第四話 入学試験を受ける
遡ること半年前。ファイマール国立魔法学院の入学試験は、午前に筆記試験、午後に実技試験という二部構成で行われていた。
私立の魔法学院は数カ所存在していたが、国立の魔法学院はファイマール国立魔法学院の一つのみ。十五歳から三年間かけて魔法の専門知識を学ぶ。
エリートの魔法騎士団になるためには魔法学院を卒業することが絶対条件で、各地から集まった受験生で競争率は高い。
「ここが、魔法学院……」
馬車を乗り継いで王都にやってきたルナセーラは、宿で一泊してから入学試験の会場にやってきた。
試験会場ならではのピンと張り詰めた空気と、憧れの魔法学院にやってきた興奮を抑えながらも、周囲を見渡した。
足早に試験会場に入っていく受験生。レンガの石畳に魔法学院の立派な建物の中央上部には時計台がある。過去の記憶そのままの景色だった。
(あの頃が懐かしい)
前世のセドリフも魔法学院に通っていた。師匠の英才教育により、特別に十二歳で入学することを許されたのは、ちょうど十八年前のことだ。
国家戦力になるための勉強は大変だったが、知識が増えていくことは楽しかった。
今はただ、勉強がしたい。前世ではできなかった魔法の研究に専念してみたい。そのためにできることは一つ。
(この入学試験を一番の成績で合格して、奨学金をもらう!)
ルナセーラは手にグッと力を込めた。
普通の合格では国立の学校でもお金がかかり、両親に負担をかけてしまう。主席で合格し、奨学金をもらうことができれば三年間の学費を全額免除してもらえる。これを利用しない手はない。
歩き出そうとした時、前方から歩いてきた少年とぶつかってしまった。道端に尻餅をついたルナセーラを冷たい眼が見下ろしている。
「ちゃんと前を見ろ!」
薄い茶髪の少年は腕を組み、グレーの瞳で睨んできた。
「ごめんなさい……」
「ボケッと突っ立ってるからだろ!」
魔法学院の生活を想像して浮かれすぎていたようだ。
立ち上がろうとしたルナセーラは、少年を見上げたまま、驚いて息を呑んだ。
(この子……魔力量がかなり多い。前世のセドリフ程ではないけれど……)
少年の魔力量は魔導士にも匹敵するレベルだ。
前世のセドリフに比べると魔力量は劣るが、それでも魔法を磨けば国を導く魔導士になれるかもしれない。
ルナセーラの視線に、少年はあらかさまに不機嫌な顔つきになった。
「薄汚いやつに手なんか貸すもんか」
「私……? 薄汚い……?」
ルナセーラは左右を確認して、頭を捻りながら自分の顔を指差す。知人から貰ったお下がりの中では一番上等な服を着てきたはずなのだが。
少年は「とぼけるなよ」と舌打ちした。
「聞いて驚くな。俺はモータリス師匠の直々の弟子だ。必ず優秀な成績で合格してみせる」
モータリス師匠。ルナセーラは過去の記憶を思い出す。確か、セドリフの所属していた魔法騎士団に所属していた魔導士の一人だ。弟子を取ったということは、もう一線を退いたということか。
ルナセーラは立ち上がり、服についた埃を手で叩く。
「モータリス様だって」
「あの人がモータリス様の弟子なのかぁ……」
周囲からは落胆の声が上がった。
魔法学院の試験は定員制のため、優秀者がいれば他の人の合格する可能性は低くなる。ライバルがいないに越したことがないのだ。
「モータリス様のお弟子さんなのですね。一緒に試験を受けられるのが楽しみです」
お互い健闘を祈ろうじゃないか、という本心から出た言葉だったが、少年を怒らせるには十分だった。
「楽しみだなんて言えるのは今のうちだ! 後悔しても知らないからな!」
茶髪の少年は顔を赤くさせると、指先をビシッとルナセーラに向けて言い放った。
☆☆☆
「受験生の中に魔導士モータリスの弟子がいる」という噂は瞬く間に広がり、他の受験生を萎縮させた。
筆記試験の試験会場では、周囲の顔ぶれを確認する受験生がちらほらいる。
「では、解答用紙を配る。魔導書はカバンにしまいなさい」
試験官の先生の声がすると、受験生は机の上を片付け始めた。
(あの試験官の先生、セドリフの時代にはいなかった。新しい先生なのかな)
ルナセーラは背筋をピンと伸ばして、試験の始まりを待つ。
