第二話 かつての友人は不眠に悩む
レオランドは、前世での友人だった。
かつての戦争ではレオランドとともに、魔法騎士団の一員として奮戦していた。敵の攻撃も構わずに特攻するレオランドが受けるダメージを最小限に抑えるため、魔法でサポートするのがセドリフの役割だった。敵方の兵士を打倒していく中で奮闘していたものの、セドリフの魔力は著しく消耗し、ついに底をついたとき、セドリフはレオランドを狙う矢に気づく。
防御魔法が間に合わないと悟ったセドリフは咄嗟にレオランドを突き飛ばしていた。
「っ、セドリフ──!」
レオランドが友人の名前を叫んで、体を揺さぶるがセドリフは程なくして息絶えた。
自分が転生したことに気づいてから、かつての友人のレオランドはどうしているかと気がかりだったが、あえて近づこうとはしなかった。英雄と呼ばれているレオランドとは住んでいる世界が違っていた。たとえ「前世の記憶がある」と言ったとしても、レオランドに嘘をついていると思われて相手にされないことはわかっていた。
時間も遅くなってきた。客席はまばらになって、残りはカウンターで酒を煽るレオランドだけになった。
思い返せば昨日のことのようで、話しかければ呆れた顔をするけれど面倒見の良いレオランドが応えてくれそうな気がする。
レオランド、と言いそうになって、声には乗せずに空気だけが漏れた。
ふと、レオランドの顔に違和感を感じ、凝視していることがバレないようにこっそりと盗み見る。
顔の美醜ではなくて、もっと違う違和感。
よく見ると、顔の表面がブレて本当の顔の状態が透けて見えた。目の下には黒いクマが刻まれている。顔色を隠す魔法が施されているのだ。きっと周囲を心配させないように。
頬杖をついて、どこか一点を眺めているレオランドの横に立った。
「お客様、まだ飲まれますか」
「……飲んじゃ悪いか?」
鋭い瞳で睨まれる。ビビってはダメだ。
緊張で鼓動が早くなるが、平然を装って話しかけた。
「他のお客様はもう、部屋に戻っていますよ。あとは騎士団長さまだけです」
「じゃあ、もう少しいさせてくれ」
お酒の入った木樽ジョッキを傾けて飲んだ。
ルナセーラは呆れて半目になる。
(どれだけ飲むの、レオランドは。翌日の仕事に支障があるんじゃないの?)
手の平にのせていた頬が滑って、レオランドの頭がガクッと下がった。だいぶ酔っているようだ。
(もしかして……。こんなに酔っていたら私と話していたこともすぐに忘れちゃうだろうし、悩みを聞くことができるかも)
はたと思い返す。かつての友人が何かで困っているなら救いたい。でも前世がセドリフだとは言いたくない。酔っ払っているのはチャンスなのではないかと。
「騎士団長さまは、もしかして眠れないんじゃないですか」
「どうして……わかるんだ?」
驚きと疑念が混じりあった顔だ。
「部屋に戻ろうとしないので、予想で言ってみただけです。まさか当たるなんて思いませんでしたけど」
咄嗟に嘘をつく。常時顔色を隠すのは、魔力を均一に使い続けるため高位魔法とされている。その魔法を一目で見破ったなんて言ったら、ただ者ではないことを自白しているようなものだ。
レオランドは宿屋の娘に、勘でも見破られたことに驚きながらも渋々認める。
「恥ずかしい話だが、戦争で相棒を亡くしてから不眠に悩まされている。あいつは俺を庇って死んだ」
「そんなこと……。恥ずかしい話だなんて思わないですよ」
私はそのことを知っている。レオランドを庇って死んだ張本人だからだ。
レオランドは首を振って、それは否だと示した。
「いや、恥ずかしい話だ。世間では英雄だと言われているが、本人がこんなざまだ。……って、こんな暗い話をされても困るよな」
本人を目の前にすると、前世の記憶が鮮やかに蘇る。
魔力を使い果たして、倒れたセドリフを介抱してくれたレオランド。
──レオランド、助かったよ。
──セドリフ。限度はわかってるだろ。倒れないくらいに加減して魔法を使え。……ったく手のかかる。
セドリフの黒髪をぐしゃぐしゃに撫でながら、瞳の奥は優しげな光をたたえている。
──う、うわ! 痛い痛い。
──ちょうどいい高さに頭があるから、つい触りたくなるんだよなぁ。
──ひどっ! 背が低いって言いたいの?
──そうだ。言われたくなかったら、もっとヤギのミルクでも飲んで大きくなるんだな。
むくれるセドリフに、頭一つ高いレオランドは腕を組みながら言った。
「もし、そのことで悩んでいると相棒が知ったら。早く忘れてしまえばいいのに、と言うと思いますよ。騎士団長さまは優しい方なのですね」