第五話 回復魔法を披露する
「次、ルナセーラ・シリングス」
「はい」
ルナセーラの実技試験の順番が来た。
ジョルシュが魔法を使った時のまま、花瓶の破片は散乱したままだ。
ジョルシュの試験を一部始終見ていたギャラリーは、この破片をどうするのかと、興味を持ってルナセーラを見つめる。
注目を集めた少女は大きく息を吸い込む。
どんな美声が響くのかと期待した者たちは、ルナセーラの第一声を聴くとガクッと肩を落とした。
「この世のおぉー、理を以てえぇー、あるべきぃい姿に戻せえぇえー」
『この子、とんでもない音痴だ!』
誰もが同じ感想を思い浮かべているだろう。音痴では魔法を発動できないのではないかと。
ジョルシュはルナセーラの詠唱を「下手くそだな」と呟いて小馬鹿にした。
(歌が下手くそなのはわかってる。前世から下手だったから)
ルナセーラは周囲の反応を気にせずに魔法に集中する。
破片が再構築されるイメージ。破片が浮かび上がって、パズルのように埋まっていく感じ。
下手な詠唱をするのは、無詠唱で魔法を使えてしまうことを隠すためのカモフラージュだ。
ルナセーラが両手をかざすと、破片が動き出した。あるべき姿を再現するように、破片がひとりでに浮き上がって元の姿を形どっていく。
「嘘だ! 音痴なのに、魔法が発動しているだと!?」
ジョルシュは思わず声を上げていた。他の受験生達は驚愕を隠し切れていない。音痴では魔法が発動できないという前提を覆されたからだ。
やがて花瓶が光に包まれると、元通りの形に戻った。
花瓶は修復されたのに、当の本人は浮かない顔をしている。
(やっぱり、回復魔法って得意じゃないな。花瓶の口がちょっと欠けてる)
どこをどう間違えたのか。
ルナセーラは首を捻っていたが、高度な回復魔法を見せつけられた試験官は驚きを隠せない。
白衣を着た試験官の女性は、瞳をキラキラと輝かせてルナセーラの元へ近づくと、手を握った。
「ここまで修復ができるのだったら、将来は優秀な古美術の修復士になれるわ!」
「あ、あの……修復士は目指していないのですが」
「あら、手に職があるのってオススメなのよ」
「確かに、手に職はほしいですが、私の目指しているのは別のことで……」
「物を大事に使う時代だからこそ修復士よ!」
やんわりと断ろうとしても、試験官は勧誘を諦められないようだ。「考えておきます」と言って逃げるしかなかった。
「次、ミリル・アルファ」
「はい!」
ルナセーラの一連の回復魔法のおかげで、先程まで曇っていた少女の表情は、快活な笑みに変わった。
花瓶を使って、花を咲かせることに見事に成功したのだった。
☆☆☆
「ルナセーラさん!」
試験後、灰色の髪の女の子が息を切らせて駆け寄ってきた。
「ありがとう。あなたがいなかったら、実力を出し切れなかったわ」
「どういたしまして。完璧に修復できなかったのが、残念だったのだけれど」
「完璧に? あそこまで修復できるのってかなり高度な技術よ? 試験官の先生も絶賛していたじゃない」
「……? ありがとうございます」
ルナセーラは目をパチクリさせる。
不得意だと思っていたことでも、他の人から見ればそうでもないらしい。
「あ、自己紹介が遅れたわ。私はミリル・アルファ。お互い受かっているといいわね」
「私はルナセーラ・シリングス。一緒に合格できるといいね」
ルナセーラとミリルは握手を交わした。
試験の結果、ルナセーラは筆記が満点、実技は少し減点があったものの、入学志願者の中でトップの成績で合格した。
☆☆☆
「あの音痴が首席合格だと……! くそうっ!」
合格通知を受け取ったジョルシュの手は震えていた。自分がルナセーラより劣っていたことによるショックを隠しきれないようだ。
英才教育を受けていて首席合格を確信していたジョルシュは、ルナセーラのことを目の敵にすることを心に誓ったのだった。