「試験始め!」
開始の合図と同時に、羽ペンを動かす音が鳴り響いた。
魔法の基礎から応用にかけての知識を問われるものから、ファイマール王国の歴史に至るものまで多岐に渡る。
『魔法の属性は火、水、木、雷、土、風の主に6つで、最初に使った魔法がその人の主属性であることが多い』
(私が最初に使った魔法は水の魔法……そして主属性も水。セドリフは物心が付く前から風を操っていた。転生したからといって、同じ属性であるとは限らないんだ)
既に知っていることなのに、過去の自分と比較してみると探究心を刺激した。
セドリフの頃の知識を手繰り寄せながら解答用紙を埋めていき、手が止まることはなかった。
実技試験は「各人が己の得意な魔法を披露せよ」という課題だ。
長テーブルの上には小道具が置いてあり、自由に使用して良いことになっている。また、使用しないという選択肢もある。
小道具は石、果物、花瓶、竹、鐘、万年筆等の素材で用途が違うものだった。
「花瓶があるなら私の魔法が活かせるかも……!」
肩につかないくらいの灰色の髪に緑の瞳の女の子は、小道具を見て小さくガッツポーズした。
花瓶を使えば水を貯めたり、花を生けることができ、魔法の幅も広がるだろう。
受験生が係の人に案内されて受験番号順に並ぶと、列ごとに実技試験が始まる。
魔法の詠唱が始まった。試験会場に各人の美声が鳴り響く。
「炎は渦巻いて──この場に具現せよ──」
受験生の振り上げた手には、炎が浮かび上がった。
「水面に浮かぶ波紋よ──」
バケツに水が貯まっていくだけでなく、詠唱に反応するように波紋ができる。
魔法は声の上下の組み合わせで術式が決まるため、詠唱はさながら歌を歌うような形になる。一般的には魔法の上達には歌唱力が大切だと言われる。
筆記試験は問題なく終わったルナセーラだったが、実技試験は、とある理由のために苦手としていたのだった。
モータリス師匠の弟子の番では、試験官を含む多くの人々の注目が集まった。
「次、ジョルシュ・ミラー」
「はい」
名前はジョルシュと言うらしい。先頭の列から前に進み出た。
ジョルシュが小道具の中から花瓶を選ぶと、ルナセーラの後ろの子が息を飲む。
「私が使おうと思ったのに……」
どの小道具を使うかは早い者順で、使おうとしていたものが被ると、後の順番は不利になる。小道具の性質が変わって使いものにならない可能性があるからだ。
ジョルシュはニヤリと笑った。
「運が悪かったな。こいつは俺が使わせてもらう。この試験は咄嗟の判断力が問われる試験とも言われている。他の物で代用できないか考えるんだな」
ルナセーラは後ろの子が手をギュッと握り締めたことに気が付いた。肩につかないくらいの灰色の髪に緑の瞳の女の子だった。
手の隙間からは種がちらりと見える。木の属性で種から発芽させる魔法で、プランターの代わりに使おうとしていたのかもしれない。
(これって弱い者いじめなんじゃないの?)
ルナセーラはキッとジョルシュを睨み付ける。そんなルナセーラの視線を受け流すかのように、ジョルシュは涼しげな顔をしている。
花瓶を数メートル先に置いたジョルシュは、定位置に戻って詠唱を始めた。
ルナセーラは音の上下から「風圧を発する」という魔法だとわかった。
でも、大したことはない。セドリフが入学試験を受けた時は加減を間違えて、壁に穴を開けてしまったことがある。それに比べれば威力は半分以下だ。
ジョルシュは詠唱が終わると、手を振り下ろす。
風圧が花瓶に直撃すると、ヒビが入って砕け散った。技が成功したことを確認し、ジョルシュは得意げな顔をする。その時、周りにいる受験生もどよめいていた。
(後ろの子、絶望したような顔だ。かわいそうに……)
何とかしたいと思ったルナセーラに、一つアイデアが浮かんだ。
使い物にならなくなった花瓶の破片は、係の人が箒を持ってきて片付けようとする。
「ちょっと待ってください」
係の人は、箒を持ったまま首を傾げてルナセーラの方に向き直る。
「どうしましたか」
「片付けないでください。次の私の番で、ちょっと使いたいのです」
ルナセーラはニッコリと笑った。