第六話 新入生代表で挨拶する
「新入生代表、ルナセーラ・シリングス」
「はい」
ルナセーラが壇上に立つと、新入生がザワザワとし始めた。おそらく名前の知られていない者が首席入学するということに驚きを隠せないのだろう。
ルナセーラが生徒の顔を眺めると、話し声が止んだ。
注目を集める中、ルナセーラは口を開いた。
「まず、皆さんに問いかけます。皆さんは、何のために魔法を使いますか?」
一度言葉を切ると、ルナセーラは新入生の姿を見回した。
「生活が便利になるから。外敵から身を守るため。単純に興味がある等……人によって理由は様々でしょう。ただし、魔法は何かをするための手段に過ぎません」
ルナセーラのすべてを見透かしたような緑色の瞳に、生徒たちは圧倒されたようだ。ハッとした顔をした生徒や、静かに聞き入る生徒が多数いる。
「自分がどうなりたいのか、と思い浮かべて努力し、経験し、探し求めれば進むべき道が拓けていくのだと信じています。……私には夢があります。それは、魔力の弱い人でも安心して暮らせるように魔法を使うこと。願いが叶うならば、魔法が使えない人にでも扱いやすい魔道具を開発したいです」
これを聞いた先生の一人は大きく肩を落とした。古美術の修復士に勧誘するつもりだったが、期待が外れたからかもしれない。
「以上で挨拶を終わります」
場が一瞬静まり返った後、一気に大きな拍手が鳴った。
☆☆☆
「おい」
教室に戻る途中で、ルナセーラは呼び止められた。
振り返ると、不機嫌そうな顔の少年がいた。入学試験で見覚えがある。名前は確かジョルシュといったか。
「お前とは意見が合わないようだな。魔法は選ばれし者が使える特別な力だ。魔道具を誰にでも使えるようにするとは、魔法を安売りしているようなものだぞ。俺は認めない」
果たして反対しようとしているだけなのか。敵意があってわざとルナセーラを困らせようとしているのかもしれない。ルナセーラが首席合格でジョルシュは次席合格だったから、それをやっかんでいるところもあるのだろう。
「……そうですね。すぐには認めてもらうことは難しいでしょう。様々な意見があると思いますから」
「どうとでも言っていればいい! どうせ無駄なあがきだろうがな」
ジョルシュは捨て台詞を吐くと、肩を怒らせて、地面を踏み鳴らして去っていく。
新しいことをするときには反対意見はつきものだが、古い価値観や慣習にとらわれる人がいるもの考えものだ。自分の意見が本当に正しいのか、少しでも考えられることができれば、より多くの人にとって明るい未来が待っていると思うのだが。
「ジョルシュは若いなぁ……」
小さく呟くと、ルナセーラは老成した表情を浮かべた。
ルナセーラは前世と合わせると、三十年分の記憶がある。急ぎ過ぎて失敗したことは何度も経験済みだ。
(これからは、前世ではできなかった魔法の研究をしよう。やりたいことを優先したい)
「……ジョルシュのことなんか気にしなくてもいいわ」
一部始終を見ていたのだろう、目の前に現れた少女はジョルシュの消えた方向を睨む。肩の長さまで伸びた灰色の髪がサラッと揺れた。
「入学試験の時はありがとうね。覚えているかしら、ミリル・アルファよ」
「あ、実技試験の時に後ろにいた……!」
見覚えのある顔だった。実技試験で花瓶を使い、種から花を咲かせた少女だ。種を発芽させるにも技術が必要なのに、花を咲かせるのは高度な魔法だ。
彼女の家名のアルファ家は、魔法騎士団にも何人か団員を輩出している名家である。
「クラス分け見た? 同じクラスね。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ミリルが差し出してきた手を握り返すと、ひんやりとして滑らかな感触だった。
「……格下だからって、あいつは嫌がらせばかりしてくるのよ」
ミリルは嫌なことを思い出したように、ムスッとした表情になる。
しかし、すぐに期待するような瞳でルナセーラに視線を合わせた。
「でも、入学試験の時はジョルシュに一泡吹かせてくれてスカッとしちゃった。さすが新入生代表!」
「ありがとうございます」
(第一印象では大人しそうな印象だったけれど、表情がコロコロ変わって面白いな)
「謙遜しちゃって。可愛い!」
ミリルは大きく手を広げると、ルナセーラに抱きついてきた。
「あ、いえ、そんな……!」
(ずっと友人がいなかったせいか、こういう時の反応に困る!)
実家の宿屋には年代の様々な旅人がやってくるが、同世代の女の子と話しをする機会に乏しかった。
硬直したルナセーラは、しばらくミリルのされるがままになっていた。
それから三ヶ月後、夏季休暇で実家の手伝いをしている時に、ルナセーラは人生の転換点を迎えることになる。
かつての前世の友人、レオランド・クランバーから気に入られてしまうのである。