第二十一話 魔道具の気配に誘われる
その日、ルナセーラは魔鳥のお世話が終わり、家に帰るところだった。
城内の構造は熟知しているはずのルナセーラだったのだが、違和感を覚えて立ち止まる。
(あれ? こんなところに建物なんてあったかな……)
記憶では、部屋と部屋を繋ぐ廊下だった場所に、一棟の建物が増設されていたのだ。
入り口には木製の扉が設置されている。門番の休憩室なのだろうか。
(魔法の気配……)
扉に手をかざすと、手がチリッと焼けるような感覚がした。
その次に感じたのは、ルナセーラの大好きな魔道具の気配。
(きっと私の知らない魔道具が沢山あるに違いない)
不思議と恐怖はなく、魔道具と出会える高揚感だけがある。
扉が歓迎してくるかのように解き放たれると、ルナセーラは建物内に入っていった。
部屋の中は暗かった。壁が黒く塗られていて、黒いカーテンで光を遮断しているからだ。
ふと、後ろから人の視線を感じて、振り返った。
鷲の剥製の瞳の部分がキラリと光っていた。侵入者を警戒するかのように、翼を広げている。
(なんだ。びっくりさせないでほしい……)
ホッと胸を撫で下ろし、魔法の気配を辿って暗い部屋を歩く。暗闇に慣れて、障害物との区別はつくようになった。
(お宝があるかも!)
行き着いた先は、魔道具の倉庫だった。木の棚には魔道具が収納されている。几帳面な人が管理しているのか、魔道具には一つ一つ手書きのラベルが貼られていた。
魔法の属性ごとの強化アイテムが鎮座している。同じ効能でも、強化の度合いごとに並んでいた。
(水属性の粘着性の強化魔道具……ほしい!)
粘着性が上がれば、剣や盾の形状記憶にも使えて、魔法の幅も広がるだろう。
喉から手が出そうになった。
(……そもそも、こんなに魔道具が並んでいるとは、ここは城の資料室なのかしら)
資料室に勝手に入り込んでしまったのではないか、との考えにようやく思い至った。
頭の中が初めて正常に戻ると、ルナセーラは焦り出す。
(うわわ。不法侵入だ。早く出なくては)
背を向けて歩き出したルナセーラの耳に、人の話し声が聞こえてきた。
「今日は一番になれたか、ジョルシュ」
「はい、師匠」
中年のおじさんの声と、問いかけに答えたのは同級生のジョルシュだ。
ということは、ジョルシュと同居しているのは元魔道士のラドナ・モータリス。
「一番というのは、大きな価値がある。逆に言うと、一番以外は価値がない。わかったか」
「はい、師匠……」
ジョルシュは消え入りそうな声で返事をした。
(不法侵入だけじゃなくて、盗み聞きまでしちゃった……)
ルナセーラはジョルシュが突っかかってくる理由がわかった。一番にこだわり過ぎているからかもしれない。
ジョルシュの魔法の暴走を止めた時、「兄貴のようだ」と言われて仲良くなれたような気がした。でも、次の日には素っ気ない態度に戻ってしまった。挨拶をしても返してくれない。
(ジョルシュと顔を合わせるのも気まずい。早く出よう)
来た道を戻り、ゆっくりと扉を閉めたところで一安心した。人がいない一瞬を見計らったので誰にも見られていないだろう。
幸いなことに、追いかけられる気配もない。
「ルナセーラ。こんなところでどうしたのか?」
目の前に、レオランドがいた。ルナセーラは驚いて、肩をビクッと動かす。
迷子で立ちすくんでいると思われたのだろうか。
「ええと、出口がわからなくなってしまいました……」
良心が痛むが嘘をつく。
「そうか。複雑な作りの城だから、迷子になってもおかしくない。俺が案内しよう」
レオランドは快く頷いてくれた。
通りかかった門番の男が、「レオランド様は優しいなぁ」と呟きながら、ルナセーラ達を見守っている。
☆☆☆
ルナセーラがその場を離れてからしばらくすると、ラドナの研究室の扉が開いた。
黒を基調にした服を着た男の名はラドナ・モータリス。眉間には常に皺が刻まれている男だ。
ラドナは扉に注目すると、顔をしかめた。扉を開けて、顔だけ中を覗き込むような格好で声を上げる。
「おいジョルシュ! 玄関にいたずらをしたのか!」
「いえ! そんなことはしていないですよ」
奥の方からジョルシュの声が聞こえる。
返答を受けて、ラドナの眉間の皺がさらに深くなった。
「おかしいな……結界の魔法が壊れている。昨日までは、異常はなかったのに」
神経質なラドナは限られた者しか侵入できないよう、扉に魔法を施していた。扉の上部に白いチョークで描かれた魔法陣には、亀裂が入っている。
「一体、誰が……」
ラドナは外を見回すと、使用人が下を向いて足早に歩いていく。
「おい、そこの」
「は……はいっ! ラドナ様」
呼び止められた門番はビクビクとしながら足を止める。
まるで猫に捕まったネズミのようだ。
ラドナは門番の様子を気にするようでもなく、問いかけた。
「さっきこの扉を開けた者を見なかったか?」
「いいえ。私は特には見ていませんが」
「……」
ラドナは数秒黙ると、おもむろに口を開いた。
「では、この扉の近くにいた者はいなかったか」
「それなら知っている。ルナセーラだよ。迷子になったらしい」
「ルナセーラ・シリングスか……もういい」
ジョルシュを差し置いて、魔法学院に首席合格した女子生徒だ。弟子の無念を悔しく思うあまり、その名前は深くラドナの記憶に刻まれていた。
用が済んだとばかりにラドナが視線を逸らすと、門番はどこか安心したようにその場を後にした。
「もしや……結界は壊されたのか?」
魔法を壊すには、その仕組みを解読するか、圧倒的な力をかけて無理やり破るしかない。
どちらにせよ、高度な魔法技術が必要になる。
ラドナは扉の魔法陣を忌々しいものを見る目で睨み付けた。




