ルナセーラはイメージする。自分の音痴の歌でも、皆の声に混ざっていくイメージを。一つの歌にまとまっていくようにと願う。


 ルナセーラが音を外しているのは、他の生徒たちは小声でもわかったようだが、詠唱に集中できていた。


 二度目の魔法はちゃんと発動した。

 ランプが灯ると生徒たちから「おおー!」と歓声が上がる。

 簡単な魔法のはずなのに、一度目の失敗からの成功で、クラスには変な一体感が生まれた。


「フン……最初から迷惑にならないように、小声で歌えばよかったんだ」


 ジョルシュはルナセーラに聞かせるように嫌味を言った。聞き付けたミリルはジョルシュをキッと睨む。


「……次はそうしようと思います」


 ルナセーラは不快な顔をせずに、ニコニコとしていた。ジョルシュは嫌味を流されたことにチッと舌打ちをする。

 ルナセーラが皆の集中を阻害しないように、自分の声が不快にならない魔法をこっそりとかけたのは秘密だ。


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